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大事なことはアオヤギさんに教わった

アオヤギさんは生命保険の外交員。
世間知らずで高慢だった筆者に、社会人として大切なことを教えてくれた・・・
感謝を込めて振り返ります。




あつかましい人だなぁ


アオヤギさんと出会ったのは、まだ20代半ばの頃でした。
当時はまだ採用試験に合格できず、講師として県内有数の研究中心校である、R中学校に勤務していました。

研究中心校だけあって、業務量は講師でも半端なく多く、授業・部活動指導・係業務・授業研究などに追われ、寸暇を惜しんで馬車馬のごとく働いていました。

そんな状況でしたから、貴重な行間休みを狙って声をかけてくるセールスマンは、とびきり迷惑な存在でした。
1分1秒を惜しんで駆けずり回っている私を捕まえて、
時間と金を奪おうとする極悪人!
当時の私はそう感じていましたし、
そう感じていることを1ミリも隠さずに表情や態度に表していました。
そんな私の不機嫌すぎる応対に早々に諦め、2度と声をかけてこない人が多かったです。

しかし、アオヤギさんは違いました。
「先生、はじめましてですよね。
私、○○生命のアオヤギと申します。」

スーツを着て髪はアップに束ね、少し濃いめのメイクをした小柄な女性。
ザ・ベテランセールスレディといった印象でした。

「お名前伺ってもよろしいかしら?
らいこう先生ですね。
あら、そんないやそうな顔しなくても、保険を売りつけたりしないから大丈夫ですよw
お仕事お忙しいでしょう?アメちゃんいかが?
今日はごあいさつできてうれしかったです。
またうかがいますね」

そう言って名前だけ聞くと、その日は保険会社の名前入りのアメを渡して去っていきました。

それからというもの、アオヤギさんは1~2カ月に1回は訪ねてきて、
変わらずあいさつ程度の言葉を交わして、アメを置いていきます。

「ああ、また来たの?今日は急いでるからまたね!」

と、私が邪険に扱った日も、戻ってくると机にアメと、
「お仕事お疲れ様です」
と書かれたふせんが置かれているのでした。

こんなに邪険にしているのに、どうしていつまでも挨拶に来るんだろう?
なんてあつかましい人だ!

当時の私はそう思っていました。

引き出しにたまった○○生命のアメが10個を超えたころ、初めてアオヤギさんが保険を勧めてきました。

ーついにきたか。

そう思った私は、他の人にするのと同様に、冷たく、邪険に、容赦なく、
「保険はいらない。いくら勧められても入らないよ」
と突き放しました。
「そう言わずに、話しだけでも聞いてみない?
保険は歳してから入ろうとすると、掛け金がうんと高くなっちゃうから、若いうちに入っておいた方がお得よ?
結婚もされているんだし、いつ何があるかわからないから、万が一の補償はあった方がいいと思いますよ」
「奥さんも公務員だし、健康保険でも必要な分は賄える。安くない掛け金を毎月払い続けて、何もなく健康だったら大損でしょ!」

とにかくいらない!入らない!と突っぱねて、ろくに話も聞きませんでした。

さすがのアオヤギさんも、ちょっと不満げな顔をしていましたが、

パチッとスイッチを切り替えたのかのように
「そうね、わかりました。あきらめるわ。
でもね、先生のそのはっきりものを言うところ、わたし嫌いじゃないですよ。
うじうじもじもじして、入るのか入らないのかはっきりしない人よりよっぽどいいわ!
今日は帰りますが、またご挨拶に来ますからねw」

と言って帰っていきました。

ーえ?また来るの?メンタル強すぎない⁉

こんな扱いばかりうけて、私だったらとっくに見限って近寄らないのに。
はっきりと「保険には入らない!」と言い切ってるわけだし。
まだねばるの?

