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ごめんね、ようへいくん。

埃をかぶっていた写真立てを掃除した。飾られた写真には、高校の修学旅行で沖縄に行った時の写真や、卒業式の写真などの中に、成人式の写真が紛れていた。

写真立てなんて普段意識して見ないのだけど、改めてそれを見た途端、スイッチが入ったかのように思い出さなくて良い記憶が脳内に浮かび上がった。

ようへいくん、という同い年の幼なじみがいた。ようへいくんは隣の家に住んでおり、友達になった時の記憶もないほど、幼いころから一緒に遊んだ。

ようへいくんは身長が小さく、クリッとした大きな目は黒目がちで、可愛い感じの子だった。それでいて活発なところがあり、小学校に上がるとその小動物っぽさから、ジワジワとクラスのなかで人気者になっていった。

一方の私は、地獄のようなクソガキだった。

傲慢で、ウソつきで、目立ちたがり屋で、見栄っ張り。ムダに図体もデカく、生意気で、「捕まっても良いから殴りたいガキランキング」というものが有ればぶっちぎりで世界一を取れるほどクソガキだった。

存在自体が法に触れるんじゃないかと言うクソガキっぷりに、今でも幼少期の言動を思い出すだけで1日中ブルーになることがある。

そんな嫌われ者街道まっしぐらの私としては、幼なじみのようへいくんがその可愛らしさで段々と人気者になっていったことが無性に気に入らず、いつしか、ようへいくんに対して嫉妬心を覚える様になっていった。

また、ようへいくんが可愛いと注目を集める様になったころから、「喋る時に左右に細かくフルフルと揺れて小動物っぽさを出す」というキャラ付けを始めたことも気に入らない要因のひとつだった。


小学校に入りたての頃、なんとなく住んでいる地区ごとでグループが分かれていたのだけれど、やはりそれぞれのグループ毎に特色が出てくる。

人数が多く、活発な人たちのグループや、なんとなく地味でオタクっぽい遊びをしているグループ。

我々の地区は少人数で、少し殺伐とした陰気なグループだったのだが、ようへいくんは徐々に活発で人気者のグループの子らと遊び始めるようになっていった。

私は、そのことも寂しかったのである。

ある日、私とようへいくんは2人で下校していた。小学校1、2年のころである。いつも通り「帰ったら何する?」みたいな話をしながら下校していたのだが、突然私の爆笑トークに対して、ようへいくんからのレスポンスが悪くなった。

いつもだったら、私の発言に対してパー子の様に笑ってくれるはずだ。あれ、おかしいな、と思い、私も必死でパンチラインを繰り出すのだが、どうにもようへいくんの歯切れが悪い。何を話しても全然響かないのだ。

明らかにいつもと違う、少しだけ気まずい空気がふたりをつつんだあと、ふと私は異変に気づいた。

「ちょっと待って……なんだか臭くない?」

なんだか、異様に臭い。そうか、ようへいくんもこの匂いに気付き、さっきから様子がおかしかったのか。わかったよ、ようへいくん。確かになんか変な匂いがするね。はじめての以心伝心。やっぱりオレたちは友達だね!

するとようへいくんは、

「え?全然臭くないよ」

なんて言うもんだから、驚きだよね。


勘の鋭い方なら、これだけでもお分かりだろう。そう、この時、ようへいくんは漏らしていたのだ。当時の私も、その後すぐ匂いの発生源がようへいくんのケツ部分であることに気づいた。

ようへいくんが漏らしていたのはクソだったが、私は性格の方がクソだったので、ここぞとばかりにようへいくんを泳がせ、その様子を観察した。

「察して、見ないふりをする」と言う行動を取るには、私の文明レベルが足りなかったのである。

そうだとしても、「やーい、ウンコマン!」と囃し立てる方が、まだ可愛げのあるキッズの作法であるが、その点でも私はいやらしいガキだった。

「ええ?そうかなぁ。いや、やっぱり臭いよ。しかも、なんだかずっと臭い」

私は警察犬のように鼻を鳴らすが、ようへいくんは何事もないように真っ直ぐ進行方向を見つめて歩いている。

(おや?認めません、か……。ま、いいでしょう。時間はたっぷりありますからね……)

