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アンサンブル・ノート①

■あらすじ 
 瀧田音大バイオリン科3年の鵜飼有朋(21)は楽譜に忠実に弾く事に強い拘りを持つ真面目な性格。
 同級生の鷲宮将生(21)は容姿端麗な上に演奏技術も抜群で女性にもモテモテ。有朋はそんな将生に振り回されながらも大学生活を仲良く送っていた。
 ある日、有朋はパーティーで将生と本郷音大ピアノ科3年の羽鳥航(21)と3人でアンサンブルをする。その演奏に手応えを感じた将生から「3人でユニット活動したい」と提案され、有朋は地味な自分は客席側の人間ではないかと悩む。
 そんな中、有朋の前にレコード会社勤務でクラシックを何も知らない仲川葉月(27)が現れる。この出会いが有朋の音楽人生を大きく変えていく。

■第1話
○マンション
LDKで椅子に座り、タイスの瞑想曲の楽譜を読んでいる鵜飼有朋(うかいありとも)。
朝8時になりスマホのアラームが鳴ると、止めてタイスの楽譜を持って2つ並ぶ扉の右側の部屋へ向かう。そこはベッドと本棚しかないシンプルな部屋で、本棚には楽譜や本、CDやDVDが綺麗に並んでいる。有朋はタイスの楽譜をその本棚に入れると、床に置いてあるバイオリンケースを背中に背負い、トートバッグを持って部屋を出る。

303号室の部屋の玄関をカードキーで閉めた有朋は、2部屋隣の301号室の前に行きインターフォンを鳴らすが、無反応。
スマホで「将生」に電話を掛けるが、こちらも無反応。
有朋「またか」
財布から301号室のカードキーを出し、開錠して中に入る。

部屋の中は有朋の部屋の造りと同じ。
有朋は左の扉をそっと開けるとそこは防音室で、全裸でギターを弾く鷲宮将生(わしみやまさき)の姿。
有朋「わ、ごめん!」
有朋は慌てて扉を閉めるが、部屋から顔を出した将生に腕を引かれ中に入れられると、エレクトリックピアノに座らせられる。
将生「有朋、ちょうど良かった。死の舞踏、鍵盤行ける?」
有朋「死の舞踏? 間違えてもいいなら、多分」
将生「よっし。じゃぁお願い」
将生、エレキギターを抱え、弾き始める。
【曲:サンサーンス / 死の舞踏 】
有朋「え、ギター!? ちょ、ちょっと待って」
有朋、バイオリンを背負ったまま、慌ててエレピを弾き始める。
必死な有朋と、楽しそうに弾く将生。
×   ×   ×
演奏が終わり、どっと疲れる有朋。
将生「あー、くそ! またいっぱい間違えた」
有朋「それは俺もだよ。これは難しい曲だから仕方ないよ」
将生「よし、もう1回行くぞ」
将生、有朋の話を遮りギターを構える。
有朋、慌てて立ち上がり
有朋「ちょ、ちょっと、ストップ!」
将生「何だよ。失敗ならお前も気にしなくていいし」
有朋「そうじゃないってば。何で朝からギターなんだよ、それも全裸で。まだ寒くは無いけど10月だし、油断してると風邪ひくよ」
将生「全裸? うわ、まじじゃん。やっば」
将生、服を捜すが見当たらず、ギターをスタンドに立てかけると、左肩が擦れて真っ赤になっている。
有朋、エレピの蓋をしめながらその傷を見て
有朋「他にも聞きたい事だらけだけど、まずは左肩をどうにかしようよ。めっちゃ痛そう」
将生「左肩? げ、なんだコレ。しまったなー。バイオリン弾く時痛まなきゃいいけど」
将生、アンプを切って部屋を出る。
有朋も呆れながら、部屋を出る。

有朋がLDKのソファーに座りマイ水筒からゴクゴク飲んでいると、浴室から将生の悲鳴が聞こえる。
将生の声「痛てー」 
有朋「だからいつも練習は計画的にって言ってるのに」

