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『インシテミル』読書感想文#5

『インシテミル』(米澤穂信)の感想です。

※結末までネタバレあり。未読の方で、もしこれから読もうと思っている方は注意です。

読み終わりまで2時間半くらいだったと思います。

あらすじ

内容紹介(Amazonより)
車を買う金欲しさにアルバイト探しをしていた学生・結城がコンビニにあった求人情報誌で見つけたのは、時給11万2000円という破格の好条件の仕事。 
それは、1週間「ある人文科学的実験の被験者」になるだけという、短期のアルバイトだった。インターネットや雑誌を見て、山間にある施設に集まったのは12人の男女。 
彼らは、実験の内容を知り驚愕する。 
それは、より多くの報酬を巡って参加者同士が殺し合う犯人当てゲームだった――。 
地下の実験用施設「暗鬼館」に閉じ込められた12人。最初の殺人が起こり、疑心暗鬼に駆り立てられる参加者たち。互いに推理を戦わせ始める彼らを待ち受ける衝撃の運命とは!? 
映画化も大ヒットした、60万部突破の大人気ミステリー。



これは「クローズドサークルミステリー」というジャンルだそうですね。

ついこの前読んだ「十角館の殺人」とついつい比べてしまいます。

というか、そういうジャンルなんでしょうね。すごく似ていたので。

まずは建物です。中心部に共通の生活空間があって、それを取り囲むように各個人のプライベート空間があるという部屋の構造。なので、自然と建物とかは円に近い形になります。本当に似ています。

そういう設定がミステリーには確立して、お約束となっているのですかね。

先日、「十角館の殺人」を読んだとき、「これはすごい!どんでん返し!結末すっきり!」と思いました。

一方、この「インシテミル」はインパクトが強くて動画を見ているように絵が浮かんで惹きつけられました。

登場人物が個性的で、名前を覚えるのが苦手な私でも、十二人いても案外直ぐに覚えられました。

でも、なんとなく不完全燃焼でした。それは、作中でも須和名のシーンでも言及されていた通りですが、読後にモヤモヤしたものが残るのが残念です。

また、登場人物の掘り下げが全くないので、死んでも「へー」、泣いてても「へー」となります。感情移入しづらいです。主人公の冷静っぷりも一役買っています。

どこかゲームやバトルロイヤル的な感じで、「これを実写化するなら藤原竜也が主演かな」って思っていたら、すでに彼の主演で映画化済みでした。すごい。


この作品で思うところといえば。

殺し合わなくても金は入ってくるのに、殺し合えばさらに大金を手に入れられる可能性がある。そういう餌をぶら下げられて、切羽詰まった人間が論理的・理性的に考えて行動できる生き物ではないのかもしれないというのをまざまざと描いていますね。


主人公・結城は平凡で人畜無害な感じです。地の文でも茶々が入ります。軽薄、適当、空気を読みません。

人が殺されても冷静で人を観察して犯人を推理する余裕もあります。本人曰く「楽天家」だそうです。

リーダーシップを取ろうとする者達の影に隠れているので序盤はあまりその推理や行動力、発言力は目立ちません。

あと、人の感情に疎そうです。

彼氏が殺されて泣き叫ぶ女の子・若菜に同情せずに「うるさい」と思うところとか(笑)いいですねえ。

極度の緊張状態で心が麻痺しているのかと思いますが、謎めいた麗しのお嬢様・須和名には何故か終始丁重な態度を取ります。

なので、単純に若菜が嫌いなんでしょう。殺人が起こって「もう私はこんなところには居られないわ!」と半狂乱で泣き叫ぶクローズドサークル物の女の子みたいな若菜は特に。

リーダー役が殺されたとき、犯人を推理する段階になり、主人公はその印象をガラリと変えます。

他の参加者の心理や空気に配慮せず、ペラペラと推理を披露した挙句、「他の連中は馬鹿」とイキりだします。良い意味でも悪い意味でも驚きが隠せませんでした。

「そんな人を馬鹿扱いして見下すキャラだったのか?人畜無害ぶりはどこに行ったのか?」と。

結果、他の参加者の不興を買い、犯人に出し抜かれ、思惑通りに監獄送りにされてしまったのは面白かったです。主人公にあまり思い入れ出来なかったので、主人公が監獄送りになって面白いと思うのは不思議な感覚でした。

