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痔除伝 第四章 あの日出た粘液の名前をボクはまだ知らない

その後も、発作のように、苦しみが続いた。数ヶ月おきに辛い痛みと重みがやってくるも、1週間も経たずに消える。病院へは、行かない。

発作的に起こるつらさは、回を重ねる毎に強くなっていく。しかし、どうせ病院に行っても意味が無いと思うと、行く気になれなかった。見せ損、掘られ損である。

「見られても減るもんじゃない」という言葉があるが、目には見えない何かが、間違いなく減っているという手応えがある。

時が経ち、2019年の3月。再び、圧倒的な痛みと重さが私を襲った。数日前にお腹を壊し、下痢が続いた後だった。これまでの感覚と同じ方向性だが、より強くなった痛みと不快感。

仕方なしに北の病院(地獄司教の方)に行くも、再び異常なしの診断。痛み止めだけ処方され、今度こそ、本当に途方に暮れてしまった。

「こんなに辛いのに、医師はなんにもわかってくれない。それとも、本当に何も異常はなく、やはり自身の感覚がおかしいのだろうか」

いっそ、肛門なんて丸ごとくり抜いてしまいたい。糞便垂れ流し状態になってしまうけど、そうなっても平気なように、1匹の野生動物として暮らしていきたい。そう思っていた私に、突然、朗報が迷い込んだ。

同僚がおしりの不調で仕事を休み、詳しい話を聞いた所、突然高熱が出ておしりが倍くらいの大きさまで腫れたとの事だ。病院に行ったらメスを入れられ、ガーゼが山になるほど膿が出て、すぐに良くなったという。

そして、彼は言った。

「なんか、少し前から膿みたいなよくわからないのが出てた感じはあったんだよね」

それを聞いて、もしかして、と思い、帰宅後に調べてみると、熱こそ無いものの、その他の症状がぴったり一致する。膿が出てるかどうかなんて、確認した事はなかったけれど、そういえば、昔そんなようなことがあった気がする。

5月。深酒が原因でお腹を下した翌日。また、あの痛みがやってきた。それも、これまでよりもかなり強い痛み。これまでの経験、この前調べた特徴などから、今回はあえて、お風呂でアヌスを綺麗にしないまま北の病院に向かう。

診察室では、(またこいつかよ)という顔で地獄司教が待ち構えている。

(やれやれ、どうせまたケツの穴いじくって欲しいんだろ?)というような表情の医者に向かって、

「やっぱり肛門に強い痛みがあるのと……あと、膿みたいなのが出てるんです」
と、告げた。

医者は、これまでと違い、何かの確証を得たように下着を下ろして診察台に向かうよう指示する。まず、目で見て直ぐに、


「ああ、膿が出てるね」

と言い、躊躇無くアヌスにローションを塗ったあと、指で内部を確認する。これまでのどの診察よりも早く指が引き抜かれて、


「中からも出てるな」


と言った。

嬉しい!!私は、とにかく嬉しくなった。長く苦しんだものの正体が、今まさに発覚しようとしていること。そして、医者に状況がわかって貰えたこと。今後、快方に向かって行くだろうことが、とてつもなく嬉しかったのだ。

恐らく、これまで医者に行く前に念入りに綺麗にしてから診察を受けていたのが悪かったのかもしれない。確かに膿が出る疾患であれば、それを目視しないと分からないのだろう。

この疾患が発覚するきっかけは、熱、腫れ、痛み、そして、排膿の有無らしい。事実、パッと見はわからないが、私の肛門付近も若干腫れていたが、腫れが確認しにくい場所だったようだ。

そんな安心しきった私を他所に、医者は看護師に指示する。


「オペの準備して」

(はて?オペ、とな……?)

それは、そうである。同僚も、メスを入れたと言っていた。ネットで調べても、切開排膿をする事で改善すると掲載されていた。


(もしかしたら、切るのかなー?)


とは、薄々考えていた。けど、診察室の慌ただしい感じ、医者の口から出る「オペ」の響きに、完全にビビってしまった私。そんな私に、看護師が言う。

「こちらの部屋で手術着に着替えて下さい」

「イヤです!!!」

と、喉まで出かかったが、大人しく着替える。どうやら、下半身だけで良いらしい。ジーンズと下着を脱ぎ、手術着を履く。手渡されたのは、紙のような質感のパンツ。実際、硬めの紙なのかもしれない。

そのパンツを履いてから、気付く。ケツのところがくり抜かれていて、後ろから見たらシリアナ丸出し。中国人の赤ちゃんと同じスタイルである。夏場はとても快適そうだ。

こんなんだったら、別に下半身素っ裸でも構わねぇよ!履いてることが逆に恥ずかしいわ!