当時はまだまだ世間知らずで高慢だった私は、アオヤギさんのあつかましさだけに目がいって、何も見えていませんでした。



人と人との付き合い方って・・・


数か月後、再びアオヤギさんはやってきました。

「先生、この前は掛け捨てを気にしてらしたようだったから、今日は貯蓄型をもってきました
これはね、補償は少ないけど、掛け金は無駄にならず、満期になったら利息がちょっと上乗せされて返ってくるの。
元本が割れることはないから、絶対に損はしないし、今は金利も低いから、定期預金に入れても大した利息は付かないでしょ。
だったら、少ないながらも万が一の補償もついているこっちの保険に預けてみるのはどうかしら?」

ー戦略を変えてきたか・・・

確かに、これなら掛け捨てではないし、定期預金よりお得感がある。
さすがに1年以上通っていただけあって、私の性格を見抜いてきてる。

あれだけ邪険にし続けたのに、めげずに通ってくれたし、さすがに悪い気もするから、これなら入ってもいいかな・・・

「アオヤギさんには根負けしたよ。これなら損しないし、とりあえず5年のプランで入ろうかな」

「ありがとうございます😊
その決断の早いところ、やっぱり私好きよ✨」

私は苦笑いしながら、契約書の説明を聞いて、必要な書類をそろえると約束しました。
アオヤギさんは実に晴れやかな笑顔で、
「書類は来週取りに来ますね😊」
と言って帰っていきました。

完全にアオヤギさんの粘り勝ちでした。

保険を成約してからも、アオヤギさんは変わらず職場にあいさつに来てくれていましたし、年末年始には粗品と年賀状の挨拶を欠かさず送ってくれていました。

当時の私は、仕事が忙しすぎたのと、尊敬する先輩教師に少しでも追いつきたかったのと、子どもの期待に応えたかったのと、「講師のくせに」と舐められたくなかったのとで、とにかくがむしゃらに、休みなく働いていました。
手本となる先生も多く、環境に恵まれたこともあり、教師としての実力はR中学にいる間にかなりついたと思います。
この時の貯金で、残りの20年近い教員生活を乗り切ることができました。

その反面、疲労と余裕のなさからイラ立つことも多く、
ーここでこれ指摘したらまた敵を作るな
とわかっていながら職員会で先輩教師に噛みついたりとか、
部活動の運営を巡って保護者とケンカしたりとか、
周りからしてみればかなり扱いづらい人間だったと思います。

私自身は絶えることなく目の前に積みあがっている仕事の山を、日々処理していくのがやっとで、周りを思いやる余裕はありませんでした。


その影響は気が付けば家庭に取り返しのつかない亀裂を生んでいました。


R中学校の任期が1学期末で切れ、4年半ぶりに家でゆっくり過ごす時間が取れました。

夏休みの期間だったので、妻も家にいたのですが、それまで互いに忙しく働いて、すれ違い続けていた二人の関係は、いざ狭い家の中で長時間向き合わざるを得なくなったら、1週間ともたずに崩壊しました。

仕事に没頭している間は、多少性格が悪かったり、もめごと起こしたりしても、「先生」として評価はされていました。

でも、家庭ではたった一人の妻とさえ、良い関係を築くことができませんでした。

仕事の成果でごまかしていましたが、「先生」という肩書を外した私個人は、人でなしのコミュ障だったのです。


夏休み明けから50㎞ほど離れた町の学校に採用されることになり、それを機に家を出て、正式に離婚もしました。
結婚生活は6年にわたりましたが、子どもができなかったこともあり、離婚は驚くほどあっさり片付きました。

引っ越しが終わり、新しい学校での勤務もひと段落ついたころ、アオヤギさんのことを思い出しました。
結婚していたころは妻の姓を名乗っていたので、保険の名義や受取人を変更してもらわなければなりません。
久しぶりに電話して、近況を伝えると、驚いた様子でしたが、
「わかりました。先生が県内どこへ行っても、私はすぐに駆け付けますからね!心配しないで、何かあったらいつでも連絡してください!」
と言ってくれました。

