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江戸川乱歩の名は真面目じゃないか?

 江戸川乱歩賞が審査の講評でなんやかんや言われている。

がにまた「彼女が時計を奪わなければ」
ミステリとして大きな穴はないが、過去の出来事の謎を現在から振り返って解明する構成を含め、設定がどうしても浅倉秋成の『六人の嘘つきな大学生』を連想させてしまうので損をしている。ネタバレと言っていい題名、真面目につけたとは思えないペンネーム、ともに減点対象。

 これに関して、最後の一文が蛇足的ではあるけど、それでも自分は妥当だと思う。ペンネームが減点対象になるのかという議論を抜きにしても、講評を贔屓目に解釈すれば「オリジナリティや構成が弱くて、その安直さや甘さがタイトルやペンネームにも出てしまっている」と読み取れる。

 講評に対する批判で「じゃあ江戸川乱歩や二葉亭四迷は真面目なのか?」という言説もいくらかあったが、ナンセンス。「エドガー・アラン・ポー→江戸川乱歩」「くたばってしまえ→二葉亭四迷」と言葉遊び的に転化したネーミングはある種の遊び心、作家性、センスだ。それでいて文豪として実績があるのだから比較するのは野暮。

 ペンネーム、ラジオネーム、ハンドルネームetc.で小規模のアマチュアや限られた同人界隈や狭い仲間内なら一般名詞のひらがな3,4文字とかでもいいと思うけど、明確に創作・表現・芸事をやって本名以外を名乗っているならアイデンティティを持ってちゃんとした矜持でいるべきだし、そのためにそのジャンルに置いて相応しいネーミングにした方がいい。文筆業をしている人間だってSNSのアカウント名とペンネームを使い分けていることも多いしTPO。行動と実績で示すから名前なんか関係ねえと言い切るスタンスなら夢乃森みるく(純文学小説家)でも股尻田吾作(新人声優)でもザ・デストロイヤー(落語家)でも別にいいと思う。(知らんけど)
 関わった演出家の言葉で「外部の人間がいる場で芸名を付けて名乗っている人間を身内だからって本名で呼ぶのはやめた方がいい、その人が背負うと誓ったものを軽視することだから」と言っていた。名乗る人も呼ぶ人も最低限気を付けた方がいい。

 何より、私個人、江戸川乱歩やミステリー小説が好きなわけではないが、そのネーミングに着想を得てラジオネームじゃない方の名前(芸名とかアーティストネームと言った方がいいんだけど、小っ恥ずかしいからこの言い方をしがち、あんまりよくないんだけど)を利一谷渡朗と名乗っている。「エドガー・アラン・ポー→江戸川乱歩」「モリエール→江守徹」「ダニー・ケイ→谷啓」「クインシー・ジョーンズ→久石譲」のような既存の英名の人物を日本人名にうまく落とし込んだネーミングが好きなのだ。

 当時、男女4人の笑い声を名乗っていてラジオネームとしては天啓が降って来たくらいの会心の出来だと今でも思っているのだが、ラジオネームという枕詞があるから成立するのであって、ラジオ以外の場ではそぐわない。(ピン芸人とかならまだいけるか)

 本名で活動するのもプライバシーや時勢的に何かと嫌だし、クレジットに匿名希望だの名無しの権兵衛だのもおかしいし、名乗れる形式的な別の名前を考えることにした。

 欧米で事件や裁判において身元不明や匿名の人間、死体をJohn Doe、ジョン・ドゥと呼ぶ。映画『セブン』とか『メタルギアソリッド』とかなんらかのサブカルかなんかで知っている人も少なくはないと思う。それでもってジョン・ドゥに相当する当事者が複数いる場合、第二当事者ないしは被告側をRichard Roe、リチャード・ロウとする。

リチャード・ロウ→リーチ ヤドロウ→利一 谷渡朗

…でネーミングした。英字だけのIDもR1chardRoeにできるので収まりがいい。サークル名の自演洞もジョン・ドゥが女性だった場合のJane Doe、ジェーン・ドゥのもじりである。

 匿名性とアイデンティティを持たせた名前で(全くではないけど)カッコ良過ぎず、凝り過ぎず、中二過ぎず、自分の中では気に入っている。

 でも人と関わるとあんまりウケはよくない。「リーチ? 麻雀?」「谷渡朗って初見じゃ読めねえよ」「ごめん、切り所間違えた」と何かと言われがち。

 ネーミング、大事。

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