『私の物語』〜心が震えた、異文化からのおくりもの 〜 1986 その漆(#7)
前回までのあらすじ
1986年。バブルに浮かれていた世間を横目に、生きていた『私』。
高校生の『私』は、親に置き去りにされ、ひとりバイトで生計を立てていた。深夜の音楽番組は、そんな『私』にとっての心の拠り所。そして、ある日、『私』は、ボン・ジョヴィの楽曲と出会い、英語を学びたいと思うようになる。
夏の終わりのある日、バイトの休みに、近所の商店街の夜店に出かけると、いつも気になっていた星条旗のバーの店主と知合い、店に招き入れられ、注文した特製ハンバーグができるまでに、新しい世界とその住人たちと出会い優しさに触れていく。
∞ 心に横たわる闇
憧れのバーでひと時を過ごしてから、私の日常が少し変わった。
お酒を飲めたからではない。
私は、どちらかというと、大人と一緒にいる方が好きだった。
同年代の人に、苦手意識を持っていたのだ。
原因は、中学生までいじめの対象にされていたから、だと思う。
中学時代に全く友達がいなかったわけではない。私の友達は、集団に属するより孤独を選ぶ人達だった。だから、同じようにいじめられている子もいた。
子供というのはとても正直で、残酷な一面を持っていて、何かによって抑圧されたストレスを、陰々と誰かにぶつけたりする。そしてそれは、個人対個人ではなく、グループ対個人という関係をつくる。
個人的には良い子でも、集団の一員になると迎合する。迎合せざるを得ないのは、動物的な防御本能なのかもしれない。
その反面、集団の意思に合わせなければ、生存できない。
そんな、窮屈なルールに従わなければならないなんて、その一員でいることも、ある意味苦痛なのかもしれない。
標的になりたいと、自分から手を挙げる人はいない。でも、暗黙のルールを破ってしまえば、次は、自分がターゲットになるかもしれないのだ。
いじめは、些細なきっかけではじまる。でも、終わらせることは難しい。環境を変えなければ、終わらないのだ。
私の場合は、高校入学。それがきっかけで、イジメられることは無くなった。イジメた人たちも全員ではないが、同じ学校に進学したにも関わらず。
集団が分裂して、暗黙の了解のルールが無くなったからなのか、イジメなくても、ストレスを解消できる楽しみができたのか、
それは、わからない。
何はともあれ、私はホッとした。
数少ない中学からの友達は、違う学校に進学してしまっていたし、それに、まだ、集団に混じるのは怖かった。
そうこうしている内に、挨拶ぐらいできるクラスメイトが出来はじめて、
変われるかもしれない。
ひそかな期待が生まれた。
でも、しょうちゃんみたいな軽いノリの友達は、いなかった。
どこのクラスにも何人かはいる、明るい人気者グループは、うちのクラスにも自然発生して存在していた。
しょうちゃんや、みきさんが、今、学校に通っていたら、きっとそのメンバーに入っていたに違いないと思う。
私は、知らず知らずのうちに明るいものから、遠ざかるようになっていたのかもしれない。
∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞
小学校低学年の頃に起こった、父の事業の失敗から、何とか持ちこたえていた生活だったけど、
高校に入る頃には、もう無理な状態で家庭は破綻していた。
だから、高1の夏になるころには、自分に必要なものを手に入れるために、バイトをするようになった。
最初は、うどんや。その次は、居酒屋の皿洗い。それから、喫茶店。
必要に迫られて、始めたバイトだった。
そして、その目的はお金を稼ぐことだった。
でも、始めてみて分かったのは、そこの先輩や、経営者、お客さんも含め、沢山の大人の中にいるのは、とても居心地が良かった、という事だった。
思いがけず、自分の居場所がそこにあったのだ。
理不尽なことで、いじめられなかったし、そればかりか、知らないことを教えてくれる。その上、頑張れば、頑張った分だけ褒めてもらえる。そしてそれが収入に繋がっていく。
だから、私は、こう思っていた。
子供の世界は、もう終わりや。早く、早く、、もっと大人になりたい。
でも、あのバーで、出会った大人たちは、また違う世界の人達だった。
バイト先の居心地の良さとは、何か違った。
どこか懐かしいような、妙な親しみを感じていた。初めて会った私に、昔から知っているように接してくれた。
何の構えもいらない。
何か特別な場所。
秘密基地のような、そんなものを手に入れたような、ワクワク感に包まれて、気分が高揚していた。
∞ 9月がやってきた
そして、その数日後、新学期が始まった。
高校2年の2学期の初日。私は、とりあえず、登校した。
授業はなかったので、あまり行きたくはなかったけれども、、、
まあ、生存確認のため。
行かなかったら、きっと担任から電話がかかってくる。
担任は、うちの家庭環境をオブラートに包んで話していた。2年に進級した途端、担任に呼び出され、面談があったのだ。
面談理由は、1年の時の出席率の低さについて。。。
オブラートに包んでいるので、親が帰ってこないとは言ってなかった。
母子家庭でお金がないから、バイトしてます。
そう言っていたのだ。まぁ、嘘ではない。
とみー、お前、やればできるんやから、ちゃんと学校来い!
