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痔除伝 第七章 modulation

「要するに、前回みたいに排膿してしまえば、一時的に楽にはなるけど、繰り返す。根本的に解決するなら、ここでは出来ないけど、大きい病院で手術ですね」

正直、そうだろうなぁとは思っていた。地獄司教(北の医者)もそんなことを言っていたし、ネットで調べてもそんなようなことが書いてあった。パワーはあえて名称を口にしなかったが、どうやら痔瘻というやつになってしまったようだ。

……なんだよ、痔瘻って。知らねーし、怖えよ!大体、漢字の画数が多いんだよ!「瘻」ってなんだよ!

画数の多いものに、ポップで明るい話はない。画数の多さが、もう怖い。

とはいうものの、勿論痔瘻について簡単には調べていた。私が患っている肛門周囲膿瘍が慢性化し、膿が出る管が残ってしまった状態を「痔瘻」ということ。別名:あな痔といい、アヌス付近にアヌスとは別の抜け道、裏道ができあがる、と考えると、分かりやすいと思う。かつて、夏目漱石や正岡子規もこの痔瘻に悩まされたらしい。さらに朝井りょうも痔瘻で手術をしたという。小説家に多いのだろうか。

この管がある限り、肛門周囲膿瘍の症状を一時的に治しても、すぐに再発してしまう。要するに、痔瘻とは、エンドレス・肛門周囲膿瘍といった具合なのだろう。手術して管を無くさない限り、何度も同じことを繰り返すようだ。借りては返す、エロDVDのように。

仕組みや症状は前述の通りだが、怖いのは、放置することで複雑化し、どんどん治療が困難になって、結果的に手術を受けてもアヌスが変形してしまう可能性があること。その場合、完治しても便やガスの失禁が起こることがあり、痔瘻組織自体が、がん化する事もあるという。そうなると人工肛門の設置を余儀なくされるようだ。つまり、早急な根治治療が求められる。

事前に、痔瘻だったら即手術だな、とは思っていたものの、いざ目の前に突きつけられると、なかなか踏ん切りがつかない。即座に、手術します、とは、なかなか言えないものである。そういった意味では、告白とか、プロポーズに近い。

(何とか、手術もここでの排膿もせずに、ぜーんぶなかったことに出来ませんかねぇ?靴くらいならベロベロ舐めますけど……)

そんな気持ちになるが、そんなことは出来るわけもない。アヌスを出しっぱなしにしたまま決断を迷っていると、パワーは続ける。

「今、排膿する事で楽にはなりますよ。今はね。結局いつかは手術になるけど、今すぐ楽になりたいならそれでも良いと思います。今やるか先に伸ばすかだけだから。手術すれば、再発もないし、一回で済むんですけどね。その判断は任せます。いつかは手術だけどね」

……ゴリゴリに手術を推してくる。多分、めんどくせぇんだろうな、と思った。元々そのつもりだったし、いずれにせよ、排膿のあんな痛みを何度も味わうのはごめんだ。そのめんどくさそうな態度に後押しされ、手術を決意し(ケツだけに)、

「そうですね……。じゃあ、手術します」

と答えた。パワーは、「そう、それが正解だ」という指導者のような顔で頷いたあと、

「その方が良いと思いますよ。大丈夫、これから紹介状書くところの先生は、日本一の先生だから」

と、安っぽい励ましをくれた。

そりゃあ腕の良い先生に越したことはないけど、もし手術をする病院が遠くになる様なら近い病院でかまわない。それに、大体日本一って何の基準だよ。
そんな思いを知ってか知らずか、パワーは続ける。

「この病院の先生は肛門科の名医で、肛門に関することならこれ以上はない、ってところだから。手術件数も日本一だから安心していいですよ」

アヌスで日本一。大変名誉な事だろうけど、少しだけ、考えてしまう。これが、脳外科とか形成外科とかなら、また見え方も違ったのだと思う。肛門で日本一。これから助けてもらうはずの人だし、恩人になる予定だけど、肛門で日本一の先生かぁ、と思うと、なんだか力が抜ける。カリスマアナル職人かぁ。

ただ、やっぱり大事なのは場所である。手術となると、事前の診察や検査、術後の通院もあるだろうし、遠いと中々面倒である。

自宅から離れた場所に入院するというのも、なんだか不安がある。日本一の名医ということなので、多分ブラックジャックみたいに人里離れた崖みたいなところに住んでいることだろう。

パワーに病院の場所を聞いたところ、意外にも電車で30分ほどの距離だった。そんなところに日の本一の大アヌス者がいたとは!さすがtokyo。日本一が、意外と身近にあるものである。

なるべく早めにいってください、と、紹介状を渡される。自宅に戻り、紹介された病院に連絡して予約を取った。運良く、翌日に予約が取れ、職場に有給取得の連絡をする。

ふと、パワーの言う日本一のカリスマアナル職人のことが気になり、肛門科の長を調べる。確かに、たくさんのサイトで名医として紹介されていた。

これまで会った2人の肛門医と違い、肛門が好きそうな見た目はしていなかった。本物は、やはり違う。ただ、見た目こそ肛門が好きそうではなかったが、なんとなく、肛門が好きそうな名前をしていた。

