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記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
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オッペンハイマー:トレーラーの答え合わせと個人的感想



はじめに


3/29にクリストファー・ノーラン監督最新作の「オッペンハイマー」が公開され、早速見てきました。結論としては、めちゃくちゃ面白いのですが、その面白さを他人に伝える為の言語化がとても難しいと感じています。
詳しいストーリーの解説や「予習」事項は他の人に譲るとして、
言語化の苦闘の記録として投稿しておきます。
本文を読む前に注意点を2つ挙げておきます。

注意点

  1. 記事の性質より、「オッペンハイマー」のネタバレが多分に含まれます。未見の人は、今すぐカイ・バードの原案伝記を読み、映画館へ向かってください

  2. 記事の内容は私の個人的な感想ですが、原案伝記の解説文やパンフレット中の解題の影響を強く受けている事をご承知おきください。

トレーラー記事の答え合わせ

本題に入る前に、昨年5月に書いたトレーラーについての投稿の答え合わせをしておくのが誠実だと考えています。記事内では、

>これまでの情報で、少なくとも世界初の核実験であるトリニティ実験が描かれることは分かっていましたが、今回のトレーラーでは第二次世界大戦終結後、冷戦期における核開発競争まで射程に収めていることが示唆されています。

こう指摘しましたが、映画はむしろAECによる保安許可更新の査問と、ルイス・ストローズの商務長官指名を巡る公聴会がメインでした。当たらずとも遠からずといったところでしょうか。

>「人類がこれまでに見たことのない平和が訪れる」「誰かがもっと大きな爆弾を作るまではね」というセリフ(2:23~)

これについてはもう少し発言者に注意すべきでした。もっと大きな爆弾を作ろうとする「誰か」はソビエトだと思いこんでいましたが、発言していた「水爆の父」テラー博士の方が劇中ではより重要でした。

>地図上のモスクワに描かれる「円」

こちらについては後述しますが、予期しなかった点でより重要なテーマと結びついています。
とりあえず今は、冒頭の水たまりのカットを思い起こしておきましょう。

モスクワの「円」
水たまりの「円」

>白黒とカラーの使い分けがどうなるか?(出世作メメントでは異なる時間軸をカラーと白黒で表現していました)
これについては、「オッペンハイマーの視点がカラー、ストローズの視点がモノクロ」という理解で間違いなさそうです。

面白さの根源は何なんだ


広告文の通りにこの映画を一言で表現してしまうと、「オッペンハイマー博士の栄光と凋落」になります。原案副題がアメリカン・プロメテウスであることを勘定に入れて「ギリシア神話、ギリシア悲劇的」であると言えるし、伝記ではシェークスピア的であると主張されています。しかしながら、演出の意図を考えるにつれ、物理学という題材に即しながらも、普遍的な意味合いを持つテーマが存在すると考えます。
それは、量子力学的な「ゆらぎ」と、理性から生まれる非道徳的行為、これらに人間ドラマ、政治劇が分かちがたく結びついている、この点に面白さがあると考えます。

量子力学的「ゆらぎ」

私は物理学の専門家ではないので聞きかじったような知識しかありませんが、量子状態においては、全く誤差のない観測を行ったとしても、その値がバラつく「ゆらぎ」が存在するとされています。(不確定性原理)
つまり、ある事柄が、全く異なって見える「多面性」をもつと言えるでしょう。
これをストーリーや演出に当てはめるとどうなるでしょうか?

オッペンハイマーはそのキャリアの当初において、宇宙物理学の研究をしていました。そこで、巨大な恒星の爆発と、微視的な原子の世界の動き、そして後にはトリニティ実験における核爆発が抽象的な動画で同一視されます。
また、上に掲げたように、「水たまりに広がる雨」と「地球上で次々と爆発する核兵器」が、何かしらの繋がりがあるように提示されます。
原爆投下日の公演では、喜ぶ人の顔が悲哀の表情に見えたり、飲みすぎて吐いているだけの人が放射線障害で苦しむ人に見えたり、正反対の事象が同じように見えるわけです。
関係ないと思われるような事象が他の出来事に関係性を持ってつながる。
ここに意識の連続性が感じられ、面白みになるのです。

オッペンハイマーだけではない多面性

オッペンハイマー博士は多方面への関心とその卓越した能力から、かねてより「複雑な人物」とされてきました。映画でも、もちろんその通りに描かれますが、他の登場人物にもフォーカスすることで、その多面性がむしろ普遍的であるように示されていると感じます。

  • 妻のキティ:育児放棄気味、アルコール依存気味であるかと思えば、かつての共産党の闘士よろしく、「紳士的すぎる」男性陣にストローズと戦うよう発破をかける。

  • ストローズ:うわべは紳士的な人物であるが、執念深く狡猾にオッペンハイマーを陥れようとする

  • ジーン・タトロック:オッペンハイマーと分かれたあとに死亡するが、自殺なのか他殺なのか判明していない

  • グローブス将軍:粗野で横暴な振る舞いが目立つが、実際はMITで学んだインテリでよき理解者となる

このように、オッペンハイマーだけを特別視しないことで、かえって「人間の内面の複雑性」を強調できているのだと考えます。

理性から生まれる非道徳的行為

作品のもう一つのテーマと言えるのが、理性から生まれる非道徳的行為についてです。冷戦初期、ソビエト連邦が核兵器を持ったと判明してから、アメリカは核兵器の質的、量的向上を推し進めます。これがさらなる軍拡競争に繋がり、やがて人類は自らを滅ぼしうるまで核兵器を作り続けることになりました。このような状況の契機として、オッペンハイマーでは偉大な理性が、非道徳的になりえる光景を描き出しました。
対日原爆投下や、「正直な意見を呈したが為に排除される」ような赤狩りについてもこれにあたるでしょう。
理性から生まれて非道徳へ至る。これ以上の悲劇がありましょうか?

クリストファー・ノーラン的とは?

クリストファー・ノーランの映画は非常に技巧的であると言えます。
本作も例に漏れず、ストローズの公聴会⇨AECのオッペンハイマーの査問⇨戦時中の原爆開発という入れ子構造に、ストローズの回想が加わります。
クリストファー・ノーランの映画は、観客の理解が破綻しないギリギリの範囲で、時間、空間を自由に配置して、それが全て必要の上であるように展開し、また個々の作品のテーマと組み合わさるのです。

書きたいこと、言いたいことだけ書き連ねましたが、圧倒的な映像と音響こそノーラン映画の第一の魅力です。是非劇場で鑑賞して、感想を共有いただきたく、よろしくお願いします。





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