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長く続くブランドは、信用残高を食いつぶさない

昔から、世代を超えて愛されるブランドに無性に惹かれてきた。

数百年前と同じものを食べ、同じ建物の中を歩き、その積み重ねられた年月に思いを馳せる。
その時間がたまらなく愛おしく、豊かな幸福を感じてきた。

だからこそ私の興味の根底には、常に『いかに長く続くものを作るか』という問いがある。

先日消費文化総研の定例読書会で、『老舗の流儀』を取り上げた。

東洋の端で三百年以上のれんを守り続けてきた虎屋と、ユーラシア大陸の西の端で二百年近くの歴史を刻み続けてきたエルメス。

ちょうど同時期に読んでいた文明の生態史観の影響もあり、遠く離れた土地で同じような職人意識とブランド哲学が育った背景にも強い興味を持った。

実際に訪れた赤坂の虎屋茶寮では、和菓子の美しさはもちろんのこと、指紋ひとつなく磨き上げられた菓子皿やてきぱきした店員さんたちの姿に、ブランドとは『今まさに生きているものなのだ』という当たり前の事実を突きつけられた気がした。

そして感想を語り合う中で『信用残高』というワードが出てきたことで、ブランドが『のれん代』というかたちでなぜ無形資産に計上されるのかをやっと腹落ちして理解できた気がする。

ブランドは、老舗になればなるほどまるで利子だけで食べていける資産家のような身分になっていく。
創業数百年の歴史やおもたせの定番というポジションは、一朝一夕に揺らぐことはない。

しかし、中世に名家と呼ばれた貴族階級が欧州にも日本にももうほとんど残っていないように、時代の変化や世代交代の失敗によって資産が食いつぶされ、自滅していく事例もたくさんある。

たとえ莫大な資産を築き『もう自分の代はこれで安泰だ』と思っても、次の代、その次の代と受け継がれていくことを考えれば、資産形成に『あがり』などないのだ。

だからこそ、ブランドも不動産や金融資産と同じように元本を減らさずに増やしながら利子の範囲内で運営する手腕が求められる。

もちろんときには手元の資産を減らしてでも勝負に出なければならないこともあるが、一番危険なのはずるずると資産が目減りしていくことだ。

ブランドでいえば、リニューアルやクリエイティブディレクターの交代はリスクをとってでもやらなければならないときがある。
しかし、老舗の名前にあぐらをかいてブランドを切り売りするようになってしまうと、元本が少しずつ目減りしていく。

ちょうど昨日ピックしたフェラーリとアルマーニの提携のニュースしかり、ラグジュアリーブランドがこぞってコスメ領域を脱ライセンス化する動きしかり、ブランドイメージへのコントロールを強めているのもこの信用残高の意識が根底にあるのではないかと思う。

では信用残高を食いつぶさないために何が必要なのだろうか。

虎屋赤坂店、エルメス銀座店にメンバーみんなと行って私が考えたのは、『複数世代を同時に感動させる本質的価値を受け継ぐこと』なのではないかということだった。

それは世代にあわせて変化させることではない。
むしろ変化させないものを持つことで、老舗は老舗になるのだと私は思う。

対談の中で、こんな一節が出てきた。

エルメスの考え方に、「長きにわたって愛用してもらう」というものがあります。エルメスのものは、お母さんから娘さんへ、二代あるいは三代にわたって使ってもらうことが少なくないのです。つまり、一過性流行でデザインを変えることを良しとはしてこなかった。バッグの「ケリー」や「バーキン」が、それを象徴していると思うのですが、どちらも50年くらい、ほとんどデザインを変えていません。
もう少し具体的にいうと、「今シーズンはこの色や素材がトレンドだから作りました」ということを、エルメスはやってこなかった。
(中略)
だから、エルメスのものづくりとは、マーケティングありきではなく、職人やデザイナーが「こういうものがあったらいいな」というところから始める。そういった積み重ねの結果、今のエルメスがあるのです。

これに対して、虎屋も期間限定品や新商品の開発に力をいれつつも、それを定番商品にするかどうかには高いハードルを設けている、というエピソードが出てくる。

つまりどちらも今のトレンドや顧客の好みに流されず、自分たちがいいと思ったもの、美意識や哲学にのっとったものを淡々と作り続けているのだ。

もちろん時代の変化に合わせて微妙に味を調整したり、人気のカラーを期間限定で販売したりと変化させる部分を持ちつつも、核となる技術や定番商品には安易に手を加えない。

売れればいいわけではなく、自分たちのブランドという資本を守りながら利子を蓄え少しずつ現金化していく、そういう微妙なバランスのもとで老舗ブランドは運営されているのだと思う。

そして信用残高を切り売りすることの危険性は、企業だけではなく個人にも当てはまる。

自分の積み重ねてきた歴史や信用を安易に現金化しようとせず、増やしながら運用していくこと。

企業であれ個人であれ、長く続くブランドに共通するのは、目に見えないのれんという資産を育てる意識なのかもしれない。

▼当日参加してくれたメンバーの視点もあわせてどうぞ。(カバー写真もみぞぐちさんからお借りしました!)

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