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【巴里】 #786


その女は周りから"パリ"と呼ばれていた

パリは今で言うホームレスだった
当時はまだそういう言葉も無く乞食という言い方が一般的だった

パリはミナミの街を徘徊し一見するとオシャレなのでホームレスには見えなかった
でもよく見ると薄汚れており肌も垢焦げていた

パリは何歳くらいなんだろうか
老けて見える60代に見えるが多分50代だろう
どうしても不潔にしていると老けて見えるものだ

パリは何処から来たんだろうか
皆んなは笑って
「そりゃパリってくらいだから
おフランスなんじゃ無いか」

パリは何で生計を立てているんだろうか
普通は座って前に箱なり缶なりを置いて物乞いをしたり
リアカーでダンボール集めをしたり
何かしら見たら分かるが
パリの場合はただただ歩いているのを見かけるだけだった
ちゃんと生きているわけだから
何かしらの飲食はしているのだろう

パリは何処で寝ているのだろうか
家はあるのだろうか
小屋はあるのだろうか
それとも路上なのだろうか
時々微妙にファッションに変化があるので恐らく何処かに拠点はある筈だ

パリはまともに会話とかできるのだろか
周りには声を聞いた者は居ない
精神を病んでいるのか
それとも意外とまともなのか
想像も付かない
いつも無表情でそこからは感情を読み取る事も難しかった


パリが現れるのは基本的にミナミの街だ
そのミナミでも道頓堀より北側では遭遇した事が無い
近鉄難波駅から南海なんば駅の周辺でよく見かけるのが地下街だった
日光が苦手なのだろうか
全身黒づくめだから暑いのかもしれない


そんなある日
聞きたくも無い情報が耳に入った

「あのさぁ
俺見てもうてん」

「何を?」

「パリを」

「パリは別に珍しいもんでも無いやろ」

「いやいやそれがかぁ…」

「どないしてん」

「昨日なぁ天王寺でさけのんどってん
ほんでなぁ
2軒目行こうやって話なって
歩いて新世界の方へ行ったんや」

「うん」

「そしたらなぁ
あそこら辺
乞食がダンボールベッドで寝てたりするやん」

「おるなぁ」

「そんな中の小屋っぽい
ダンボールハウスから喘ぎ声が聞こえてん
もうビックリしたで
いくら夜言うてもダンボールハウスの中や言うても道端やん」

「せやわなぁ」

「ビックリしてな
見た無かってんけど
声したら見てまうやん

そしたらパリが乞食のオッサンとエッチしとんねん」

「ええーマジかぁ」

「マジマジ」

「それキッツいなぁ」

「せやろ
でな思ったんや
多分やで
多分やけど
パリは乞食の風俗嬢なんや無いか?
それで飯食っとんのかもしれんで」

「なるほどなぁ
でどんな声しとった?
ババァみたいな声か?」

「いやそーでも無いんよ
スゲェ色っぽい若い声やった」

「へぇー
オマエ立ったんちゃうか?」

「立つかぁそんなもんで
ただなぁオモロかったんは
そのダンボールハウスの横で別のオッサンが
ズボンの上からシコってた」

「マジかぁ
流石西成やなぁ」

「いやいやあそこまだ天王寺区か阿倍野区やで」

「ホンマか」

「ホンマや」


こうして僕たちの間では瞬く間にパリのその情報が回った

そう言えば学生の頃のバイト仲間の話を思い出した
僕は心斎橋の小さなカフェでバイトをしていた時の話なんだけど
僕は夕方からのシフトで朝から入ってた同じ年のバイト仲間と交代して彼は帰って行ったのに直ぐに戻って来た

「どないしたん?」

「直ぐに帰るけど
ビックリしたから
報告に来た」

「何にビックリしたん?」

「下降りたらヨレヨレの服着たオバハンから『お兄さん150円でどう?』って言われたんで逃げてきた」

「150円?
タバコも買われへんやん」

「せやろ
そんなんせえへんし
150円ってのが

ゴメンよ邪魔してホンマ帰るわ」


これを何故か思い出した
心斎橋だけどひょっとしたら
あれはパリだったのかもしれない

あの頃のバイト仲間に会って聞いたとしても
本人はもうそんな事など覚えていないだろう


最近は知らないが
昭和から平成の頭くらいの頃は
ミナミや色んな繁華街で有名なホームレス当時は乞食と呼ばれる人たちが居た
そしてその人たちに対して周りの人も割と寛容的でミナミの風景のひとつとなっていた

あれから数十年経った
もうミナミではそんなホームレスを見かける事も無くなった

それは良い事なのか
それとも何処かへ追いやられて
昔より劣悪な生活を強いられているのか


どうでも良い話かもしれないけど
どんとというミュージシャンが京都を拠点に活動していたローザルクセンブルクというバンドがあって
僕はレコード持ってるんだけど
その中の収録曲に『ジュリー』という曲があって
京都では有名なホームレスだったそうだ
何故かこのジュリーもパリ同様に愛されていた
京都で下宿していた兄に聞いてもやっぱりジュリーは有名だったらしい


恐らく令和のこの世界にはもうパリは生きていない
そんな気がする

本編には出て来なかったが御堂筋沿いの金竜ラーメンの側でよく見かける
"振り向き頷き男"も懐かしい



僕はあの頃のミナミが大好きだった




ほな!

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