シャワー上がりで首元にタオル、下だけジーンズ姿の将生が来て、冷蔵庫からペットボトルを取り出すとゴクゴク飲む。その姿は美しい。
有朋「そんなになるまで、一体どれだけ練習してたのさ」
将生「んー、昨日の夜からだから、8時間くらい?」
有朋「8時間!? 全裸でぶっ通し?」
将生「まぁな。全裸なのはたまたまだけど。昨日は渚が来てたから」
有朋「渚って、歌科の小宮山渚さん? 死の舞踏って歌詞ないよね?」
将生「練習じゃねーよ。昨日の夜渚がウチに来ただけ。で、まぁいい雰囲気になってたんだけど、ふと時計を見たら12時で、なぜかAとE♭(死の舞踏の冒頭のバイオリンの独奏部分)が頭の中で鳴っちゃってさ。そしたら猛烈に演奏したくなっちゃってジ、エンドって感じ。あれ、そういえば渚いないな。帰ったのか」
有朋「それってさすがに気の毒過ぎない? 夜中に女性を一人で帰すのも心配だし」
将生「別に俺が呼んだんじゃなくて、あっちは勝手に来たんですけど」
将生、軟膏を有朋に渡しソファーの隣に座る。
有朋、呆れつつ将生の左肩に軟膏を塗る。
有朋「それはそうかもしれないけど。俺は心配だよ。将生はいつか女性に人生変えられちゃうんじゃないの」
将生「それはこっちのセリフだよ。有朋こそ全然女っ気ないし、歳上女とかに簡単にたぶらかされそうで心配だよ。ところで何で朝からウチに居んの?」
有朋「昨日言ったじゃん。ボーイング写したいって貸してた楽譜、今日レッスンで使うから返して欲しくって」
将生「あ、そうだった」
トレーナーを着てバイオリンを背負った将生、バッハのパルティータの楽譜を有朋に渡す。
将生「サンキュー、助かったよ」
有朋「防音室に籠るのはいいけどさ、スマホは持って入ってよ。カードキー預かってるとはいえ、前みたいに寝食忘れて練習されちゃうと心配だから。それと、ギターの練習もいいけど譜読みももっとしないとだよ。さっきも細かいとこ色々抜けてたからね」
将生「あー、はいはい。ちゃんと全部やりますよ。ったく、お前は俺の母親か」
有朋「将生のママからカードキーを渡されてるから、半分そうかもね」
将生「ママって言うな」
将生と有朋、玄関で靴を履きながら
有朋「そういえばギターどうしたのんだよ。持ってなかったよね」
将生「知り合いから貰ったんだ。だから今度ライブにも出てみようかなと思って練習してた」
有朋「ライブ!?」

○滝田音楽大学
憲法の授業。
広い教室に並んで座る有朋と将生。
将生は熟睡。
先生に苦々しい顔で見られ、有朋は将生を起こしながら授業が進む。

アナリーゼの授業。
少人数のグループ授業を有朋と将生が受けている。
ウトウトする将生を有朋が起こしながら授業を受ける。

バイオリンケースを背負った将生が、あくびをしながら廊下を歩いている。
将生「あー、まだ眠いかも」
将生、自販機で缶コーヒーを買おうとスマホをかざすが、作動しない。
有朋が将生のスマホをかざし直すと、反応して買える。
将生「サンキュ」
一気にコーヒーをゴクゴク飲む将生を見て、有朋は呆れ顔。
有朋M「やっぱり俺はママの気分だよ」

練習室に到着。
有朋「じゃぁ俺ここだから。寝ながら弾くとか、ケガするからやめてよ」
将生「大丈夫だって。弾くだけなら2徹でもいけるから俺。じゃぁまた後でな」
将生、練習室へ入っていく。
有朋もやれやれと入って行く。

実技の授業。
練習室で有朋がバイオリンを弾いている。
【曲:バッハ / バルティータ3番ガボット】
先生「うん。姿勢も音も安定していていいですね。肘の位置をもう少しちゃ固定出来たら、もっとしっかりした音が出せると思いますよ」
有朋「肘ですか」
先生「楽譜の読み込みもしっかりしているし、安心して聴けます。その調子で頑張って下さい。じゃあ今日はここまでとしましょう」
有朋「ありがとうございました」
先生退室、有朋が一人残る。
有朋「今日も安定に安心か。俺のバイオリンはそれしか言う事がないのかな」
有朋、バイオリンを構えて肘の位置をチェックする。
有朋「家に帰ったら動画撮ってチェックしないとな」

