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読書感想:火輪の翼〜安史の乱に勝負を挑んだ最高のプロレスラー

 火曜に本屋で引き取ってはきたけど、なまじ平日に読むと作品に没入して仕事に支障が出るのが目に見えてるので週末まで取っておいた、千葉ともこさんの新作「火輪の翼」。
 金曜の夜を迎えて、毎週の楽しみになってたYouTubeのタカラトミー公式チャンネルでのG1トランスフォーマー配信も見終えてから、完全に集中できる状態になってから読み始めました。
 その結果、土曜の夜には一気呵成に読み切っちゃいました

 千葉ともこさんの<安史の乱>三部作は、従来の歴史劇とはちょっと違った視点から入ることで、世界観を示してきました。
 デビュー作「震雷の人」では文と書の世界の住人だったはずの顔真卿ら顔氏一門、第二作「戴天」では宦官といった具合に。

 では、「史思明の息子史朝義を主人公にした話を構想してる」とインタビューなどで言及されていた第三作では何を視点に据えるのか。
 そこでまさか、「唐代の女子レスラーを出します」という回答を出してくるとはねえ。まったく予想してませんでした。

 そして、この「レスラー」という言葉を、武術家や格闘家と単純化するのではなく、「自分の存在によって見る者に“闘志”を呼び起こすストーリーを作るもの」と定義していました。
 人を惹きつけるものとしてのプロレスって、まさにそれなんです。そして、その精神こそが、「戦争」というものを呼び起こす存在全体に抗う者という、<安史の乱>シリーズの主人公が示す志のひとつに相応しいものなんだとすぐに気が付きました。

 また、飄々とし視野も広く、その一方で深い呪縛と愛情を抱えた史朝義も大好きになっていました。
 そんな彼の姿を見てると、不思議と「この男こそ天下の主に相応しい大器だった」式の感慨が、あまり浮かんでこないんです。
 むしろ、「笑星のプロレス団体のマネージャーをやってる方が向いてるよね」って、そんなことを考えてました。場合によっては、ビンス・マクマホンばりに興行に出ても良いでしょうし。

 朝義って、多分悪徳オーナーばりのヒールキャラも結構ノリノリでやるタイプじゃないかなあ。

 千葉ともこワールドの住人って、「何事もなければ、戦争がなければ、まともな世の中であれば、どの人も英雄なんぞにならず楽しく暮らせただろうにな」って、そんな風に思わせるんですよね。主人公たちはもちろん、辺令誠や史思明のような悪役に対しても。

 さて、てんぐが震雷の人で一番感情移入してたキャラクターは安慶緒でした。
 気高く正しい道を歩む志を得たのは良いけど、どう考えても向いてない。その道を行くための知識も技術も経験もない。
 そんなことは百も承知で、しかもその正しさとは真逆の殺戮によってしか進路を定められない。でも、そこで堕落も変節もせず、志ある茨の道を自他の血で服を染めながら歩み続ける。
 そんな不器用なくらい生真面目な姿を見せる彼が、どうしようもなく好きでした。
 火輪の翼が安史の乱の終幕へ向けての物語になるというなら、それは彼の最期を見届けることにもなる。本作を手に取った理由のひとつがそれでした。
 そんな安慶緒の最期は、決して暗愚な男の当然の末路なんかじゃありませんでした。むしろ、その生真面目さが報われる、その一歩手前まではたどり着いていました。
 それが救いであり、そして悲しくもあり、「この場に采春がいてくれたら……」と、そんなことも考えてしまいました。

 そういえば、采春や圭圭たち建寧王配下の僧侠団は、この頃どこで何をしてたんでしょうか。
 あの人たちのその後も知りたいです。 

 そんな火輪の翼ですが、読んでて思いました。千葉ともこさんって、多分相当にプロレスが好きなんじゃないかな
 でなきゃ描けないですよ、暴君と化した史思明を追い詰めたあの“覆面ヒールレスラー”のベビーターンの高揚感は。あれは読んでて本当に歓声が出そうになりました。
 その歓声と高揚感、それを生み出す闘志こそが、「戦争」に勝つための武器であり力であり、人の心の中に輝く太陽なのだ、ということなんでしょう。
 唐代に興味がある人だけでなく、プロレスが大好きという人は、この本を是非手に取ってください。

 戦争にすら対戦する熱い闘志が、ここにはあります。


 

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