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プロダクト解体新書 - Clubhouseの栄光と失墜


彗星の如く現れ、消えていったClubhouse

かつては1億人のユーザーを抱え、40億ドル(≒ 5600億円)の評価額をつけ、シリコンバレーのトップVC、Andreesen Horowitz (a16z)の大胆な賭けを受けたClubhouse(以下CHと略)。これらすべては、CHの立ち上げからわずか1年で実現した。しかし、今CHのアプリを手元に残している人がどれだけいるだろうか?なぜa16zのソーシャルオーディオへの大胆な賭けが失敗したのか、そこからみなさんのプロダクト作りに生かすために何を学ぶことができるのかを考察してみよう。

この記事はYelp社でPMをされているSiddharth Aroraさんの許可を得て、投稿の翻訳とそこに私独自の視点も加えています。

まずはプロダクトの基礎情報

まず基本から。Clubhouseとは何か?

  • 「音声のみ」のソーシャルネットワーク

  • ユーザーがライブ会話に参加できる。

  • または新しい音声会話を作成できる。

  • 会話はどんなトピックでも構わない。

初めは勢いに乗った

クローズドなベータテスト時代からシリコンバレーではまことしやかに話題になっており、「大人の隠れ家」的な存在で密かに注目を集めていた。一般公開となってから一気に成長軌道にのったわけだが、どのように見えたかというと、

  • 2020年4月にローンチ

  • 2021年

    • 1月のユーザー数: 200万人

    • 2月のユーザー数: 1000万人

    • 3月のユーザー数: 1億人

    • 4月に40億ドルの評価額をつける

2021/2022年当時、Meta(FB、IG、WhatsApp)の牙城を前に、ソーシャルメディアの変革を誰もが心の中で願っていた。世界はMetaのプライバシー情報の扱いやSNSの持つ功罪に振り回されることに疲れていた。コロナによる"ステイホーム"な時代の中で、この倦怠感が加速したのだ。そこで現れたCHの新奇性は、この絶対王者をついに打倒するのではないか?との期待が渦巻いた。少なくともCHデビュー当時、その勢いは期待が現実になる予感を抱かせてくれるレベルだ。そして、投資家たちは大金を投入し始める。

Clubhouseはどのように急速に成長したのか?

初期の成長の要因をまとめると以下のようになる。

  1. 既存の選択肢(Twitter、Facebook)に飽きたユーザーが世界中にいた。

  2. そこに「招待制の音声専用のソーシャルネットワークプロダクト」という新奇さがNovelty Effect(新しいものは注目を浴びやすい心理)を誘発した。

  3. ニッチを攻めた(最初はiOSのみ)

  4. 最初は招待制にこだわったことで初期ユーザーの興味関心が増幅した。

  5. パンデミックの中で人々は交流を求めていた。皆が在宅勤務であり、学び続ける方法を探していた

  6. Top VCの関心や投資

  7. 早期に有名人を獲得できた。 CHのフォロワー順位の上位を見ると、

    1. Rohan Seth: CTO, Co-founder at Clubhouse

    2. Paul Davison: CEO at Clubhouse

    3. Tiffany Haddish: ハリウッドのセレブ女優

    4. Felicia Horowitz: a16zのトップ、Ben Horowitzの妻

    5. Marc Andreesen: Ben Horowitzと双璧をなすa16zのトップ

その他俳優、ミュージシャン、CNNのTVコメンテーター等、USでは「有名人」が続く。

こうして「次のソーシャルメディアの変革者」のポジショニングを築いていった。「Clubhouse」のトレンド検索を見るとこんな感じだ。

そして訪れた壁

しかし、CHはその後失速した。輝かしいデビューの勢いを次に繋げることができず、衰退につながる。その理由として以下10個あげることができる。

  1. スケールと競争
    プロダクトが急速なスケールに追いつけなかった。CHが波に乗ってから、MetaはライブオーディオルームとTwitter Spacesが比較的早くローンチしてしまった。両者はもともと大規模なユーザーベースを持っていたこともあり、ユーザーを外に流すことなく新しい音声SNS形式の導入に成功した。

  2. 収益化
    CHは収益化に苦戦した。投げ銭や有料イベントなどの機能を導入したが、プラットフォームの持続可能な収益モデルが欠けていた。その結果、SNSにとって不可欠なインフルエンサーやクリエイターを惹きつけたり、とどめたりするのが難しかった。VCから集めたお金でインセンティブを与える以外に方法がなかったのだ。

  3. コンテンツのモデレーション
    CHはコンテンツとユーザーの安全性をモデレートするための戦略を持っていなかった。プラットフォームが成長するにつれ、ハラスメント、ヘイトスピーチ、誤情報の事例も増加した。これにより、モデレーションツールとポリシーの不足が浮き彫りになった。MAUベースで1億人ともなると、ある種国家の人口レベルのユーザー規模になる。警察がなければ国や社会の秩序が保たれないように、規模感あるユーザーベースになるとモデレーションは必須だ。

