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『セメント樽の中の手紙』 考察

私の好きな短編です。以下持論を「徒然なるままに」書き連ねようと思います。小説自体はとても短いので、ぜひ一度お読みになって、皆さんも考察にご参加ください(読まれたほうが、本記事をお楽しみいただけると思います)。 葉山嘉樹『セメント樽の中の手紙』↓ https://www.aozora.gr.jp/cards/000031/files/228_21664.html また、念のため付言しておきますが、私は特定の政治、経済思想を礼賛するために本記事を書いたわけではありません。

    • 王国の5月

      最難関の国家試験と面接をくぐりぬけ、男はついに王子の付き人となった。城での仕事は、多忙であるが、それは日々の生活をつなぐための自転車操業では決してない。ただ決められたシナリオのロールプレイング。没個性的な密度の高い業務をこなしているのみである。 男もまた、城の歯車としてテキパキと仕事をこなした。背丈以上の長さのある赤色のマントは、男の一挙手一投足に合わせて自在に形を変え、その様は気品にあふれている。すらりと長い脚が大股を繰り出し、雑音のない廊下に甲高い靴音が響く。夕陽が壁面の

      • 【短編】酒場の福音

         酒場は私にとって不可解な空間であった。卓上には無数のグラス、使われていない取り皿、全く手の付けられない丼物。秩序立っているようで全く整理の行き届いていない荷物。壁際には多くの黒色のコートが掛り、ひとつの大きなベールとなっている。まったく行く先のない会話を横目に、私は何とかこの空間を解釈してやろうともがいていた。もっとも、そのような考え事も、まったく有用なものではなく、時間をただやり過ごすための手段にすぎない。  ひと段落し、野外喫煙所に出た。冷たい冬の外気で身を洗う。しば

        • 【短編】中年くらいの村人

           旅人は川を下り、やがて下流に小さな村を見た。日中、陸路を長いこと探していたせいで、まだ目的地まで相当な距離を残していたが、もう日も暮れかけていたので、今晩はその村にお世話になろうと思った。 船着き場らしいものはなく、近くの川辺に船を手早く寄せ、密な藪を少し抜けると放棄された田畑の一角に出た。道らしい道はなく、轍の上には背の高い草が茂っている。しばらく畦道を歩いていると、背の低い初老の村人とススキ越しに目が合った。なにやらそれまで作業をしていたらしく、相当驚いた様子の村人に

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