後日、遠いのに私の勤めている学校まで来てくれたアオヤギさんの顔を見て、少し喜んでいる自分に気づいて驚きました。

初めは「なんてあつかましいんだ!」って、あんなに嫌っていたのに・・・

アオヤギさんは、スーツを着て髪をアップに束ね、濃いめのメイクでいつも通りの姿です。

「遠くまでわざわざすみませんね」
と言うと、
「いいんですよ~。先生たち転勤はつきものでしょう?
私のお客様は県内あちこちにいらっしゃるから、ここはまだ近い方ですよw
今日もついでにこの近くのお客様のところ回らせてもらうから、全然気にしないでください」
と、朗らかに答えてくれます。


妻にも愛想つかされるほど、性格悪くてとっつきにくかった私なのに、今ではこんなに親しげに話せる関係になっている・・・

アオヤギさんって、実はすごい人なんじゃないか?

ベテランセールスレディのコミュ力の高さに、私の評価はいつの間にかひっくり返っていました。


定まった教師としての指針


新しい学校に来て1年半が過ぎたころ、良い出会いに恵まれて、再婚することになりました。

結婚に向けて式の準備などをしていた時、アオヤギさんから連絡が来ました。

「ごぶさたしてます~。アオヤギです~。先生お元気?」
「ええ、元気にしてますよ」

おなじみの挨拶。
そういえば、アオヤギさんは最初に必ず「お元気?」とか、「お変わりないですか?」とか、こっちを気遣う一言を入れてくれてるな~。
こういうのが良い関係築くためには、意外と大事なのかも・・・
メモメモっと。

「先生にお入り頂いていた貯蓄型の保険、もうじき満期になるんですがどうされます?お利息が5万円ちょっと付いて、合計55万円ほどになりますが・・・」

「ちょうどよかった!こんど再婚することになって、式の費用とかで今入用だったんですよ。それだけあると助かるな~」

「あらやだ!おめでとうございます!タイミングバッチグ~でしたね😊
いや、私も先生のお役に立ててうれしいわ~✨
保険勧めておいてよかった~😁」

「ハハッ、本当にね。ありがたいですよ。さすがアオヤギさんだね~」

すっかり忘れていた貯蓄保険のおかげで、結婚資金にもだいぶゆとりができて、新婚旅行を少し豪華にすることができました。

お手柄だったアオヤギさんには、何かお礼をしないとね・・・

「再婚も決まったし、私もそろそろちゃんとした生命保険入ろうかな?
よさそうなプラン提案してもらえます?」

「やだ!うれしい!ありがとうございます!
まっててね先生!私腕によりをかけてとっておきのプラン用意するから✨」


人の縁って不思議なもので、ひょんなことで深まったりするんですね。
これをきっかけに、さらにアオヤギさんとの関係は続くことになり、遠くから来てもらう分、世間話などもたくさんするようになりました。


生命保険を契約するとき。
プランを変更するとき。
その都度足を運んで丁寧に説明をしてくれます。

「この新しい入院保障をつけるとですね・・・・」
「うん、それはいらない!こっちだけつけて」
「相変わらず先生は話が早い!はっきりしててこっちも楽でいい!
最近の若い人はよくわからなくて困る・・・」

アオヤギさんが言うには、


学校だけでなく、企業にも営業に行くんだけど、新入社員の若者に保険を勧めるじゃないですか、そうすると
「僕は大丈夫です」
って答えるんですよ。
それってどういう意味なんですか?
保険に入るってこと?入らないってこと?
そんなあいまいな返事じゃどっちだかわかりませんよ。
で、どっちなの?ってちょっと詰め寄ると
「親に聞いてみないと・・・」
ですって!
ちょっと待ってよ!
あなたもう就職して、立派な社会人になって、お給料ももらってるんでしょう?
だったら、自分のもらったお給料で保険に入るかどうかくらい、自分の意志で決めなさいよ!
どう思います?先生?