担任は、面談で私にそう言った。そして、こうも言った。
バイトについては、黙認してやるが、水商売はあかんぞ。
私は、一応、神妙な顔をして、うつむきながら、担任の顔を見ないで答えた。
はい、、、でも先生、喫茶店は、水商売に入るんですか〜?
そんな屁理屈を言ってみたりした。
担任は、私を心配してくれていたのに。ごめんね先生。
なんとか、ギリギリでも卒業しよう。
それだけが、私の目標だった。
だから、学校には、最低限必要な出席日数だけ行くようになっていた。
夜型になってしまった結果、朝起きられない。だから、起きて遅刻確定の日は行かない、、、
そんな風に、学校が面倒になってしまっていた。でも、卒業したい。
ところが、ちょっとしたミスで、体育の単位を落としてしまった。出席日数が足らなかったのだ!
だから、もう二度と体育は落とせない。落としたら、留年だ。それだけは絶対避けなければいけなかった。
だから、学校の優先科目は、国語でも、数学でも、英語でもない。
体育!
他の教科は、赤点でも追試や補講で何とかなる。でも体育は、出席重視。だから絶対出席、、、
とにかく、登校したら、必ず情報収集をする必要があった。たまにイベントなどで、授業が変更になったりするからだ。
∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞
2年になってから、クラスメイトの名前を全員覚えてなかった。
あまり関りを持たなかったし、感覚の違いがありすぎて、関りを持ちたいとも思えなかった。
だけど、心のどこかで、学生らしい学生生活を送っている人達が羨ましくもあった。それは紛れもない事実で、、、
でも、私には関係ない、と、それを遮断するしかなかったのも、事実。
心の中に芽生える羨ましさを、片っ端から潰していく。
人は人、家は家。
こんな時でも、父から教えられた言葉を、忠実に守っている自分がいた。
そんな中でも、こんな風にひとり浮いている私に、興味を持つ変り者もいた。
私が登校すると、その変わり者たちが、机の周りによって来る。
おはよ〜、久しぶりやん。何しとったん〜?
私は、そういう会話にあまり慣れていない。
え〜、バイトとか、いろいろ。。。
そう言って、なんとなく逃げる。
いろいろって、バイト以外は、家で音楽聞いたり、本読んでいる引きこもりなのに。
変り者たち曰く、学校にたまにやってくる私が、ミステリアスに見えていたらしい。面白いもんだ。
私は、ひとりでいるのは平気だった。それが当たり前になっていたから。
集団の中であっても、関わり合いが薄ければ、孤独を感じない。だから、友達が居なくても動じることはなかった。
逆に、仲良くなってから裏切られるとか、離れていかれる方が怖かった。実の親でさえ、子供を置き去りにしてしまうのだ。
人間なんて、最後には自分が一番かわいいから。だから、簡単に裏切る。
そう思っていた。
それは、たった17年足らずのそれまでの人生で構築された、私の長所でもあり、短所でもあったのだ。
∞ 約束の給料日
もうすぐ給料日だ。
月末締めの5日払い。
夏休みは、昼から深夜まで頑張って働いたから、いつもの2倍くらいのバイト代が入る。
バイト代が入ったら、あのバーに行こうと決めていた。
あの日の帰り際に、突如、口をついて出た約束。
そしたら、次は、バイト代が入ったら来ます!なんか、ありがとうございます!
へんなのっ、、、自分でもびっくりだった。
あのハンバーグや、ターコイズのアクセサリーの事も、気になっていたけど、それよりも、あの空間が懐かしくて仕方がなかった。
あのジャズと、照明と、おしゃべりと、、、優しい時間。
給料もらったら、その帰りに寄ってみるのもいいかな、、、
考えるだけでドキドキして、待ちきれなかった。
∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞
そして、その日がやってきた。
その日は金曜日で、バイトが終わると、もう11時だった。
大阪と京都を結ぶ線路沿いを、3駅ほど自転車で走る。
駅の間隔がとても短いこの路線は、3駅と言っても知れている。バイト先から、あのバーまでは、15分もあれば十分だった。
いつも通り過ぎていた、憧れのバー。今日は、ちゃんとお客さんとして、やって来たんだ。
自転車を止める。気分が高揚しているのが分かる。
でも、なんだか、緊張してきて、ちょっとざわざわしていた。
ドアの前までくると、中のにぎわう声が聞こえてきた。
深呼吸して、、、ドアに手をかけて、、、、押す!
こ、こんばんわ〜、、、
店主のまつださんが、カウンターの中から、笑顔で手を挙げた。
『私の物語』〜心が震えた、異文化からのおくりもの 〜 1986 その捌(#8)につづく
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