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【東京インが応報】 #999


僕は10歳の時
母親に連れられて東京を目指した

東京での生活は悲惨なものだった
それでも母は言う
「東京に戻ってきて良かった」と


以前はとある田舎町の温泉街にある温泉宿に住み込みで働いていた
ヤスシは具体的には知らなかったが
総支配人に何度もカラダの関係を持たされていた
でないとクビにすると脅され
弱り切っていた母はヤスシとの生活も考え従わざるを得なかった

そんな生活から逃げ出し
東京へと戻ってきた
表向きは良かったと言っているが
母はまるで何かに怯えているように
一旦外に出ると周りを警戒し
できるだけ人と接触しないように行動している
いつもマスクにサングラス
そして帽子を深く被っている
服装も絶対にスカートやヒールは履かなかった
必ずジーパンにスニーカーだった

カバンもリュックサックで常に両手が空いている状態にしていた
僕は子供だったので服装に色々求められなかったけど
母を見ていると何となく従った方が良いような気がして
サングラスは無いからしないけど
ギャップを深く被りマスクをした
もちろんリュックサックで

汚いアパート暮らしでヤスシが中学を卒業する迄に覚えているだけでも10回は引っ越ししている


多分居たんだろうけど
お父さんの話はしない
生きてるのか死んでるのか
それさえも分からないし
聞いてはいけない空気だった 


中学を卒業したヤスシは鐵工所で働いた
年の近い先輩が2人居た
見るからにヤンキーですよって風貌だった
ヤスシを可愛がってくれるけど
どうにかして自分たち側の人間にしたそうにしていた