バイオリンケースを背負った有朋が廊下を歩いていると、ロビーのソファーに将生が座っていて、隣には女生徒。
将生が有朋に気付くと、女生徒を軽くかわし有朋の元へ。
将生「終わったのか」
有朋「うん。あの人いいの?」
将生「別にいいよ。話し掛けられただけだから」
有朋「そう。左肩大丈夫だった?」
将生「ギリ何とか。当たって痛い所は先生がタオル入れてくれたから。そんな事よりボーイング弾きやすかったよ。有朋に聞いて正解だったぜ。お礼にメシ奢るから何か食って帰ろうぜ」
有朋「また今度でいいよ。今日は早く帰って動画撮りたいから」
将生「動画? SNSでも始めたのか。俺出
てやろうか?」
有朋「違うよ。肘の位置を見たいんだ。先生に言われたから」
将生「だったら帰って俺が撮ってやるよ」
有朋「え、いいの? ありがとう」
将生「じゃぁサクっとホーボーケンでラーメンでも食って帰ろうぜ」
有朋「あそこだとサクっと出来ないから他の店にしない? ほら、角のファミレスとか」
将生「マスターのハイドン談義なんか聞き流せばいいんだよ。相手にするから話が終わらないんだ」
有朋「でも先輩だし、勉強になる事もあるし」
将生「先輩っつっても20も上だぜ。そんなの気にしなくていいって」
有朋「じゃぁ将生が上手く切り上げてよ。こないだみたいに置いてかないでよ」
(注:ホーボーケンとは、ハイドンの音楽作品に付されるHobの事)

○ホーボーケン
ビルの1Fにある小さなラーメン屋。
店からバイオリンケースを背負った有朋と手に持った将生が出てくる。
有朋「ごめん、やっぱラーメン伸びちゃった」
将生「ったく。話が長いおたくはラーメン屋なんてやっちゃダメだろ」
有朋「でもまだ今日は早く切り上げられた方だし、じゃぁこれから俺んちで」
有朋が話しているところに、背後から「将生!」と呼ぶ声。
将生と有朋が振り返ると、そこには怒った顔の小宮山渚(22)が立っている。
有朋M「げ」
将生「渚じゃん。お前もラーメン食いに来たの?」
渚「違うわよ。ハイドンにオペラは無いしこんな店興味ないわ。私はこの上にあるフランス語教室に通ってるのよ」
将生「へー、さっすが歌科のプリマドンナは勉強熱心だな」
渚「そんな事より私に言う事あるでしょ」
将生「渚に言う事?……何かあったっけ?」
渚「とぼけないでよ。昨日の事よ、夜中に追い出すなんてひどいじゃない!」
将生「あぁ、あれは渚が勝手に帰ったんだろ。俺は帰れなんて言ってない」
渚「はぁ!? それ本気で言ってるの!?」
渚、怒り顔で将生に近づいてくる。
将生、その迫力にビルの壁まで押され、バイオリンケースがひっかかり足元に置くと、渚がそのケースを取り、手だけ有朋の方へ向ける。
有朋は慌ててそのバイオリンケースを受け取ると、両手で抱えながら数歩下がる。
将生「お気遣い感謝します」
渚「バイオリンに対しての感謝は言えても、私への謝罪はない訳!? バカにするのもいい加減にしてよ!」
将生「だから何で怒ってるんだよ。途中でやめたからか? だったらまた来ればいいだろ。別に回数制限がある訳じゃないんだから」
渚「バッカじゃないの!? 二度と行かないわよ、この変態!!」
渚、将生に怒鳴るとビルの奥に入って行く。
有朋「……大丈夫?」
将生「何だよ変態って、全く」
有朋「いや、そこじゃなくない? さすがに今のはまずいよ」
将生「何がだよ。有朋まで渚の味方なのか」
有朋「そういうつもりじゃないけどさ、言い方とかあるじゃん」
将生「あーもうシンドイって。ほら、もう一軒行くぞ」
将生、有朋からバイオリンケースを受け取ると背負う。
有朋「もう1軒!? だって今から撮影でしょ」
将生「そんな気分じゃないし、撮影は明日な。ここから近いしトゥッティ行くぞ」
有朋「えー、それガチ飲みじゃん。じゃぁ将生一人で行きなよ。動画は自分で撮るからもういいよ」
将生「ダメだ。渚のに見方した刑でお前も連行だ」
有朋「何でだよ、そんなの冤罪だろ、俺は無罪だ」

