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漫画「ハローブランニューワールド」ができるまで【後編】

こんにちは。

cakesで連載中の漫画「ハローブランニューワールド」ができた経緯や、なぜこういう話を描こうと思ったかという理由なんかを書いています。

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※今回の投稿には、cakes連載中の本編のネタバレが思いっきり含まれています。くれぐれも本編をご覧になってから、この後編を読んで下さいね。

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この記事は、同名で前編中編と更新してきた最後にあたります。頑張って書いたので、興味があればぜひ最初から読んでみてくださいね。(投稿の最後にもリンクがあります)

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MITの哲学のクラス


前回は担当編集の大熊さんに、

「文字数は半分に、絵で語れ。」

と一刀両断にされ、思い切って方向転換。ページのつくりを極限までシンプルにしたところまでお話しました。今回はいよいよストーリーの中核部分である、「哲学」について触れたいと思います。

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僕は、イラストや漫画を描くこと以外に、ずっと哲学を勉強しています。大学の授業で履修以来、その深い思考の世界に魅了され続けています。大学卒業後も暇を見つけては本を読んだり、公開講義に通ったりしていました。昨年の暮には、MIT(マサチューセッツ工科大学)のオンラインコースを受講。数ヶ月の受講の末、無事修了証を頂くことができました。

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他にも取りたいコースがあるので、そのうちまた受講すると思います。

(ボカシは一応セキュリティのため)

個人で哲学を勉強し続けると、やはり読書が学習の中心にきます。そのためどうしても、時系列で哲学を学ぶことに慣れていました。そこにきてMITのオンラインコースは、より現代に必要とされる価値観で哲学に触れていきます(少なくとも僕はそう捉えました)。「Philosophy Of Mind(心の哲学)」という、人間の人間らしい意識や思考、”自己”や”心”とはどういうものなのか、という部分に踏み込んでいく分野です。刺激を受けずにはいられませんでした。


ハローブランニューワールドの原型

「ハローブランニューワールド」を形作っていく際、重要になった要素がふたつあります。ひとつは、前述のMITの授業に出てきた「メアリーの部屋」という思考実験、もうひとつは小説「Frankenstein」です。

まず、思考実験「Mary's Room (メアリーの部屋)」は、かいつまんで説明するとこんな感じです。

色についてのあらゆる知識を理解している天才科学者メアリーは、なぜか白黒の色しか見えない部屋にずっと閉じ込められている。彼女は色についてのあらゆる知識を理解しているので、例えば「赤い色を見る」ということがどういうことはわかっているが、実際に経験したことはない。さて、彼女が晴れて部屋から出られ、実際の世界を体験したとしたら何が起きるだろうか?彼女は何かを新しく学ぶだろうか?

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皆さんはどう思われますか?メアリーは何かを感じるでしょうか?

哲学的に考えれば、「メアリーの部屋」自体には色んな解釈の余地があります。もちろん批判もあります。でも漫画制作の目線で捉えると、メアリーが部屋を出るその瞬間に、何らかのドラマがあるような気がしてなりませんでした。受講中から、漫画にできないかなと思っていました。

次に「Frankenstein」は、僕の好きな小説の一つです。ジャンルは、ゴシック小説と呼ばれたりするようですが(Wikipediaより)、根底の部分が哲学的で、人間の本質を掘り下げていくようなストーリーですよね。死体を組み合わせて作られた名もない怪物。彼の心の描写が最大の魅力だと思います。ちなみに怪物の創造主であるフランケンシュタインのことはあまり好きではないです。人間らしいと言えばそうかも知れませんが。

ネームを描いているどこかのタイミングでこの2つが頭の中で合わさり、ふと疑問が浮かびました。

「フランケンシュタインの怪物は、目が覚めた瞬間(”無”という”部屋”から出た瞬間)に何を感じただろう?」

結果、この疑問がハローブランニューワールドの原型となっていきます。

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もともと、研究所の爆発から始めるという暴挙に出るつもりだった。フランケンシュタインの怪物が目覚めるところのオマージュ、一応。

「ハローブランニューワールド」の第3話では、ADAMは高度なAIプログラムだけの存在であることが明らかになりました。ドクターが一話から溶接したり、書類と格闘したりしていたのは、彼の体を作っていたからですね。

