見出し画像

プロのタダ働きについて

ふっとタイムラインに流れてきた、前から目にするプロのタダ働きについて、この記事を読んで前々から感じていた違和感がなんとなくハッキリしたので記しておく。
http://magiciandaisuke.com/?p=5244


僕はプロでもタダ働きはありだと思う。だからといってクライアントがタダでお願いします、というのは基本ナシだと思う。ちゃらい代理店やイベンターやなんかが予算がないんで今回は露出でバーターでっていうのはもちろんNGだ。


その報酬という部分が何かということが以前からの違和感の正体だった。現代における仕事の報酬は、おそらく98%の人がお金だと答えるのだろうと想像する。この資本主義社会では当たり前だろう。


だが、果たして本当にそうなのだろうか?

働くについての思想家であり経営者でもある田坂広志さんはこうおっしゃる。

仕事の報酬は仕事、である

実に清々しい言葉だ。仕事や働くことについて悩んでいた二十代の頃出会った田坂氏の言葉は、僕の心にちょっとした種を植え付けた。お金じゃないんだ。


でも、働くってなんだろう? 仕事ってなんだ?

この質問に答えられる大人が果たしてどれぐらいいるのだろうか?お金のため、生活のためという声が聞こえてきそうだが、本当だろうか?

そうなのだ。仕事というのは一体全体どういう位置づけになるのか。そこが価値観の分かれ道となっているのだ。働くということは、会社へ行くということでは決っして、ない。かといって何か見返りを求めてすることでもない、と感じている。

もっと人間の尊厳に関わっているはずだ。生きるということの活動の一つとして。

やや道がそれてしまったが、仕事の対価として金銭を要求するのは現在では普通の価値観かもしれないが、それ以外にも対価が存在するそういう世界に気がついていないということ、それが違和感の正体だった。

当然、育ってきた環境や経験がその人を育てるので、この日本や資本主義中心社会で育った人ならば、そういう価値観があることはわかる。が、それ以外の世界もずっと、あちこちに拡がっているのだ、ということに気がついて欲しいというのが僕の願いだ。

もちろん、稼ぎたい人は稼げばいいが、万人が万人ともにそうである必要はない。いわゆる先進国はその役目を終えて静かに次の社会に価値観にバトンタッチをしていけばいいのだろう。

西村佳晢氏の「なんのための仕事?」を読みながらふと花が開いたのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?