私は右京さんのようになった。もしくは、古畑と言ってもいい。要するに、犯人(ホシ)にとって嫌なタイプの刑事(デカ)である。

このところのようへいくんのカマトトぶりに、少なからず不快感を覚えていた私。圧倒的優位に立っていると思われるこの状況に、今日はなんだか特別な日になる気がしていた。

ようへいくんは漏らしたことを悟られまいと、事あるごとに別の話に切り替えようとするが、私は一切それに乗らず「いけずな男」を貫き通した。

そして、道半ばにある他所の家の駐車場でようへいくんに立ち止まるよう伝え、

「なんか、ようへいくんのほうから臭いが来てる気がするんだよねぇ」

と、私はようへいくんのケツの近くに顔を寄せ、匂いを嗅いだ。

(ビンゴッ!)

私は指を鳴らした。

やはり、ようへいくんは漏らしていた。しかし、ようへいくんはまだまだとぼけている。

「そう?そんな匂いしないけど」

私は、彼のガッツに感心した。しかし、同時にどうにかして漏らしたことを認めさせたいという気持ちが沸々と湧き上がってきた。

今思うと、私のもつ「歪なSゴコロ」は、この時に形成されたのかもしれない。

しばらくの間様子を見ながら別の話をして歩く。私たちの家が目視できる位置まで迫ったところで、油断しているであろうようへいくんにいきなり決定的な問いをかけた。

「ようへいくん、うんこ漏らしたでしょ」

私の緩急をつけた揺さぶりに対しても、ようへいくんは凛として、

「漏らしてないよ」

と言い放つ。まだ認めない。なんと面の皮の厚い男だ!状況証拠は揃っている。ようへいくんのズボンは、明らかに目視で湿っているし、何かしらの重みでケツの部分が垂れている。

これでもシラを切るほどの豪胆さをもっているとは、驚きだ。将来政治家にでもなると良い。

どうしても認めないってんなら、いいでしょう。そういうことなら、アタシにも考えがございます。

もうすぐ家に着く、これで逃げ切れる、と思ってるんでございやしょうが、そうは問屋が卸しません。アンタが認めるまで、アタシは地獄のツーリングを続けさせてもらいますよ。

「あ、そう。じゃあ、この後このまま遊ぼうよ」

延長戦を申し出た私。ようへいくんは「お前は、鬼か?」と言う表情をにじませて私を見た。ようやく彼の気持ちに綻びが生じたようだ。

「いや、今日はやりたいことあるから遊ばないよ」

と、ようへいくんは拒んだ。当然である。今すぐケツを洗いたくてたまらない状況だろう。遊んでなんかいられるはずがない。

さっきは何もないって言ってたじゃん、と私が詰めると、やっぱり思い出したんだ、と言う。私はすかさず、じゃあそれが終わるまでオレがようへいくんちで待つよ、と詰めた。

ようへいくんは、少し泣きそうになりながら早足になった。私は、それを追いかけながら、再度質問を投げかけた。

「ようへいくん、やっぱりうんこ漏らしたんでしょ」

地獄のぶら下がり取材。漏らしてませんと仰ってましたが、状況としては明らかですよね?そこんとこ、どーなんですか!?総理、総理ー!国民への説明責任を果たして下さーい!