ADAMは思考実験のメアリーと同様、世界に関する知識はたくさん持っています。AIですから。でも、プログラムの中から出たことはありません。彼が自分の体を手に入れるということはつまり、彼がプログラムの部屋から出ることを意味します。実体をもって世界に干渉できるようになった時、ADAMは何を感じるのか。メアリーの部屋とフランケンシュタインのお話が混ぜ合わさって生まれた疑問は、こういう形で漫画のストーリーに発展していったわけです。

本編での試み

そういう経緯で「ハローブランニューワールド」は、哲学をテーマに進むお話となりました。

例えば、第1話でドクターが言った「実存は本質に先立つ(L'existence précède l'essence)」というのは、ジョン・ポール・サルトルという近代のフランス人哲学者の言葉で、僕の好きな言葉でもあります。ドクターのセリフは、僕なりの言い換えのつもりです。

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同じく第1話、「知ることは、知らないことを増やすこと / 知ることは、知らない自分に気づくこと」の掛け合いは、ご存知ソクラテスの「無知の知」の言い換えですね。実際「無知の知」という言葉は残しておらず、この言い方はおそらく日本語独自のものだそうです。英語では「I know that I know nothing.」ということが多いかな。古代ギリシア語は…わかりません。

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最新第3話には「ゴースト・イン・ザ・マシーン」というフレーズが出てきます。近代の哲学者Gilbert Ryleという人のものです。実は、批判的に用いられたフレーズなのですが、シーンにぴったりだと思って使いました。ちなみに「攻殻機動隊」の英語名「Ghost In The Shell」は、このもじりなんじゃないかなーと密かに思っています。

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哲学の”キモ”の部分を、なるべく自然な形でストーリーに織り込むのは難しいです。連載用に提出した4話分のネームは、合計300ページ以上、6回描き直しています。公開したものは7回目のものです。大熊さんの「文字を半分に」はここで効いてくるのです、ボディーブローがごとく。

とはいえ、漫画 x 哲学という、自分の好きなものを同時に取り扱えるのは幸福以外の何物でもありません。何より、読んでくださる方にとって、いつもと少し違う角度から物事を見るきっかけになれば嬉しいです。

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というわけで

こんなシッチャカメッチャカな経緯を経て、漫画「ハローブランニューワールド」は、日本時間7月22日の午前11時、晴れて公開となりました。

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記念スクショ。まさか自分の漫画が「左利きのエレン」のとなりに並ぶ日が来るとは(ずっとファンなんです)。

そのとおりに行くかはさておき、最終話とそこまでの道筋はすでに考えています。大熊さんとも話し合って、ADAMの”成長”やドクタの”秘密”など、話が進むごとに少しずつ広がっていくようなお話にしたいです。このnoteのアカウントでは、cakes本編には上がらない番外編もアップしています。もしかしたらどこかに伏線が隠れているかも…

連載がきちんと最後までたどり着けるかどうかは、ADAM&ドクタの活躍と、何より僕の技量によります。が、どのような評価を頂いても、僕はこの漫画が描けて幸せですし、作品のことをとても誇らしく思います。

ちょっとでも興味を持ってもらえたら、ぜひ一度読んでみてくださいね。もしも気に入ってもらえたなら、コメントやシェアなどもどうぞよろしくお願いします。

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この場を借りて、お礼

・編集の大熊さん: いやもうほんとに、お力添えがなければ「ハローブランニューワールド」は公開に漕ぎ着けていません。本当にどうもありがとうございます!そして、これからもお世話になりまくります!



・オクサマ&オカン:僕の2大サポーターの二人。彼女らナシでは僕はダメ人間です。オクサマはいつもさりげなく支えてくれます。オカンは絵の感じで僕の調子がわかります(時々こわい)。いつも本当にありがとう!


・作品を読んでくださる皆様:どんな漫画も、受け取る側がいて初めて成り立つと思います。割いていただいた時間を無駄にしないよう、もとい、良いものにできるように心を込めて作っています。読んでいただいて、本当にどうもありがとうございます!

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Have a great one,

Q

漫画「ハローブランニューワールド」ができるまで【前編・中編】