  4. アクセシビリティの課題
    CHは音声のみであり、聴覚障害者がプラットフォームを使用するのが難しかった。

  5. データとプライバシーの課題
    CHは優れたプライバシー保護の方法を持ち合わせていなかった。ユーザーの音声録音の保存などについて批判が続いた。

  6. ユーザーの継続性
    初期の成功と急速な成長にも関わらず、CHは長期間にわたってユーザーを維持するのに苦労した。ユーザーの興味が失われ、利用が減少し、最終的には衰退に拍車をかけた。

  7. グローバル展開の課題
    CHは言語の壁や文化の違いを甘く見たのかグローバル展開を適切に行えなかった。例えば支払い機能は北米のみで対応。アジアやアフリカでローンチした際、クリエイターは支払いを受け取る手段がなく、CHを利用するモチベーションを失った。

  8. 変化する世界とユーザーのニーズ
    世界は再びオフラインに戻り、ワクチンがパンデミックを終えることに成功した。ソーシャルオーディオは"Must have"から"Nice to have"に変わってしまったのだ。他のSNSプラットフォームはよりシームレスに統合された優れた機能を提供しており、CHはもはや追いつけなかった。以前のブログで書いたとおり、「再現性」の名の元に初期の成功を再現して成功しようとするのには無理がある。再現しようと思った頃には世界もユーザーも変わっているのだ。

9.独占性・優越感の欠如
CHは招待制のプラットフォームとして始まった。これにより、ハイプと初期の成長を生みだした。しかし一般公開されると独占性が低下し優越感が薄れてしまい、多くの人々の関心を失ってしまった。「尖り」がなくなってしまったのだ。

10.プラットフォームの制約
CHがAndroid版をローンチした時点には、熱狂と関心は既に下火になっていた。Androidユーザーの多くは既存のSNSからCHへの移行はしなかった。移行してもらうだけの強い魅力がもはやなかった。

失敗から学ぶ

プロダクトマネージャーとしては、自らがリードした機能や体験は末永くユーザーに使ってもらいたいし、しっかりと収益を上げてほしいと願うのは当たり前。打ち上げ花火で終わってしまう姿を見たくはない。このCHの事例から何を学べるかまとめてみよう。

  1. ユーザーの声に耳を傾ける(うちのCEOがこう言うから、で作るのはハイリスクを伴う)
    CHはパワーユーザーだけでなく、通常のアクティブユーザーのフィードバックでさえも重点を置いていなかった。リリースする機能には不可解なものが多く、ユーザーを混乱させ失望させた。パンデミック後、ユーザーが何を望んでいるのかを知ろうとせず、ポストコロナに向けてイノベーションを行うことに失敗した。他のSNS大手はこれをうまく行っていた。

  2. マクロ経済要因を考慮する
    CHは世界の変化(ロックダウンや在宅勤務の終了、人々の外出)に対して迅速に適応できなかった。

  3. 他社に真似されにくい差別化要因を築く
    最初の音声専用SNSプラットフォーム以外に、CHは独自の価値を持っていなかった。また、彼らが重点を置いたコンテンツも他のプラットフォーム(Twitter、Reddit、FBなど)で利用可能になってしまった。

  4. 長期的なビジョンと戦略を持つ
    後になって振り返ると、CHには長期的なビジョンがなかったように見える。急速な資金調達を実現しても、ビジョンやプロダクト戦略の詰めの甘さによってその効果を薄める結果になった。

  5. 持続可能なビジネスモデルを持つ
    CHには明確で持続可能な収益化計画がなかった。それがなければ、長くビジネスを続けることはできないのは明らか。初期のハイプから持続的な成長に移行するために、PLGとしての動きの確立を急ぐべきだった。

  6. ユーザーが継続してくれる要素を見つけ、そこを磨く仮説検証を怠らない
    CHは一時のハイプと有名人の力に焦点を当てるばかりで、オーガニックチャネル(広告等によって人を集めるのではなく、自然とユーザーが集まってくること)の成長を促す仮説検証を十分に行わなかった。CHはユーザーがどのようにプロダクトを使っているかデータを集めていたはずだが、そのデータの解釈のしかたや仮説のたて方にかなりバイアスがかかっていたのかもしれない。

まとめ

今回「プロダクト解体新書」というテーマでリアルプロダクトを掘り下げる形で書いてみました。皆さんの反応が良ければシリーズ化予定です。もし、「このプロダクトについても噛み砕いてほしい」というのがあればぜひ教えて下さい!私のTwitterか、こちらのアンケートサイトよりご意見を受けつけています。

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