翌日、紹介された病院に行く。紹介専門の大きな病院だった。つまり、ここの肛門科にいる患者全員が、簡単には解決できない痔主、ということになる。選ばれし肛門エリート。アヌス選抜優秀選手達である。不思議と仲間意識が芽生えてくるが、他の患者は私を見て、

「おい、今来たあいつ、見てみろよ」

「ああ、さっきから見てる。いいケツしてるよな、隙がない」

「……抑えられそうか?」

「さぁ……どうだかな」

「おいおい、前大会MVP様ともあろうものが、しっかりしてくれよ(笑)……まぁ、お前がそう言うのもわかるけどな……」

と、噂しているかもしれない。

受付に紹介状を提出し、診察を待つ。意外と若い女性が多くて驚いた。なぜだか、肛門科といえばおじさんしかいないイメージがある。しかし、おじさん3に対して、若い女性が1くらいの割合だった。

そういえば、産後は痔になることも多いと聞いたことがある。私は、本来男女は公平であるべきと思っているものの、こればっかりは男女で分けてあげた方が良いかもしれないと、少し思った。

30分ほど待って、診察。どうやら、ネットで見た名医とは違う先生のようだ。パワーの野郎、ぬか喜びさせやがって!もう、お尻見せてあげない!

ただ、名医の下で勤務している以上、この医者も相当な手練れであることは間違い無いだろう。また、驚くべきことに、顔、名前共にアヌス好きな感じには見受けられない。

「肛門なんて、ただの排泄器官」

と、思っていそうな感じがする。なんだか、目が覚める思いがした。そりゃ、そうだ。肛門科の医者だからって、別にみんながみんな肛門好きとは限らない。

パワーと地獄司教に、悪い偏見を持っていた。私の両眼から鱗が100枚落ち、勢い余って眼球まで落ちた。

医者は、紹介状に目を通し、早速触診を始めるといった。正直、もう慣れた。

これまで、何度もたくさんの男の人にお尻を乱暴に扱われ、色んなものを入れられたの。だからもうワタシ、そんなの慣れっ子なのヨ。黙ってじっとしていれば、目の前にある壁のシミを数えている間に、終わるワ。まるでハリケーンみたいに、ネ。でもね、本当は少し痛いの。出来るなら、優しくしてほしいワ……。

精神的には慣れたけど、それでも苦痛はある。痛いのだけは慣れないなぁと思いながら、ローション的なものを塗られる。毎度、この感覚だけは、悪くない。ただ、アメの後にムチではなく、出来ればムチの後にアメが欲しい。ご褒美とは、辛いことの後にあるべきなのだ。指入れられた後にローション塗られても意味ないけど。

「それじゃあ力を抜いてください」の言葉の後、私は覚悟を決めたのだが、これまでの誰よりも指を浅く入れて、少しだけクイクイ、と動かした後、「うん」と呟いて、すぐに指を抜き、

「痔瘻ですね、手術はいつにしますか?次空いてるのはー……最短で来週月曜ですね」

と、まるで、レジ袋つけますか?有料ですけど、というコンビニ店員並みのカジュアルさで聞いてきた。

話が早い!そして、触診も早い!!アヌスの滞在時間はわずか10秒未満。この、早漏ヤローめ!でも、ありがとうな!正直、すげー助かるぜ!これまで会った肛門科の医者と比べ、初めて敬意を持って「先生」と呼べる感じがした。

こうなってくると、問題は地元の医者どもである。果たして、あそこまで執拗に私のアヌスをいじめる必要があったのだろうか。やはり、本当にただのアヌス好きだった可能性も否定できない。肛門科は趣味でやっているに違いない。それほどまでに私のアヌスはきれいなのか。全く、罪なアヌスである。

手術日に関しては、今すぐには決めかねるため追って相談したいと告げる。先生の理解を得て、今日の処置を相談。

「膿が出てきてるので、このまましばらくほっとけばその間は辛いけど、いずれ膿が出切って楽にはなりますよ。どうしても辛ければ今日排膿しますけどね」

排膿!!聞いただけで、診察台のシーツを濡らした。

「排膿は、以前やった時にとてつもなく痛かったので……」

と告げると、先生は目尻にシワを寄せながら、

「まぁ、中には失神する人もいますからね」

と、「あるあるだよねー(笑)」のテンションで言ってきた。失神する人も居るのかよ!痛みで失神って、なんだよ!!怖すぎる!!

どうやら、あの痛みは、私だけ特別ということではなかったようだ。たしかに、あの脳髄や神経に直接響く痛みは、気を失った方が幾分マシである。

ただ、職場の肛門周囲膿瘍に罹った人は、排膿した時、痛くなかったと言っていた。患者によるのか、医者によるのか。はたまた、運なのか。

継続する激痛か、数分で終わる超激痛か。いや、もしかしたら、今回は超激痛にならないかもしれない。

私は、先生に賭けてみようと思った。

「でも、今も座っているのがきついので、できれば排膿をお願いします」

「わかりました。では、準備しますね」

私は、高鳴る鼓動を抑えながら、その時を待った。

病院内に私の絶叫がこだまする、数分前の事だった。

つづく

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