我々の家まであと50m程度。ようへいくんは、自分の家までダッシュした。私こと、デビル梨元勝はマイクを突き付けながらそれを追いかける。

ようへいくんは家に着くと、玄関でおばあちゃんを呼んだ。奥から出てきたおばあちゃんの姿を見たようへいくんは、おばあちゃんに漏らしたことを告げ、安心したのか、はたまた緊張の糸が切れたのか泣き出した。

私はそれを見て、

「ああ、なんだか悪いことをしてしまったな」

と、


思わなかった。むしろ、

「なんだよ、やっぱり漏らしてたんじゃん!」

と、怒った。悪魔の子である。誰か、過去に戻ってこいつを殺して欲しい。

おばあちゃんは、ようへいくんのもとに駆け寄ると、即座に状況を理解し、

「今日はもう、帰りなさい」

と、私に目を向けないまま言った。なんとも言えない迫力があった。

可愛い孫の尊厳を踏み躙ったクソガキに対しての発言と思えば、菩薩のような対応である。今考えれば、私はあの時、畑の肥やしにされていたとしてもおかしくない。私はようへいくんのおばあちゃんの温情により、生きながらえたのである。

私は渋々帰宅した。

「最低」とは、よく言ったものである。この日の私は、最も低かった。人間としてのランク、品性、行動。全てが最も低かった。低過ぎて地を這うどころか、地面を掘り進めてブラジルまで到達していた。


翌日以降、それがきっかけでケンカになった、と言うこともなく、これまで通り普通に過ごしていられたのは、それだけようへいくんの人間性が素晴らしかったということだろう。

下手したら、このことでようへいくんはトラウマを抱えていてもおかしくないし、場合によっては登校拒否になっていてもおかしくない。

ごめんね、ようへいくん。


その後1、2年ほどして、もともと家庭不和を抱えていた私の家はあえなく崩壊。これも、もしかしたら私の業が招いた因果応報かもしれない。両親は離婚し、私は妹と共に母に連れられ、離れた地域へ越して転校することになった。

それから長い年月が経ち、私はいつの間にか大人の年齢になっていた。多少人間としての生き方を覚え、「金を払っても良いから殴りたいヤツランキング」と言うものがあれば県大会入賞レベル、くらいの青年になっていた。


ここでようやく、成人式の日の話になる。

成人式は近い学区の人だけではなく、複数の市町村からの集まりとなるため、かなり多くの人数が集まる。

仲の良い人とは度々会っているが、そうでない人とは5年ぶりの再開。同級生の変貌ぶりが面白く、楽しい式だった。

偉い人の挨拶が終わり、記念撮影の順番待ちでざわざわとしている会場。私は、突然見覚えのない人から話しかけられた。話を聞いてみると、転校前の小学校の同級生だという。

そういえばこんな人いたなぁ、と思っていると、

「みんな、大体あのあたりで一塊になってるよ。話しかけに行ったら?」

と言われた。教えてもらった方を見ると、確かにうっすら見覚えのある、スーツ姿の懐かしい人たちがいる。

私は一言声をかけに行こうと近寄るが、ふと、その集団の中に1人だけ派手な羽織袴姿の人がいることに気づいた。

体が分厚い。坊主で、髭が生えている。見覚えのある、黒目がちで、クリッとした大きな目……。ハッとした。

ようへいくんだった。

ええ!?全然可愛くない!むしろ、めちゃくちゃ怖い!小動物どころか、捕食者側!舌でタバコの火を消す人みたいな見た目をしている!

その瞬間、私は歩みを止めた。ようへいくんが漏らしたあの日のことが、フラッシュバックしたのである。もし、ようへいくんがあの日のことを根に持っていたら……。私は今度こそ畑の肥やしになるだろう。

ふと、ようへいくんがこちらを見た気がした。

私は恐怖を覚え、急いで回れ右をし、その場を立ち去った。懸命な判断である。ここで会わないほうがお互いのためなのだ。

写真撮影を終え、成人式の後、そのまま集まりがあるとのことだったのだが、私はなんだか居心地の悪さを覚えて、着替えのためにと一度帰宅した。


家に着いても、未だにあの日のようへいくんと現在のようへいくんの姿がチラついてしまう。

ジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めながら深いため息をつく。

私は、昔犯した罪と、今のようへいくん姿の両方に対して、恐怖を抱いていた。それに、今の変わり果てたようへいくんを見た後から、なんだか不快感が私にまとわりついている。

その正体をそれを確かめるため、トイレに入ってゆっくり便器に腰をかけた。



下着にクソが付いていた。



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