痔除伝 第八章 COVID-19 Killed the Conte Star

手術日が決まった。この時点では2月半ばだったのだが、予約の空きの関係で、4月後半の入院となった。かなり先の手術になるが、こればかりは仕方がない。

手術までの間、またアヌスに不調が訪れることもあったが、解決に向けて動き出していることを思うと、気持ちは明るかった。

3月はじめ頃に入院保険や傷病手当金、限度額認定証など必要書類のほとんどを集め、後は入院手術に備えて体調を整えていく。

これまでの人生で突発的な入院は何度もあったが、事前準備ができる入院は初めてなので、限度額適用認定証を事前に取得できるのは、ありがたい。

限度額適用認定の期間を2020年4月から、5月までで取得。入院などは期限がわからない場合もあるのに、何故、期限も申告しなければならないのかよくわからないな、と思った。


入院手術の事は職場の人にも伝えていたため、手術日も公言する。冗談まじりに不安を煽ったり、いろんな質問をしてくる人もいた。

少し、話が脱線するが、職場に独特の感性を持った人がいる。一緒に過ごしていると、誰もが違和感を禁じ得ない人物なのだが、どういう意味で独特なのか、具体的に例を出すと、

・40代半ばの男性なのだが、「女性」に興味がなく、千葉雄大系の中性的な雰囲気を持った美少年が好き。しかし、ゲイというわけではないらしい。

・ジャニーズ大好き。しかし、髭や脇毛、スネ毛などが見えてしまうと、拒否反応が出る。例えば、若い頃の美少年だった長瀬智也は大好きだったけど、成長したワイルドな長瀬智也はダメ。

・「性」がとにかく気持ち悪い。男女の性行為だけではなく、ゲイの性行為も気持ちが悪い。ただし、ananのSEX特集は欠かさず集め、若手俳優のもっこり写真などに過度な興奮を見せたり、BLが大好きだったり、職場の人に対して下ネタ発言を繰り返すなど、言動にいくつかの矛盾も見られる。

・福士蒼汰が耳元で囁いてくれるYouTubeチャンネルに、過剰に興奮する。

・横浜流星を人気が出る前から注目し、その隆盛を予言していた。

・TikTokや、生配信をしているイケメン男子にネット上でこっそり接触し、自分のことを女子中学生くらいのファンだと誤解されているかもしれない、と言って、はしゃぐ。

・女になりたいわけではなく、自分が女であるつもりもないが、女に近いと思っている。曰く、自分はLGBTともまた違う、「新しい性」である。

・幼少期、バイクに乗った人物が、女性器に吸い込まれていくというショッキングなエロ漫画を目にしてしまい、それが原因で今の自分が形成されたと嬉々として語る。

・同性の親友が1人だけおり、その彼に自身の持ち得る全ての愛情と努力を捧げていると語るが、一部の識者からはイマジナリーフレンドなのでは?と疑問を持たれている。

・独自の食性を持っており、袋麺は1度で5袋まとめて食べたり、マグロはサクのまま、蒲鉾は板から外して一本そのまま丸かじりする。時に、一食キロ単位で摂取する。夜行性であり、これらの食性は夜間に見られるものである。雑食性で、安価なものをとにかく多く摂取する傾向にある。その反面、夜行性であるため、日中はわずかな量しか摂取しない。

・他人が得をするのが許せないという観点から、食べ切れないほどの割引商品を買い占め、長期にわたって冷凍保存するなど、野性に忠実な一面も見せる。

・何年も前から常にマスクをしているが、鼻は出しっぱなしであり、喋るときは毎回マスクをアゴまで下げることなどから、マスク着用の意味が理解できていないと思われる。事実、風邪の予防にもなっておらず、5年くらいずっと湿った咳をしている。有識者の見解では、マスクを富や権力の象徴として捉えており、それらへの憧れで着用しているのではと見られている。

・過度な縄張り意識の為か、他の生き物と排泄する場所を共有できない。

・寒くなってくると、冬毛に生え変わる。

・茶髪。

などなど、挙げればキリがないが、その特異な生態から、時代が時代だったら妖怪とみなされかねない人物である。むしろ私は、まだ世に発見されていないだけのれっきとした妖怪だと思っている。

彼は彼で、今が幸せな人生であると公言しており、生まれ変わってもこうでありたいと胸を張って生きている。我々調査員からしても、「今の日本で一番幸せな生物」と言っても過言ではないのではないか、と見ている。

