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忘れてゆくことに抗うあの人は

奪われる時は、突然やってくる。大事なもの。日々の糧。それがあればなんとかなると、すがって生きているもの。そういうものが奪われる時。

「ほんと申し訳ないんだけど」

昨日、セッション後に鼻歌混じりで楽器を片付けていると、突然そう切り出された。今まで週一回だった音楽療法のグループセッションを、月一回にしなければならなくなったという。しかもいきなり来月から。すったもんだの果てに予算が降りなかったらしい。

真っ先に、ジョンのことを思い出した。

仕事先の一つ、高齢者保健施設のデイサービスに通ってくる人の多くは、認知症を抱えている。

認知症は、人の日常と「その人らしさ」を少しずつ奪ってゆくものだ。「今ここ」に集中することが難しくなり、言われたことを理解することも、日常の行動を普通にこなすことも、できなくなってくる。

知らないうちに大事なことを忘れてゆく自分に苛立ち、自分自身をコントロールできなくなっていくことを恐れ、自分でなくなってゆく自分に絶望する。そういう感情の揺れや体調の変化が、悲しくも認知力や理解力を左右し、ますます混乱する。

止めることのできない、そして出口のない戦いだ。

そんな中、音楽は特別な力で、「これが自分」だという場所にもう一度、人を立たせてくれることがある。

認知症がかなり進み、言葉を発することも周囲に反応することもなくなった人が、昔聞いた歌に顔を上げ、大きな声でそらんじて歌い、歌った直後にイキイキと喋る。それはYouTube の中だけの話ではなく、実際の現場で起こっていることだ。脳神経科学の観点から、それがなぜ可能なのかも少しずつ説明できるようになってきた。

残念ながら、その効果は一回やれば永遠に得られるようなものではないし、適当な音楽をただ聴かせ続ければいいというものでもない。音楽の持つ特性を生かし、音楽を戦略的に用いながら、一人一人の持っている「生きる力」に働きかけるよう、正しい知識と経験を持った人が直接関わっていく必要がある。

そこに音楽療法士ができることがある。いや、音楽療法士だからこそできることがまだまだたくさんある。そういう実感が、高齢者ケアの現場にはある。

実はこの後、ジョンの話を一回書いてみた。あるセッションの中で、彼の命が息を吹き返したように感じられた瞬間のことを。そして書いてから気づいた。これは外に出せないのだということに。

音楽療法士には守秘義務がある。セッションの中での詳細は、本人の了承が得られていなければ、外には出せない。本人にそういう判断が委ねられない場合(例えば子供や認知症の方、障害を抱える方など)は、ご家族の了承がいる。そして、施設の了承もいる。もちろん、みな文書上での合意だ。

なるほど。それで音楽療法士の仕事は、ほとんど世に知られていないんだな、と今更ながら気がついた。たぶんテレビドラマか小説にでもならない限り、音楽療法士が何をやっているのかは謎のままなのだろう。

そういう制約の中で、音楽療法や音楽療法士をもっと身近に感じてもらうために、何ができるのかな。

とりあえず私は、それでも音楽療法士として「書けること」の最大限を書き続けてみようと思う。音楽療法士って、なんか面白そうな人達だな、と思ってくれる人が一人でもいれば、それだけでもありがたい。

というわけで、書ける範囲で、もう一度ジョンの話を書いてみる(ジョンはもちろん仮名だ)。

ジョンは、中等度の認知症を抱える人のためのグループに通ってくる一人だ。自分から大事なものを奪っていくアルツハイマーを、心底憎んでいる。

その気持ちを、ある日、グループでの即興にぶつけた。誰もが共感できる心情だったせいか、高齢者のグループには珍しく、勢いのある即興になった。

そしてその、たかだか3分の間に、たぶん何かが起こったのだ。即興が終わったら、赤ら顔で満面の笑みのジョンがそこにいた。今まで彼の笑顔を見たことがなかったことに、初めて気がついた。

ジャンベを叩くこと、みんなで音楽を作ること、うねるビート感…  即興の中の何が彼にヒットしたのかは、その時にはわからなかった。彼が、日常の風景にいつも太鼓がある、とある地域からの移民だと、後で知った。

70年経ってからでも、だ。ジョンは、自分の中にずっと蓄えてあって、本人すら忘れかけていたような、生きる火種を燃やしてくれる資源に、なんとかまたつながることができたのだ。そしてそれが認知症に苦しむ今、生きる力に直結した。

それ以来、彼は毎週必ずジャンベを叩いている。金曜が来るのをずっと楽しみにしている事。セッションの話をする時、別人のように目が輝く事。そんな事を、彼の家族から聞いたばかりだった。

生きているという実感が、一瞬でもセッションの中にあり、その一瞬を思うことが彼を輝かせるのなら。セッションを奪うことは、彼から「生きる希望」を奪うに等しい。

これ以上、奪わないでほしい。
もうすでに、十分過ぎるほど、奪われているのだから。

即興の後にいつも、ジョンがリクエストする曲。
Nina Simone “Feeling Good”。



(プライバシー保護のため、出てくる方の名前は仮名です。内容の詳細も少しずつ現実とは変えてあります)


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けるぼん/音楽療法士 -心と体は音楽でつくる-
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