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降りてはいけない駅 後編(ショートショート#29)【1500字】


「いやぁぁぁぁっ!」

 真依はスマホを思わず放り投げた。

「何なの……誰なのよ……」

 耳を塞いでいても着信音が絶え間なく響いてくる。うずくまって頭を抱えているとメッセージの着信が止んだ。

 真依は恐る恐るスマホを拾い上げる。衝撃でガラスがひび割れてしまっている。ため息をついてカメラロールを立ち上げた。

「私が何をしたっていうのよ……」

 ついさっき撮影した数十枚の写真のサムネイルをスワイプする。よかった。データは消えてない。

「あれ……?」

 そのうちの一枚に違和感をおぼえた真依は、それを全画面で表示させた。

 誰もいないはずのホームのラインテープの前に、小さな靴がある。学生の履くローファー。まるで玄関先のように几帳面に揃っている。

「……こんなの、さっきは写ってなかったのに」

 別の一枚には、セーラー服を着た少女のような影が写り込んでいた。彼女はギターケースのような大きな何かを背負っている。小さくてはっきりとは見えない。

「ひっ……」

 最後の一枚で声を失った。〈九泉駅〉の駅名標をバックに自分が写った自撮りの一枚。背負ったギターケースを小さな白い手が掴んでいる。手だけがギターケースを物欲しそうに掴んでいるのだ。

「……待って、もしかして」

 真依はつい一時間前の出来事を思い出す。花瓶を割ってしまったこと。そのまま黙って行ってしまったこと。あれは誰かのお供え物だったのかも。駅で誰かが亡くなった? 真依は、それが人身事故で亡くなった故人への供花だったとすぐに思い至った。

「私が花瓶を割ったせいで怒ってるの?」

 圏外のはずなのに、メッセージにネットニュースの記事が投稿される。


【速報】都営地下鉄S線 九段下駅 人身事故の影響で一部運転見合わせ 


 半年前の記事だった。そのせいでライブに遅刻したから覚えている。

 真依は、ただ迷惑だったという印象しかなかったのだが、風のうわさで母校に通う女子高生だったと聞いた。しかも軽音部でギターケースを背負っていたという話も。そのうわさを聞いた時はさすがに同情したものだ。

 もう一度、自撮り写真を確認した。白くてか細い手がギターケースに縋りついている。どうして私だけ夢を諦めなきゃいけないの? と言いたげな手。

「……わかった。花瓶を割ったお詫びに、これ、あげる」

 真依はケースを開き、相棒のリッケンバッカーを見せた。

 そして目を瞑って、必死で手を合わせた。

「お願い……これで成仏してちょうだい……」

 その時、ケースがガタガタと震え出した。

「ひっ……」

 闇の奥から真っ白い手が伸びてきてそれを掴む。もう離さない、と言わんばかりに。そしてギターは消えた。

 と、真依は突然、光に照らされて目を細めた。電車のハイビームだった。プァン、と電車の警笛が聞こえた。終電の一本がやってきたのだ。遭難した雪山に救助隊があらわれたような気分だった。

 真依はふらふらと立ち上がって、身一つでそれに乗り込んだ。発車メロディーとともに扉が閉じて、ゆっくりとホームが遠ざかっていく。

 真依はそこで信じられないものを見つけた。

 リッケンバッカーを抱えてこちらを見送るセーラー服の少女。じっとこちらを見つめているようだ。

「助かったの……?」

 真依は安堵感でその場にへたり込んだ。


  ***


 数日後、真依はサークルの部室の前に立っていた。

 何度も扉の前を行ったり来たりして、ようやく覚悟を決める。あの少女を思い出す。私はまだやり直せるんだ。

「……おはよう、みんな」

 メンバーたちが無言で真依を見ている。その中にドラムの金田もいた。

「……この前は、ごめんなさい。もう一度、私についてきてくれる?」

 金田がバツが悪そうに頭をさげる。

「……あたしも、練習サボって悪かった。ごめん」

 真依は安堵して、なぜか涙が出てきた。


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