「大丈夫です」

たしかにそういう答え方する人増えてきたな~。
自分の意思をはっきり示さず、相手に察してほしいって心理の表れなのかな?
決断や責任を負いたくないから、相手に委ねる風潮、確かに強くなってきた気がします。
中学生でも「大丈夫です」って答える子多いもんな~。

これ、学校教育の責任かもな~。


また、別の日には、


最近、新しく入ってきた若い子が仕事続かなくてね~。
この間も新人の教育任されたんだけど、その子がお客さんのところに行くのに、平気でジーパンとかはいてくるのよ。
ちょっといくらなんでもその格好は失礼だから、しまむらの1万円のスーツでいいから、ちゃんとした服装になさい。
って言ったら、
「パワハラ受けた!」
って上司に訴えられたの・・・
私の指導間違ってました?
結局、その子は3カ月もたたずに辞めちゃって・・・
私が若い頃は先輩から、
「いい、どんなにひどいこと言われても、お客さんの前では笑顔を崩しちゃいけない!車に戻るまでなにがなんでも我慢して、窓を全部閉めてから泣きなさい!」
って教わってたんですよ。
今じゃやり手ばばあみたいに見えるでしょうけど、これでも若い頃は車でたくさん泣いたんだから・・・
お客様からお金を頂くってのは、それだけ大変なことなんだから、こっちもそれなりに覚悟を固めていないと、勤まりませんよ。


なるほど・・・
だからアオヤギさんはいつもスーツで、髪型もメイクもビシッと整えていたんだな。
見た目の印象って大事だもんな。
それだけで信用されないこともあるもんな~。
お客さんから絶対に見えないところまで我慢して泣いてたのか~。
私も出会った頃はかなり邪険に接してたから、泣かせてたかもな~。
でも、やっぱアオヤギさんはプロだな。
以前別の保険会社の人がセールスにきたとき、
「あなたの説明だと不安だから、この保険には入らない」
って断ったら、目の前で泣かれたもんな~。
そうなっちゃうと、お互いもう次はなくなるから、辛くてもそれをお客に見せないってのは大事なんだな。

社会人としての覚悟や在り方って、こんなにしっかり教わってなかった気がする・・・
教員の初任者研修でも、こういう覚悟については扱ってなかったし・・・
きっと、ちゃんと教わってない先生たちが、あとに続く先生たちを教えているから、大事なことが抜け落ちてるまんまなのかもな~。

自分も気をつけよう!

社会人として覚悟を決めよう!


そして教師として、アオヤギさんのところの新入社員のように、ささいなことでつまづいて、すぐに仕事辞めてしまうような大人にならないように、

中学校教師として失敗しても立ち上がって乗り越える力を生徒につけよう!


今から10年ほど前のことですが、アオヤギさんとの何気ない会話から、中学校教師として何を目指すのか、その指針を得ることができました。



恐れず飛び込めばうまくいく


年齢を重ねていくと、校内での役職も増えてきます。
そして、PTA活動などで保護者の方と関わる機会も増えていきます。

価値観や考え方は人それぞれですから、保護者の方にも色々なタイプの方がいます。
学校に理解があって、とても協力的で、先生にとってありがたい保護者。
ちょっとクセが強くて、ずけずけものを言って、おしゃべりも長い保護者。
不思議なことに、前者より後者のタイプの方が、PTAの役員とか引き受けられるんですよね~。

関わると面倒なんで、なるべく避けている先生、実はけっこういます。
一度捕まるとあれがどうだこれはこうだと、長時間聞かされて振り回されるので、正直迷惑なんですよね。

私もPTAの担当になって、そうした保護者の方と密接に関わることになって、内心「やだな~。面倒だな~」と感じていました。

でも、ある時ふと気づいたんです。

ー自分も若い頃は周りから避けられてたんじゃないか?

