見出し画像

【波の無い海岸】 #748


とてもシンプルな話だ


友人のヤスシからLINEが来た

"明日って時間ある?"

"あるけど"

"昼メシ行かないか?"

"ああ良いよ"

時々突然連絡が来る

彼は基本人嫌いであまり人に会いたがらない

僕はその中の数少ない友達という訳だ


次の日待ち合わせ場所に行ったらヤスシが先に着いていた

「よぉ」

「おっ」

ヤスシは車で来ていたので彼の車に乗り込んだ

ヤスシは黙って車を走り出した

3分ほど沈黙が続いて

「あのさぁ最近おかしいんだ」

「何が」

「なんか変なんだよ」

「だから何が」

「いやぁこの間さぁ普通にテレビ観てたのよ」

「うん」

「もちろん家でな」

「うん」

「そしたらさぁドラマなんだけど
しかもコメディタッチな」

「うん」

「何でも無いシーンで涙が出てきたんだよ
何十年も泣いた事なんて無いのに」

「うん」

「それが一回だったら
それほど気にもしないんだけど」

「うん」

「それが数回続いたんだよ」

「うん」

「おかしくない?」

「おかしいわなぁ」

「そうなんだよ
普段は普通に生活できてるんだよ
でも家に居ると最近ホントに時々だけどおかしくなるんだ」

「なるほど」

「知ってると思うけど
俺って人が苦手じゃん」

「うん」

「面倒くさいし」

「うん」

「でもさぁ
人と接してなさ過ぎるのかもしれないって」

「そうかもなぁ」

「だってさぁ
今日メシ行くだろう」

「うん」

「その前のメシってオマエと行った何ヶ月か前のラーメン屋くらいだよ」

「うん」

「ヤバいよなぁ」

「そうだな
でもまだ初期段階じゃないか
多分自律神経がおかしくなってるんだと思うよ」

「そうかもなぁ
でも外には出られる
外に居る時はちゃんとしてられる」

「そうかぁ…」

「あっここの店で良い?」

既に定食屋の駐車場に入っていた
ファミレスとかを選ばず
こういう店をチョイスするヤスシが好きだったりする

「ここ来た事ある?」

「無いよ
この辺には来ないし」

「そうか
ここのオムライス美味しいんだぜ
今日は食わないけど」

「それって僕にススメてる?」

「いやそういう訳じゃ無い」

2人は沈黙し壁に貼り付けてあるお品書きを順番に見て行った

「決まったか?」

「そうだなぁ
無難にミックスフライ定食にしておくよ
何にするの?」

「俺か俺はなぁ焼そばとハンバーグの定食」

「ガッツリ食うんだな」

「腹減ってよ
あっすみません
焼そばとハンバーグの定食と」

「ミックスフライ定食をお願いします」

「なぁさっきの話の続きなんだけどな」

「うん」

「今の仕事って人と会わなくて済む仕事じゃん」

「うん
それが良いからあそこで働いてるんだろ?」

「そうなんだけど
もう少し人と関わらないといけない仕事に代わろうかなと考えてるんだ」

「ストレスにならないか?」

「分からん
でもこのままやったらアカンような気がするのよ」

「本人がそう思うならやってみるのもありやと思うけど
あんまり無理しなや」

「ありがとう」

この定食屋
美味しいっちゃー美味しいけど
なんでってくらいお味噌汁の量が少なく副菜のキャベツも恐ろしく少なかった
それが残念であった
野菜炒め定食にしておけば良かった

食事を終え
途中喫茶店に立ち寄り
普通の珈琲を飲んで
同じような話をして
待ち合わせた場所まで送ってくれた

家までとも言っていたが
僕は行きたい所があるからと
そこにしてもらった


それから
また数ヶ月はヤスシからは連絡は無かった


半年ほどしてまた会う事になった

「実はさぁ
最近車運転してたりするとさぁ
あのカーブでこのまま突っ込んだらどうなるんだろうとか考えるようになったんだ」

「怖い事言うなよ」

「今日はしないよ」

「今日も明日もしちゃダメ」

「まぁしないし
したいじゃ無くて
今のところ
したらどうなるんだろうって」

「で仕事は?」

「いや結局まだ今のとこに居る」

「そうかぁ
僕個人的にはそれで良かったかなと思ってるよ
急に環境変えた方がストレスは増えるからね」

「そうだろうなぁ」

「でさぁ
無理にとは言わないけど
一度心療内科行ってみたらどうだ?」

「それも考えてるんだけど
たまに聞くじゃん
薬漬けになってかえって酷くなるとか」

「ああそれね
それもなきにしもあらずだな」

「だから躊躇してしまう」

「難しいわなぁ」

「そうだろう?」


結局いつもそうなのだが
話を聞いてやる事くらいしか出来なかった

そしてまたヤスシからは連絡が来なくなった
一年を過ぎたので流石に心配でこっちからLINEを送ってみたが既読にもならない
どうしたんだ
電話をかけてみた

電話は止められていた

僕は急いでヤスシのマンションに行った
マンションの入口には明らかに空き部屋であると分かる
電気のメーターがピタリと止まっていた

もう住んでいないんだ

ヤスシは先に言ったように友達がほぼ居ない
僕とヤスシの共通の知り合いは居ない
だから今のこの現状ではヤスシを見つけ出す事ができない
実家の詳しい場所も知らないし電話番号も知らない


何処へ行ってしまったのだろう






ほな!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?