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【その曲がり角を曲がった先には】 #990


2年前に妻と別れた

半年前に仕事を辞めた
実質クビのようなものだった
仕事が出来ないとかじゃ無くて
会社での人間関係の悪化が原因だった
新しくやって来た上司との折り合いが悪く
成果を出しても褒められず
「これはこの課の皆んながサポートしてくれたから達成できたんだ
皆んなに感謝しろ」
そう言われた
その時は確かにそうだなと思った

しかしその後
僕がミスをした時には
「お前のせいで皆んなに迷惑かけてるんだぞ
皆んなに謝れ」
そんな風に言われた

成功は皆んなのお陰で失敗は全て僕のせい

それ以外にも僕は僕の知らない所で何かにつけて僕の責任にされていた
やってもいない事までも

要するに単純にその上司から嫌われていたのだ

僕は嫌気がさして会社を辞めてしまった

半年が経ち失業保険も終わっており
貯金を切り崩して生活していた

以前の会社での出来事からどうも精神的に疾患を抱えてしまったようだ

何社か面接を受けたが通らなかった
一社だけ通ったけれども
何故か辞退してしまった

仕事をするというのを考えると怖くなってしまう

その内
人と会うのも怖くなって来た
仕方なしに生活の為に外に出る場合にも出来るだけ
人の顔は見ずに歩き
目的地で用事を済ませ
出来るだけ足速に家に帰った

お金が益々無くなって来た

電気が止まった

一月分の電気代のお金を使って
アウトドア のランプと燃料
それからカセットコンロのガス缶を大量に買った

ガスもちょうど止まった

水道料金だけは払っている

古びたアパートだったので家賃はそれ程は高くない
空き部屋の方が多く
近所付き合いも無かった

体力を温存する為と電気が止まってエアコンが使えないので
基本的に布団の中で過ごした


最近気付いたのは
ずっと独り言を言って喋り続けている
知らない間にだ
いつも途中で気が付いて話すのを止める

一体いつ迄こんな生活が続くのだろう

お腹があまり空かなくなってきた

そりゃ動かないからだろう


やりたい事が無いというか思い浮かばない
夢も希望も喜びも何もない
確か昔は友達が居た筈なんだが
今は知らぬ間に居なくなった

まぁ居た所で連絡の取りようが無い
携帯電話料金も払っていないので止まったままだ


自分が衰弱していくのが分かる
足が細くなったような気がする
近くのスーパーやコンビニに行くのも大変だ

しかし食欲が減ったとは言え
何も食べない訳には行かない
冷蔵庫は止まっているから
基本的には大量に買ってあるカップ麺やカロリーメイトやナッツ類が主な食事だ

家の中はすっかりゴミだらけになっている
今はまだ寒い時期だから大丈夫だろうけど
夏になったらどうなるんだろう
ゴキブリとかハエとか
そう言った類いが大量に発生しそうだ

カラダが臭ってる
分かっているが
洗う気持ちにならない
洗いたく無いのでは無い
どうでも良くなっている


今はただただこの時間をやり過ごす為に生きている
そんな感じだ


よーするに生きてるが死んでるような
そんな状態だ

時々死が近付いているような気になる

でも多分死んじゃうんだろな

それも別に良いかもしれない

僕が生きていても別に誰も喜ばないし
死んだとしても誰も悲しまない
両親は既に他界しているし
他の兄弟とは疎遠になっている
おまけに別れた妻との間には子供も居なかったし

誰も僕を思い出す者も居ない

この片隅で僕は死んでいくのだ
忘れ去られた僕は


また1ヶ月が過ぎた

まだ生きている
しかしもう外へ出る気力も無い
お金もとうとう底を尽きた

何もない
減るばかりの食料も恐らく半月持たないだろう

今月末か来月頭には水道も恐らく止まるだろう


最近目がチカチカする
何かしらフラッシュを焚かれたのように
部屋の隅に小人が現れたりする
何をしているのだろう
耳元で何かが話しかけてきたりもする
注意深く聞いていると
「側転ができない」
そう繰り返し言っている
意味が分からない

ベッドから起き上がる事が出来なくなった
前兆があったのでベッドの横にテーブルをくっつけ
ペットボトルに貯めてある水や食料を置いている
しかしもう起き上がる事もできない
汚い話だが糞尿もそのまましている
恐ろしい程の悪臭だろうが鼻がどうにかして慣れてしまった

もう秒読みに入った

お迎えが来るのを待つだけだ

夢うつつ




目をつぶったマブタが明るい
ここは天国か?
それとも地獄か?

病院だった
分かるまでに数分かかった
右手は点滴が打ち込まれてた
ブドウ糖かなにかそんなもんだろう

僕は死ななかった

どうして此処に居るのだろうか
さっぱり分からない


だが不思議なもので規則正しく寝起きさせられ決まった時間に食事を出され生活していたら
なんだか前向きに生きれるようなそんな活力が湧いて来た
入院は5日程度だった

看護師の人から退院の手続きがあるから
1階にある受付窓口に行くよう言われた
受付に行くと書類を渡され
市役所の生活保健課に行くよう言われた

その足で市役所に向かった
病院からは目と鼻の先にある

生活保健課に行くと今回の病院代金の話と生活保護の話と手続きがなされた
最後に自分の家の鍵を渡された

家に帰ったら部屋が綺麗になっていた

悪臭も無く普通に生活が出来る
市役所からはきちんと前向きに就職活動をするよう言われた
それまでは生活保護でバックアップしてくれる


僕は一度死んだ人間
まだ仕事への恐怖は残っているが
今は前向きな気持ちの方が大きい

生かしてもらったからだ

そして異変に気付いて通報して下さった二部屋隣の方にお礼を言いに行った
出て来たのは小学生の男の子とその母親だった

恐らく僕より10歳ほど年下な感じの人だった
息子さんが僕の部屋から変な臭いがするって言ったので自分も駆け寄ってみたら臭いがして
ひょっとしてと思って警察に連絡してくれたそうだ

きっと息子さんが異変に気付いてくれなければ僕は本当に死んでしまっていただろう

僕は深々と頭下げ部屋に戻った

いきなり就職は出来なかったけれど警備員のアルバイトが決まって
一所懸命に働いている
職場環境はとても良い
皆んな良い人ばかりだ

警備員のアルバイトをしながら就職活動も続けた
一応大学の経済学部を卒業していたので小さな印刷会社の事務の仕事に着く事ができた

アルバイトの皆んなも喜んでくれた

あれ以来あの親子とはとても仲良くなった
ご主人を早くに亡くされ女でひとつで息子さんと逞しく生きていらっしゃる

恋の花は咲かなかったがとても仲の良いお友達となった
まぁ親戚のおじさんみたいな感じなのだろう

こうして生き返って生活していると
まるで一日の在り方が全然違う

社会から必要とされている気がする
近所の小さなお友達とそのお母さんにも必要とされている気がする
とても充実した気持ちだ

僕はもう当分死なたいつもりだ





ほな!

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