多少ベクトルは違うかもしれませんが、私も普通のセールスマンとかからは避けられていましたし、似たようなもんじゃないかと・・・


そうか・・・
じゃ、ここはひとつ、アオヤギさんをまねしてみるか・・・


性格悪くてとっつきにくかった私に、めげずに声をかけ続けて、いつの間にか親しくなっていたアオヤギさん。
先生からしたらあまり関わりたくない保護者に、アオヤギ流で接近してみたらどうなるか?
試してみました。


「あの人また来てるよ・・・」
他の先生が迷惑そうにつぶやくPTAの副会長。
学級菜園の野菜が大きくなっているから収穫したほうがいいとか、
歩道橋つかわずに国道を横断している生徒がいて危ないから注意しろとか、
何かにつけて学校に来ては色々な先生に色々なことを話していく元気な方です。
先生たちが見つからないようにこそこそと散っていく中、私は自分から声をかけに行きました。

「こんにちは。今日もお元気ですね」
「あら先生こんにちは!ねえ畑見てる?もうナスとらないと大きくなりすぎて割れちゃうよ!」
「え、どれですか?畑行きましょうか?」
「行こう行こう!ほら、こんなに大きい!あっ、キュウリだって!なんで収穫しないの?せっかく育ててるのに」
「明日生徒と収穫して、役場の駐車場で販売会するって、担任の先生言ってましたよ。10時から売るそうなので、よかったら買いに来てくださいよ」
「あらそうなの?いいわ、行く行く!ナスとかおいしそうじゃない!いい活動しているわね」
「ええおかげさまで。お知り合いの方にも宣伝とかしてもらえませんか?たくさんお客さん来てくれれば、子どもたちも喜ぶので」
「任せて先生!いっぱい連絡するから!じゃ、早速ラインしてくるね!」

あれ?なんかすごくいい感じじゃない?
話してみれば悪い人じゃないし、すごく協力的だし。

他にも、ちょっとこちらから歩み寄っただけで関係が劇的に変わりました。

ボランティアでグラウンドの草取りをやってくれていた野球部の子のお母さん。
グラウンドの管理について学校に注文も多かったんですが、空き時間に一緒に草取りをしてから、なんか「同志」認定されたようで、すごく仲良くなりました。

なにかと否定的で、一度決めたことを後でひっくり返すPTA会長。
難しい人でしたが、趣味で行っている歴史の研究を、総合的な学習の一環で子どもたちに教えてもらえないか持ち掛けたところ、すごく協力的で、それ以来どの話もスムーズに進むようになりました。

若い頃は嫌がって敬遠していたPTAの飲み会にも、積極的に参加するようになりました。
酒を酌み交わしながらなんてこともないことを話しているだけで、距離がぐっと縮まって、関係がよくなりました。

それまではトラブルを持ち込む側だった人たちが、とても協力的に変わったばかりか、私が困ったときはすかさず助けてもくれました。


ーなんだ、いいことばかりじゃないか。


さすが営業のプロ、アオヤギさん。
アオヤギ流コミュニケーションでこんなに諸々うまくいくなんて!

毛嫌いしたり、恐れたりしないで、相手の懐に飛び込んでみれば、意外と得難い味方になってくれるんですね。


若い先生は特に保護者を怖がって、できれば関わりたくないと距離を取る傾向がありますが、それはかえって逆効果。

何かトラブったときに、避けてきたツケが倍になって返ってきてしまいますよ。



最後は“人”