○トゥッティ
店内にグランドピアノがあるおしゃれなBAR。
カウンターで将生がビール、有朋はコーラを飲みながらマスター(40)と話している。
マスター「それはお前が100パー悪い」
将生「ひでー。マスターもホルン弾きなんだから分かってくれると思ったのに。俺ばっか悪者扱い」
マスター「そうじゃない。女性に尽くさず途中で勝手に止めた事に呆れてるんだ、このバカチンが」
将生「仕方ないじゃん。セックスより音楽の方が気持ち良い時があるんだよ。なぁ有朋」
有朋「……知らない」
将生「まだ拗ねてるのかよ」
有朋「拗ねてるんじゃなくて、冤罪に苦しんでるんだよ」
将生「じゃぁ酒飲んで忘れろよ。ほらメニュー」
有朋「いい。これ飲んだら帰るから俺は見ない」
有朋と将生がメニューでワチャワチャしている姿を見て、マスターは呆れ顔。
マスター「全く。もう3年の秋なのに卒業後の進路は考えてるのか。呑気にかまえてると行くとこなくて親が泣くぞ」
将生「大丈夫だって。ちゃんと卒業後の事は考えてるから」
マスター「そうなのか」
将生「俺たち音楽の道に進むって決めてるから。なぁ有朋」
有朋「ええと、うん、まぁ、出来たら希望ではありますけど」
将生「何だよその言い方。こういう事はドーンと宣言しといた方がいいんだよ」
するとマスターが未開封のワインボトルを2人の前に置く。
マスター「じゃぁ景気づけに仕事のオファーだ。良かったら1曲ずつ弾いてくれないか。ギャラは出来栄え次第でこのワインか現金1000円」
有朋と将生、手元にあるメニューでそのワインの価格を見ると1万円の表示で驚く。
有朋「いやいやいや、こんな高級なワイン頂けません」
将生「やるやる、やります!」
有朋「えぇぇ!?」
将生「こんな高いワイン、今の俺らじゃ飲めないだろ。いいか、本気出して行くぞ」
有朋「じゃぁ将生が2曲弾きなよ。俺は飲まなくていいから弾かない」
将生、マスターの顔をチラっと見ると、マスターは首を振り、両手でピースサイン。(2人で2曲の意味)
将生「ダメだ。これは俺達2人への依頼だ。有朋、有難く受けろ」
有朋「もちろん気持ちは嬉しいけど、1000円になってもそれはそれでヤダし」
将生「当たり前だろ。ワイン一択だ」
将生、席の後に置いてある有朋のバイオリンケースからバイオリンを取り出すと、有朋を連れて歩き出す。
有朋「将生?」
グランドピアノの横に着くと将生は有朋にバイオリンを渡し、ピアノのフタを開けてラの鍵盤を叩く。
将生「有朋なら大丈夫だって。ほら構えてチューニング」
客の視線が集まり、とまどう有朋。
将生「俺は有朋みたいに即興でピアノ伴奏ができないからごめんだけど、有朋なら無伴奏で弾けるレパートリーいくつもあるだろ。それをぶちかませ。俺も無伴奏で弾くから」
有朋「そんな簡単に言うけど」
将生、鍵盤を叩き続ける。
将生「ほら。ほらほら。ほらほらほら」
有朋、客の視線を感じ、諦めモード。
有朋「将生は何を弾くんだよ」
将生「俺はお前の曲を聴いてから考える」
有朋「まじか」
有朋、しかたなく意を決してバイオリンを構え調弦を始める。
有朋M「俺のレパートリーで何がある? 短かすぎず長すぎず、メロディで聴いてもらえてこの場に合いそうな曲。俺の音色ならバッハよりも、モーツァルト、サティ、ショパン、……そうだショパン」
有朋、将生に向かって小さくうなづく。
将生、有朋の肩をポンと叩くとカウンターに戻り、スマホで動画撮影を始める。
有朋、一礼すると、改めてバイオリンを構え、演奏を始める。
【曲:ショパン / ノクターン第2番 Op.9】
将生M「ノクターン! いいじゃん有朋!」
客たちもマスターも、有朋の演奏を聴いている。
   ×   ×   ×
演奏が終り、汗だくの有朋が一礼する。
有朋M「どうだった、大丈夫だったか俺のバイオリン。演奏も選曲も無難すぎたかな、……怖い、反応が」
すると客席から拍手。有朋は恐る恐る頭を上げてホっとする。そして小さな会釈を繰り返しながらカウンターへ戻ると、バイオリンを持った将生が待っている。
将生「お疲れさん。良い演奏だったぜ」
有朋「緊張したぁ。将生も頑張って」
将生が弓を持った右手の拳を出すと、有朋も弓を持った右手の拳を合わせる。
将生「俺の演奏中に帰るなよ」
そう言うと将生はグランドピアノの横に行き、自分で鍵盤のラを叩きながら調弦し、終ると小さく微笑んで一礼。
その姿に女性客たちは見惚れてしまう。
有朋はマスターからもらったおしぼりで汗を拭きながら将生を見ている。
バイオリンを構えた将生、顔つきが変わり、弾き始める。
【曲:サンサーンス / 死の舞踏】
有朋M「死の舞踏!? 今度はバイオリンで!?」
演奏が始まったとたん、店内の空気が一変し、将生の演奏に客たちが釘付けになる。
有朋も、演奏する将生の姿に引き込まれる。
有朋M「すごい、すごいよ将生。ところどころ楽譜と違うけど、そんな事気にしていられないくらい引き込まれる。なんて表現力なんだ」
マスター、将生から預かったスマホで撮影をしている。
   ×   ×   ×
演奏が終ると、客席から大きな拍手。
将生は笑顔であちこちに会釈。
有朋も笑顔で大きな拍手をしていたが、だんだん笑顔がなくなる。
有朋M「明らかに俺の時とお客さんの反応が違う。これが大学の中と外の違い、……俺と将生のバイオリンのリアルか」
将生がカウンターに戻ってくる。
将生「どうだった? 俺の演奏」
有朋「あ、うん。すごくカッコ良くて、将生らしくて最高の演奏だったよ」
将生「そうか! 俺も最高に気持ち良かった」
将生もマスターからおしぼりを受け取り汗を拭く。
将生「ありがとうマスター。ちゃんと撮れた?」
マスター「あぁバッチリだ。2人とも素晴らしい演奏だったよ。ありがとう」
マスター、将生にスマホを渡す。
将生「有朋の動画もバッチリ押さえたから、後で見ような」
有朋「え」
マスターがワイングラスを2人の前に置き、ワインをつぐ。
マスター「さぁ飲め、お疲れさん」
将生「やった、ワインだ! 良かったな有朋1000円じゃなくて。これは俺ら2人の初めての依頼公演の記念すべき初ギャラ、特別なワインだ。さぁ飲もうぜ、乾杯!」
有朋「乾杯」
将生と有朋、ワインを一口飲む。
将生「ウマい! やっぱ全然口当たりが違うな」
有朋「うん、そうだね」
少し浮かない顔の有朋だが、将生は気にせずスマホを立てて動画を再生しようとする。
将生「じゃぁまずは有朋のショパンからな。有朋がしっとりで来たから俺は激しめの曲にしたんだ。死の舞踏は練習したばっかだからちょうど良かったし」
有朋の映像が流れ始める。
将生「これで肘も見てみろよ、ちなみに俺は気にならなかったけどな」
有朋、自分の映像を見て心臓が大きくドクンとする。
有朋「将生ごめん。……何だか気分悪くて……先に帰ってもいいかな」
将生「え、大丈夫か。じゃぁ俺も一緒に帰るよ」
そこに女性客2名が将生に話しかけてくる。
女性客「あのーすいません。さっきのバイオリン素敵でした。少しお話いいですか」
将生「あ、あぁ、ありがとう。悪いんけど、俺達もう」
有朋はテーブルに2000円を置くと、バイオリンケースを背負う。
有朋「将生はゆっくりしてきなよ。マスター、今日はありがとございました」
将生「え、おい、有朋」