前半と後半でこうもガラリと印象を変える主人公って珍しいのではないでしょうか。主人公でどんでん返しを!?とびっくり仰天。

その手法はとても面白く感じました。


この主人公、なんと大学のミステリーサークルの一員だそうで。序盤だと、語彙力はあるし文系という言及はありましたが、思いっきり文学部でした。

序盤、殺人を犯して監獄に送られたアホそうな岩井が意外と頭が周り、主人公と同じサークルの先輩後輩の関係だと言うのは、正直、作品の中で一番驚きました。

それにしても、須和名は何故にあれほどまでに岩井を嫌っていたんでしょうね。


さておき、実は主人公はミステリーサークルの一員で、自分達が置かれた状況を「クローズドサークルミステリー」と同じであると序盤から気付き、他の参加者達に先んじて危険性を知っていたのだそう。

終盤に明かされた犯人・関水には驚きはありませんでした。分かっていたわけでは無いのですが、最後まで来ると、二択でした。

主人公・結城と傍観者的な立ち位置で常に超然としている須和名。この二人が犯人は無いだろうと思いましたし、安東は先だっての推理バトルvs主人公で「道化」であることが示されると、「違うな」となりました。

二択のうちどっちかと思っていたので、犯人が明かされた時に「あ、関水が犯人なんだ。へ〜」とあっさり受け入れました。種明かしが山場というか、登場人物が死ぬ方が山場というべきかも。

ただ、関水の動機が最後まではっきりと分からず、とてもモヤモヤ。私的には動機が1番気になるところなので。

※「十角館の殺人」では復讐でした。あれは鮮烈な印象があり、物語に説得力を持たせていました。

では、「インシテミル」の犯人・関水は何故十億円が必要だったのか。

十億円で誰かを助けたいことがふんわり明かされましたけど、それでも消化不良です。

この場合、十億円の目的は作中において特に大事ではないので明かされないんでしょう。

重要なのはクローズドサークルで繰り広げられた殺人であって、殺人の動機は<十億円が欲しいから>。

それで十分話は成り立つということですね。

解放された後、その十億円で果たそうとする目的はもはや関係ないわけです。

殺人を犯してまで手に入れた十億円で一体何を成し遂げたかったのか。知りたかったです。

また、これを企画した会社は、クローズドサークルを再現して何を達成しようとしているのか。

冒頭に述べられた「人間の行動を具に観察したい」程度では、その会社が犯し、隠蔽しなければならない大罪と釣り合わないと思います。やばいですよこんな会社。

それに、参加者達の遺体はどうするのか。

秘密裏に処理するとして、殺された人々には身内から捜索願いが出るでしょう。

参加者達は社会から孤立していた人間ではないようなので、アルバイトに参加することを誰かに言っていた人もいるでしょう。

街中の監視カメラを見れば、その足取りも掴めるはず。

同じアルバイトに参加していた者達が同時期に行方不明になったとあれば、警察の捜査の手が伸びます。

生存者もいるので、証言には事足りません。

一体どれほどの企業であれば、世間に露見せずにこれを実行できるのでしょうか。

政府や警察が噛んでこのデスゲームを公認しているのでしょうか。

警察が出てこないまま生存者達が元の日常生活を送っているので、そんなこともあるのかしらと謎に首を捻っています。

私が見落としているのか、それともそれはつっこんじゃいけないミステリーのお約束なのか、分かりません。作中でも言われていた「空気を読まないミステリ読み」になるべきなのか、頭を悩ませています。

なお、物語の終盤で「この実験の内容では主催者は株を下げる」と作者自身がつっこんでます。

えぇ・・・。



ミステリー作品ってほぼ読んだことがないので、これからたくさん色々読んで楽しむつもりですが、ミステリーの書き手はミステリー大好きなんでしょうね。

「インシテミル」でも作中で他のミステリー作品名がたくさん登場し、その作品に因んだ武器で殺し合いますし、外国のミステリー作者の名前も頻繁に登場します。

殺人が起これば、直ぐにミステリー作品が参照され、それをミステリー好きの主人公が熱い口ぶりで読者に蘊蓄を語ってくれます。

なので、ミステリー初心者の私にはありがたいことです。まさしく「ミステリーに淫してみる」作品でした。

登場人物がミステリー愛好家(ミステリーサークル所属の大学生)で閉鎖空間に閉じ込められて殺し合いを演じるっていうのは、ミステリー作品の定型の一つなんだろうなぁって思います。


ちょっとなぁと思ったのは、主催側も、犯人も、探偵役とその協力者も、ミステリー愛好者ということでした。

ミステリーに興味がない添え物達は皆、たいがい鈍い馬鹿扱いか殺されるかです。

私もこのままではミステリに「淫してる」人々に単なる添え物として殺られてしまいそうなので、これからもミステリー作品をたくさん読んで、もしデスゲームに招待されたときには主人公のような推理を披露できるようになりたいですね(笑)

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