5年ほど前でしょうか、アオヤギさんに最後に会ったのは。

「アオヤギさん、いつまで現役続けるの?私たちはいてくれるとありがたいけど、もうけっこうなお歳でしょう?」
「・・・先生、私もね、本当はもう休みたいのよ。
もう何年も前から、毎年会社に辞表出しているのに、受け取ってもらえないの!
私ね、こう見えてもう70超えているんですよ?
いつまで老人を働かせるんだってね!
ひどいと思いません?」
「確かに!・・・でも、アオヤギさん辞めたら、私も保険乗り換えるかも。
アオヤギさんだから入ってるようなもんだし。会社もそりゃ手放さないよね」
「やだ先生!保険は入っておいて。
でもね、ありがたいことに先生みたいに、私だからっておっしゃってくださるお客様多くてね~。
本当は若い子に育ってもらって、お客様を引き継ぎたいんだけど、私より先に辞めてっちゃうし・・・
私の会社、最高齢は75歳ですからね!
私より上がまだいるんですよ?
保険商品だって毎年新しくなるし、覚えることもたくさんあるし、いい加減年寄りには厳しいですよ。
身体だってきかなくなってくるし、長いこと働いた分、元気なうちに少しは遊びにも行きたいじゃありませんか・・・」

この時もそうでしたが、保険を更新するたびに、アオヤギさんは変更となる内容や補償について、とても流ちょうに説明してくれました。
商品の内容や制度を理解していないとできないことだと思います。

それに加えて、
「とにかく先生、ケガとか病気とか、なにかあったらまず私に連絡ください。こちらでなにがどう適応になるか、全部やりますから」
と、必ず言ってくれました。

その安心感たるや・・・

できる人だからこそ、会社も手放せないのだとは思いますが、そろそろゆっくりしてもらいたいとも思います。


翌年、アオヤギさんから1枚のはがきが届きました。

「お世話になっております。この度退職させていただくこととなりました。
ご加入の保険につきましては、近日中に後任の者からご連絡させていただきます。今までありがとうございました」

残念な気持ちがする一方、「やっと辞められたんだ。よかった」という思いもわいてきました。

最後に会った時も、スーツ姿で髪をアップに束ね、濃いめのメイクで、最初のときと変わらない姿でした。


後日、後任の方からお電話があり、学校まで来てくれました。
スーツは着ていましたが、くたびれた感じの中年の女性でした。
初対面なのに、挨拶もそこそこに、保険の見直しの話を始められました。
書類を見ると、私の名前の漢字が間違っていました。
保険内容の説明もたどたどしく、いかにも不慣れな感じでした。

「申し訳ないけど、あなたとは今日お会いしたばかりで、どのような方かまだ全然わかっていません。私はアオヤギさんだったから、そちらの保険に入ったのです。名前も間違っていますし、とても今すぐ更新する気にはなれません。今日はご挨拶させていただいたので、これでお引き取りください」

私がそう言うと、取り乱した様子で「すみません」を連呼すると、泣きそうな顔で足早に帰っていきました。

その後、後任の方から連絡が来ることはなく、半年ほどして別の方から
「○○は退職いたしましたので、私が新しく担当させていただきます」
との連絡が来ました。

その方も、安心して任せられるとは思えない方でした。


ちょうど同じ時期に、別の保険会社の方が売り込みに来られました。
その方は私より少し若いくらいでしたが、スーツを着こなし、髪型もメイクもバチっと決めていて、保険を勧める前に退職後の生涯設計の話などから入り、手製の資料まで用意してくれる、プロの社会人でした。

私は保険を乗り換えることにしました。


アオヤギさんは退職されましたが、最後にまた大切なことを教えてくれました。

会社の良しあし、商品の良しあしはあるけれど、結局のところ最後は“人”である

担当者が信頼できる人かどうか

これに尽きる


私も生徒や保護者から、信頼される、任せてもられる

そんな教師であらねばと強く思いました。


直接お礼を言う機会はありませんでしたが、この記事をもってアオヤギさんへのお礼に代えたいと思います。


アオヤギさん、ありがとうございました

役にたった。参考になった。もっと知りたい。もっと読みたい。そう思っていただけた方。よろしければサポートお願いします。投稿への意欲が爆増します!