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楽園映画8 シティ・オブ・ゴッド (リオデジャネイロ・ブラジル)

暴力とエンターテインメント、サンバとサウダージ

私はわりと中性的なところがあるみたいで、一般的に男が好きな作品というのがたいてい好きじゃないんです。女性が好むような作品の方がどちらかと言えば好き(「食べて、祈って、恋をして」みたいないかにもな女性向け映画も嫌いじゃないっす)。というわけで、暴力を伴う映画とか、痛々しい作品は好きじゃないですね。同様にプロレスとか格闘技も好きじゃありません。スパイ映画とかは好きなんですけど。あれはリアリティよりエンタメなんで。で、この映画。本当に暴力の映画です。殴ったり殴られたり、ピストルを突きつけられたり、そういう作品です。

それでも私はこの作品を見た時に、ああ、これが本当の暴力だなと感心しました。人に命を狙われる感覚を追体験できるというか。日本の暴力映画といえば、たとえば北野武監督なんかが真っ先に思いつきますが、あれは「暴力の手前」映画です。もちろん実際に暴力が起こりますが、暴力そのものよりも、暴力が起こるかもしれないという恐怖感がストーリーを進める駆動力になっているんですね。そういう意味では日本のホラー映画なんかも、「何かが起きる前の不吉な予感」がメインです。貞子は井戸から出てきたからと言って何か暴力を振うわけではなく、ただ存在の不気味さと、何かが起こる前触れみたいな状態を使って観客に恐怖を解らせるわけです。「におわせ」は日本のお家芸かも。

そういう意味で、このブラジル映画は本当の意味での暴力映画です。におわせなんかはなく、ただただ人が殺し殺される映画です。なぜ暴力嫌いの私がこの映画に惹かれるのか、まだわかりません。ただ、ここにあるのは完璧な暴力であり、これがブラジルのファベーラの現実の一部なのでしょう。

ファベーラとは、ブラジル各地にある貧しい人々が住む貧民街、いわゆるスラムで、多くは丘の上など交通が少し不便な場所にあります。そこに住む多くの人は遠い昔にアフリカから連れてこられた黒人奴隷の子孫が多いです。白人と黒人の関係は、アメリカと同じ関係ですね。ブラジルはアメリカより貧しいので、もっと厳しい現実がありそうですけど。多くは警察組織が介入できないような状態になっていて、そこでは独特の自治が行われてます。まあ、マフィアが跋扈してるわけですね。

そこで生まれた何も持たない少年が、様々な試練を乗り越えていく物語なのですが、私はただただ純粋に、ファベーラに生まれなくて良かったと思うばかりです。こんなに息苦しくて、人と人が撃ち合って、死が近い場所はやだなと。にも関わらず、ああどういうことでしょう。この散るかもしれない生の美しさ。必死で生き延びようとしている人間だけが持ち得るこの美しさを、私は感じることができます。たとえフィクションであっても暴力嫌いの私なのに。

ブラジルの映画は、この映画に限らず、本物の暴力が映し出されるものが多いです。そして、エンターテイメントとはそういう場所でこそ美しく輝くのかもしれません。私はブラジルに詳しくないですが、例えばあの有名なサンバは、死が日本より近くにある環境だけに生の喜びが輝くのかもしれません。また、サウダージというのもブラジル独特のキーワードで、日本の侘び寂び(わびさび)のように他国語に翻訳することが難しい概念です。サウダージとは独特の哀しみを秘めており、まあブルースと似てるかもしれませんが、それより少し枯れた感じもします。ショーロ(ブラジルの音楽の一種)なんかを聴くと、サウダージをあなたも感じられるかもしれません。この映画には、あまり考察は必要ありません。ただただ、ずっとハラハラし続けて、喜んだり悲しんだりして没入してください。

シティ・オブ・ゴッドの舞台となる「神の街」は、リオデジャネイロに実在するロシーニャ(Rocinha)です。映画を見終わった後は、Google Mapで追体験してもいいかもしれません。もちろん、現在のロシーニャは映画ほどめちゃめちゃな状態ではありません。


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