店の入り口で、マスターは有朋に2000円とペットボトルの水を渡す。
マスター「金はいいから、シンドかったらタクシー乗って帰るんだぞ。良かったらまたいつでも弾いてくれ」
有朋「……ありがとうございます。すいません、失礼します」
有朋、店を出て行く。

○市街地の道路
辛そうな顔で歩く有朋、歩道のポールに腰を掛けてペットボトルの水を飲む。
有朋「さっきの俺、感じ悪かったよな。あの人達、ちゃんと将生と話せたかな」
するとスマホに着信音が鳴り、見ると将生からメッセージ。
将生メッセージ「大丈夫か? 無理させたみたいでごめんな」「俺も今から帰るから何かあればすぐ連絡しろよ」
有朋「げ、やっぱり」
将生メッセージ「ワインはキープしてもらったから今度飲もう」
有朋「将生」
次に、有朋と将生の、それぞれの演奏動画が届く。
有朋の心臓がまた大きくドクンとし、指が動かず再生できない。
有朋は将生の「俺たち音楽の道に進むに決まってるじゃん」という言葉を思い出し、空を見上げ大きく一息つく。
有朋「俺と将生のバイオリンのタイプが違うのは、1年の初めて会った時から分かっていたじゃないか。なのに、なんで今こんなに苦しいんだ」
有朋、左手の指を見る。
有朋「もし俺の左指に将生の指がついてたら」
有朋、苦笑いしながら首を振る。
有朋「そんなありえない事考えてどうするんだ」
スマホをバッグにしまうと、立ち上がり歩き出す。
有朋「なんか疲れちゃったな。返事もしないといけないんだけど、それよりもゆっくりお風呂に入りたい。既読スルーでごめん、将生」

■第2話
アンサンブル・ノート②|そうじゅさら (note.com)
■第3話
アンサンブル・ノート③|そうじゅさら (note.com)



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