実際のところ人気者ではあるし、退職した人からも「彼、今どうしてる?」と頻繁に話題に上がる珍獣だ。

そんな彼が、突然、ニヤニヤしながら私に質問してきた。

「下半身麻酔するんでしょ?色々気にならない?下半身麻酔中って、勃つのかな……。アレとかが」

その場でゲロを2リットル吐いた。なんでそんな発想になるかね!?そんなこと考えもしなかった!長年観察していたが、どうも、この男は、クレイジーが過ぎる。

いつまで経っても驚かされてばかりだ。なんだよ、その質問!……でも、確かに、よく考えてみると、なんだか気になってくる。

感覚がないのだろうから、どうなるんだ?考えもしなかったことだが、いざ考えてみると好奇心の波が押し寄せてくる。よし、麻酔が効いているうちに絶対試そうと、心に決めた。


このころ、世間は「新型肺炎」についてのニュースで賑わっていた。しかし、当時の私は、正直他人事のように思っていた。

インフルエンザより致死率は高くないんでしょ?どうせ風邪の延長だろうに、よくわかっていないものに対して、悪戯に騒ぎ立てるのは良くないのでは?と思い、しばらくすれば勝手に収まる騒動だろうと楽観視していた。

しかし、意に反してニュースで得られる情報は、どんどん深刻さを増していった。

そして、3月末。志村が死んだ。


日本の、昭和60年前後生まれのひとにとって、子供の頃に一番最初に知った「テレビの中の面白いひと」は、志村けんなのではないかと思う。

カトちゃんケンちゃん、だいじょうぶだぁ、などで大笑いしては、変なおじさんの真似事をした。おバカの代表の様なわかりやすい面白さで、子供から大人まで絶大な人気を得ていた。

一方、おっぱい神経衰弱みたいなエロネタも満載だったので、多分、世のお母さんからは嫌われていたと思う。

多感な時期になると、逆に志村けんのコメディが子供っぽく感じてしまい、親離れのように「志村離れ」を発症しがちだが、そこから大人になり、久しぶりに特番で放送しているバカ殿や、深夜の志村のコント番組をみて、その極めてわかりやすい笑いに癒される様になる。人は皆、大人になると志村返りをする。

志村けんは、大御所になっても単純でわかりやすく、ボーッと眺めてるだけで思わず笑ってしまう様な笑いを届けてくれた。

今後も同様に、こちら側から志村に気持ちを向けるだけでこれからもバカバカしいお笑いを届けてくれるものだと思っていた。

亡くしたものにだけ繊細な気持ちを抱いているだけかもしれないが、自粛期間のように日本中が暗い気持ちになってしまった時こそ、いつもの志村の、水をぶっかけたり、うんこちんこがてんこもりの、くっだらねぇな!というお気楽な笑いが見たかったと思う。

廃れることがなく、常に追いかけなくても良い安心感があり、今後もわかりやすいお笑いのシンボルとしてそこにあるものだと思っていたのに、コロナに罹ったというニュースが流れ、一時重体にまで陥るもの、持ち直したと思っていたら、あっという間に亡くなった。悲しみと衝撃で目が眩んだ。

ずっと世の中を照らしていた大きな光が、突然消された様な暗さと重苦しさを覚え、自分も含め、これまで「コロナ禍」を楽観視していた多くの人たちが、「これは、どうやらとんでもない事態の様だ」と、ようやく危機感を持ち始めた。


志村けんの死とは、日本人にとって、多くの意味を持っていた。スターの死、というだけではなく、「影響力があり、資産もある独身男性で、金銭的にも高度な医療を受けられる状況であろう志村けんでさえ、あっという間に亡くなってしまう」という見方をする人も多かったのではと思う。

世の中で、自粛、テレワーク化の波が急激に加速した。「三密」、「不要不急の外出を避ける」が、国民の合言葉になり、震災などとはまた別の、現代人がこれまで経験したことのない異様なムードが日本を包んだ。

私の職場では、ネットワークや機器の環境からもテレワークにはならないと思っていたのだが、急遽VPN環境が組まれ、職場環境のデスクトップPCを自宅に持ち帰るなどして、あっという間にテレワークで業務を行うこととなった。


そのような状況下で、慌しくもあったが、予定していた入院までいつのまにかあと1週間。有給の取得も抜かりない。

このご時世に入院できるのか?という意見もあったが、病院からの中止の連絡もきていない。正直、院内感染のリスクも気になってはいたが、術後の処置についてもテレワーク期間の方が何かと安心である。メリットの方が多いかもしれないと自分に言い聞かせつつ、その日を待った。

つづく

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