あなたは妻子持ちで、すべてを隠しとおす男よ
「妻が帰ってくる。そして、あなたは嘘をつく」シングルマザーのサンドラは、
不倫相手で、元夫の友人クレマンに毒づく。
「夜、君を家まで送っていって、君の涙をふいた男だよ」と、クレマンも負けてはいない。
この映画は、多くの日本人にとっては、目からウロコの映画かも知れない。
フランス流・愛の解釈がある。
結婚は二人の人生を縛るものではない。不倫も自由な愛の形として認めている。
だから「One Fine Morning(ある素晴らしい朝)」というタイトルが付き、略奪愛をハッピーエンドで描いている。
監督ミア・ハンセン=ラブの自叙伝を映画化「それでも私は生きていく(One Fine Morning(2022)」フランス&ドイツ合作。邦題は、認知症の父を介護する主人公の苦労に焦点を合わせ、日本人の倫理観を刺激しない配慮をしている。
夫と死別したサンドラは、同時通訳で働きながら、二人の面倒を見ている。
(公営の期限つき)養護施設を転々としている、アルツハイマー病の父の見舞い。
そして、成長痛の娘の小学校への送迎も、シングルマザーの役目になる。
二人の世話に没頭し「私の人生の恋愛時間は、終わったような気がする」と
サンドラが弱音を吐くと、クレマンが励ました。
二人は、クレマンの妻に気づかれないように、こっそり会っていた。
しかし、サンドラは、クレマンが、遠くないタイミングで離婚してくれるものと
思い、急がせず待っていた。いまの逢うせを、やがてくる事実婚の予行演習のような感じで、サンドラは捉えていた。
ところが、宇宙化学者のクレマンには、別れをうまく切り出す才気がなかった。
妻に「ある女性を愛してしまった」と、やにわに告白する。
当然、妻は怒り、彼は家を出る。サンドラの家に転がり込み、同居を始める。
でも、数日後、「妻や息子を苦しめことは、僕にはできない」とクレマン。
「私は、遊びじゃなかった」サンドラの言葉を、クレマンは背中で聞いた。
サンドラは、クレマンを忘れ、施設から帰ることのない父の家を整理し始めた。
哲学者の父の蔵書を、教え子に引き取ってもらった。サンドラは、書棚で、本人よりも、父親を感じた。
書棚が本人の肖像になった。
父が遠ざかっていって、サンドラは寂しくなった。
ある日、クレマンから「君なしじゃ苦しい」とメッセージがきた。
サンドラは「愛してる」とリターンした。
パスワードは、愛だった。
サンドラが聞く「いまも、寝室は一緒なの?」
「夫婦だから」とクレマンは答える。
「愛人でいるのは、もう耐えられない」
「終わりにする」
「わたしを捨てるの?」
「妻と別れる」とクレマンはきっぱり答えた。
離婚してクレマンは、サンドラと娘のところへ戻ってきた。
素晴らしい朝だった。
⭐️⭐️⭐️⭐️
父親への消えていく愛と、男との間に生まれてくる愛が交錯して物語が進行する。
そして、略奪愛が爽やかなハッピーエンドを迎える初めての映画。
愛は自由だ、とあらためて教えられた。
・日本の女性の鑑賞者の感想に「介護の問題かと思ったら、不倫の描写が生々しくて、不愉快だった」とあった。邦題が誤解を与えたケースだと思われる。
・独身女性が、妻帯者を愛したことは、大人の問題。問題は、既婚者二人が解決すればいいことで、女性が非難されることではない。愛は自由だ。
・日米欧の離婚比率が特に高いカップルは、勤務時間が不規則なサービス業従事者に多い(日本では看護師、介護士など、欧米ではデジタル技術者、バーテンダー、航空CAなど)。映画の二人は、高収入の専門職であり、離婚率が2番目に多い職種だった。
・哲学教師の父親が綴った日誌には、ベンソン症候群(アルツハイマー)の症状が記されていた「変形ー退化ー劣化の道を歩んでいる。私に何が起きているのか。こんなことがいつ終わるのか、これから始まるのかわからない」
・娘が、父親が好きだったシューベルトのCDをかけてやると「この曲は暗すぎる」と拒絶し、音楽の記憶もなくなる。
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