ベッドに促され、例のピッチャーのポーズをとる。これまでの診察とは違い、今度は看護師が私のおしりのほっぺをガッツリ持ち上げる。ケツをもぎ取ろうとしてるのかな?ってくらいに力いっぱい持ち上げてくるので、それによりアヌスが引っ張られ、超痛い。

医者が、それじゃあ麻酔を打ちますから、と言う。かつて、麻酔といえばパンパンに腫れ上がったイボを切除した時、親しらずを抜いた時しか、経験が無い。

その時はあんまり痛くなかったけど、それでも目で見えないところに注射を打たれるのは、少し怖い。

アヌス付近をアルコール消毒され、注射の針が肛門の後ろ側に当てられ、ゆっくりと深さ5cm程度まで刺される。続けて三本刺される。激痛。激痛。激痛。きゃりーぱみゅぱみゅ的にいえば、激&痛。マジ、にんじゃりばんばん。

以前、親しらずを抜いた時。確かに歯の周りの、抜く作業をしている周囲は感覚がなくなり、ただ冷たく、その部分だけ空白になったような感覚があった。

しかし、作業がその範囲外になったり、テコの原理で親しらずを持ち上げてくる時の、メキメキとした顎の痛みはあった。今回も同様で、切られている部分の痛みこそないが、膿瘍自体は麻酔の効果範囲外なのか、まだ痛みが残っている。そして、膿瘍にオペの刺激が伝わって、これまた激痛。

この時点で唸りを上げるほど痛かったのだが、事態はさらに悪化。思いのほか膿瘍が広い範囲になっていたのか、メスが麻酔が効いている範囲を超えてしまったのかわからないが、これまで経験したこともないような、とんでもない激痛が私を襲う。

直腸を外側から尖ったものでガリガリと削られる様な痛み。キンキンとした、鋭く尖った痛みが脳に直接響く。全身が刺激で硬直する。自分は割と我慢強い方だと思っていたが、「痛い!」と、口に出さずにはいられない。

麻酔を打たれていることが信じられない。指と爪の間に5センチの針を高速で抜き刺しするような、冷たい痛覚。神経に直接アクセスする痛みが、人為的に続けられる。気を抜いたら大声を出してしまいそうな程痛い。

どれくらい時間が経ったのか分からない。3分くらいな気もするし、15分くらいだったような気もする。

「このままオペを受けずに、これまでの痛みが続いてた方が遥かにマシ」

というほどの痛みだった。ようやく排膿しきったのか、今は傷口を縫われているような感覚がある。それまでの間、ずっとうめき声を出していた。

息も絶え絶えで、手足も震えている。オペのわずかな時間の間に、体に力が入りすぎて全身が痛い。医療用具が置かれる台には、山のようなガーゼが置かれていた。

指示に従い、私服に着替え、話を聞く。どうやら、事前に調べた推測の通り私は「肛門周囲膿瘍」だったようだ。

既にネットで調べてはいたが、改めて医師から話を聞く。誰の身体にも、直腸から肛門にかけて、歯状線というポケットのようなものが存在する。

お腹を下しがちだったりする人は、その歯状線の隙間に便が入り混んでしまい、そこで腸内細菌が繁殖すると、体内を蝕みながら細菌の「溜まり」が出来るという。

そこに膿が溜まった状態を「肛門周囲膿瘍」と言うらしい。一般的に言われるイボ痔や切れ痔とは少し違うようだ。この肛門周囲膿瘍が更に悪化し、肛門外に穴が空いて自然排膿されるようになると、痔瘻、と呼ばれる状態になり、手術が必要になるとのこと。

今回確認した限りでは、まだ痔瘻にはなっていないが、今回の処置でもまだ膿が出切っておらず、メスで切った部分に小さなチューブを通し、縫い付けてあるとの事。

そこから2、3日程チューブが繋がれたままにしておき、チューブの穴から残りの膿を流しだすらしい。私は、アヌスの近くに膿が飛び出るサイコガンを付けられた、改造人間にされてしまった。

そのため2、3日後にまた来て欲しいと言われるも、この日はゴールデンウィーク前日。ゴールデンウィークは、当然病院が閉まっている。それを確認すると、バツが悪そうに、貴方のために開けますから、という。

善意でのサービスなのかもしれないし、これまで膿瘍を見逃してきた事に、若干の責任を感じていたのかもしれない。

チューブの出口にセットするためのガーゼを数枚渡され、病院を後にする。アヌスが一気に軽くなった気がする。オペの痛みを思い出すと寒気がするが、気持ちも、少し軽い。


時間が経ち、約束の日になったので、病院に行く。中は暗く、誰も居ないが、鍵は空いている。おそるおそる院内に入り、薄暗い待合室でキョロキョロしていると、奥から医者がでてきた。

診察室でいつものようにアヌスを広げられ、診察されるも、あまり痛くない。少し、感動すら覚えた。

経過は良好らしく、抜糸してもらう。チューブともお別れ。しかし、今後も傷跡が塞がるまでは、膿や、分泌液が出てくるという。

分泌液。確かに、ガーゼを交換する際、膿とはまた違う粘液が出てるな、とは思っていた。あの、秋葉原のメイドカフェで確認した粘液に似ていた。やっぱり、あれは膿や分泌液、もしくはそれらが合わさったものだったのか。私は、深く納得した。

「ガーゼはまだ残っていますか?」

と、医者が聞く。あと二、三枚しか残っていないことを告げると。医者は悩んだり考えたりする素振りもなく、

「そうですか。なくなったら、市販の女性用の生理用ナプキンでも使って下さい。」

と言い、診察が終わった。診察料を払い、帰路に着く。スッキリとした感覚で、スルーしていた医者の発言を改めて反芻した。


「あいつ、生理用ナプキンでも使えって言ったよな……。正気か?」

つづく

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