ヤスシは別にヤンキーでもヤンキーで無くても良かったのだが
母の隠密行動を思い出すと
あまり人とつるんだりしない方が良いのだろうなと思って
適度な距離を取った

でも2人のうちの1人がしつこかった
仕事が終わりそうになったら
「この後遊びに行こうや」
とか
「今日バイクで出かけようぜ」
とか
とにかくしつこい

後で分かったのだが
この先輩はグループ内のパシリで
要はヤスシを引き込んだら自分はパシリを卒業できると考えていたらしい

断り続けていたある日
珍しくもう1人の先輩が絡んできた

「アイツがあんなに誘ってんのに
一回くらい付き合ったれや」

とても面倒くさい
仕方がないので一度だけと思って付き合った

仕事が終わってファミレスに連れて行かれた
そこにはヤスシの知らない男女が10人近く居た
全員ヤンキー

面倒くさ過ぎる

僕はど真ん中に座らされ逃げられないようにされた

超面倒くさい

僕はソーダを注文した

周りから色々聞かれた
どこ住んでるとか
何中やったとか
どうしてあそこで働いてるのか
とかもうしょうもない事を色々聞いてきた

答えられるものは答えたし
答えたく無いものは嘘の答えをした
どうでも良い連中だったので嘘も平気だったしホントの事言ったら後々面倒だし

ファミレスを出て帰るのかと思ったらもう少しだけ付き合えって言われた
バイクの後ろ座席に乗って河川敷に来た
何となく空気的に理解した
ケンカだな

「よぉヤスシくんよ
今日お前を誘ったボンちゃんが
話があるそうだってよ」

「何すか先輩」

「お前さぁ
いっつもオレの誘い断ってたろ
おまえ舐めてんのか?
あんっ!」

「別に舐めてないですよ
従う義理は無いですし」

「コイツ完全にオレを舐めてやがる」

そう言って先輩は僕に向かってきた
殴りかかる前に前蹴りしたらみぞおちに入ったみたいで
目の前に倒れて蹲った
完全に戦意を喪失していた

そしたらさっき話しかけてきたヤンキーが

「ボンちゃん
パシリ続行

ありがとよ
オマエもう帰ってええよ」

そう言って帰らされた

次の日以降その先輩は来なくなった
もう1人の先輩は普通に出勤していた

あの晩は居なかったし
別に2人は友達じゃ無かったんだ
どうでも良いけど


ある日
仕事を終えて工場の外に出ると
数人の大人の男たちが居た
車が2台止まっており
その中の1台の後部座席が開いた

「君はヤスシくんやろ
ちょっと話があるから顔がしてもらおか」

逃げたらヤバいヤツだったので車に乗った
もちろんさっきの男の隣に
反対側の隣には目がギラギラした若い人が乗ってきた

「オマエんとこのお母さん
ずっと探し取ったんよ
長いことかかったよ
20年近くかかった

ヤスシくん
どうしてワシがお母さんを必死に探してたんか分かるか」

「分かりません」

「そうか何も聞いとらんのか
まぁええ
後で話そ」

と言ったきり無言になった

母はこの男から逃げていたのか
どう見てもヤクザだ

母は何をしたと言うのか

事務所へ連れて行かれた
応接室みたいな所に通された

「そこに腰掛けて待っとれ」

そう言ってギラギラした男だけ残してさっきの男は出て行った

数分後
さっきの男が入ってきて
ドアを押さえ
母と共に組長みたいなかっぷくの良い60代くらいのオッサンが入ってきた

オッサンはいちばんええと席に座り
母は僕の隣
そして男が目の前に座った

「おいオマエがヤスシか
ええ顔しとるな
オマエのオヤジそっくりや」

父とそっくり?
どういう事?
父はこのオッサンと知り合いなのか?

「オマエの母さんはな
オレが大事にしてた女やったんや
せやけどな
この女ワシんとこの可愛がっとったオマエのオヤジたぶらかしてな
ウチの大事なお金持って逃げよったんや
そんな卑怯なマネする男とちゃう

その後オマエの父ちゃんは見つかったけど母ちゃんとお金は見つからんかったのよ
だから探して探しまくったのよ

そしたら
何やひょっこり戻ってきたみたいで
しかも息子までおって
ビックリしたわ」

「私先程も言いましたが
確かに彼と逃げましたけど
お金なんて知りません」

「コレや
ホンマに東京の女はこれやからアカン
同じ日にお金がのおなっとんねん
おかしやろ

使い切ったんか?
そんならそれで正直に言うてくれたらええ
その分こっちで働いてもらうさかいに」

「だから取ってないって言ってるじゃないですか」

「そんなアホは通用せん
アホだら」

「でなヤスシはウチで預かるで
おいゲン
オマエちゃんと面倒みたれや」

ゲンとは目の前の男だ

どうせもう逃げられない
それだったらコイツの舎弟になって
なんとか母を解放したい


このゲンという人は昔
父も兄弟だったらしく
父から可愛がってもらっていたそうだ
だからこれからは自分が恩返しする番だと言った

僕はこんな世界に入る為に生きているんじゃない
でも父は昔ここに居た訳だ
不思議な気持ちになる



この時からちょうど19年前
父は母を助け出し逃げた
このどさくさで金を盗んだ別の者が居た
それはゲンだった 

ゲンは兄貴分が自分を裏切ってボスの女と逃げ出したのが許せなかったらしく
金を隠して兄貴に濡れ衣を被せた

その後
お金はそっと金庫に戻し
それをボスも知っており
分かっていて濡れ衣を被せたままヤスシの両親を追った

それはボスであるオッサンの意地でもあった
それぞれに可愛がっていた2人に裏切られたカタチになったからだ
だからケジメ付けるまでは探し続ける
それがライフワークになってしまっていた
15年近く見失っていた女を見つけた
しかし直ぐには捕まえなかった
いつでも捕まえられる

それよりも息子がそこそこ育つまで待った
オヤジの代わりに息子を手に入れる為に
そんな事したらまた裏切られるかもしれないのに

僕はゲンさんが金を盗んだ事など知らない
ゲンさんはどうやら後悔していたようだった

ヤスシがちょうど20歳になる頃
ガンで亡くなった
亡くなる前にあのお金についての話を教えてくれた
そして何度も何度も謝られた

オッサンにその事を正直に話したら
知ってると言い出した
僕はスゴく腹が立った
知っていて追い回し濡れ衣を着せたまま父を殺し
今度は母をまた奪い

気が付いたら目の前でオッサンが倒れていた
救急車で搬送された
僕は警察に逮捕された

病院での治療も虚しくオッサンは亡くなった

それに伴ってあの事務所は解体された
僕は5年間刑務所に入った

出所したら母は何処に行ったか分からなくなった

とうとう独りぼっちになった

公園のベンチでなんとなく座っていたら
目の前にサラリーマン風の男が立っていた
なんだ?

「君ぃヤスシくんじゃないか?
ほら僕だよ鐵工所で一緒に働いてた」

それはみぞおちを僕に蹴られた男だった

彼はあの後ヤンキーグループとは付き合うのをやめて勉強して大検を取って
大学に進み今は商社の営業をしているそうだ
ある意味あのみぞおちキックのお陰だと笑って話
またねと連絡先も交換せずに去って行った


こんな偶然があるなら
きっとこれからの毎日は面白い事になるだろう

そう思ったら曇り空も晴れ渡っている気になる




ほな!

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