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恋する素晴らしさを思い出す歳になった人へ

映画は、他人の人生を勝手に見せて、あなたならどうします?と問いかける
建て付けになっています。

ここにブラジル映画があります。「Ernesto's eysエルネストの眼(2019)邦題「ぶあいそうな手紙」は、ブラジルとウルグアイの映画祭で、批評家賞や最優秀男優賞を獲得しています。

英題の”エルネストの眼”の方が、エスプリが効いている©︎movies.yahoo.co.jp

78才の独居老人、エルネスト。彼が、自称23才の女性、ビアと同居します。

ビアは、ホームレス。悪い男に引っかかっています。その男のために、テーブルに置いてあるお金などを盗みます。しかも家に自由に入れるよう、合鍵を勝手に作ります。

エルネストも気づいていて、お金をわざと見えるところに置いて、外出。彼女をテストします。今度盗んだら、追い出してやろうと思っていますが、彼女は前に盗んだお金をもとに戻したりして、尻尾を出さない。

そもそもこんなことまでして、どうしてビアを同居させたのか。

手紙を代筆させる人間が必要だった。

この手紙が、あなたを見つけますように」という頼りなげな一文から
始まる手紙に端を発している。

78歳のエルネストにとって、65年間会っていなかった女友達からの便りだった。

彼女の夫であり、彼の親友が、亡くなったという訃報だった。わざわざ知らせてくれたんだから返事を出さなければと思った。

ところが、78歳には問題があった。

文字はおぼろげに見えるだけで、白内障がずいぶんと悪化していた。ブラジルの
白内障の手術代は、片目で$1,000〜$3,000(15万円〜30万円)。年金生活者にとって、息子に頼らず、出せる額ではなかった。

そんなときに、飼い犬の散歩バイトをしていた彼女に街で出会う。

ビアと遭遇するエルネスト

友人にプライバシーを知られたくない。こういうことは、他人の方がいいと思っていた。話していると、彼が苦手なスペイン語もできるらしく、雇うことにした。

代筆は、口述筆記から始まった。しかし「それならこう書いた方がいい」と、
ビアに直され、ぶあいそうな手紙が、相手を深慮した、とてもいい手紙になって
いった。

ビアは、長い間、ホームレスを続けてきた。まわりの人々の表情を読み取って生きてきた彼女の生存本能が、こんなところで、とても役に立った。

ビアは、”エルネストの眼”になった

彼女には、街が広場であり交友の場でもある。彼女が参加している詩の朗読会に
誘われて、エルネストは顔を出した。

そこで、エルネストは、母国ウルグアイのベネディティの詩を暗誦した。

”なぜ、歌うのか?
地平線のごとく遠いところ
そこに木々と空があったなら
毎夜、不在の悲しみで
毎朝、別れが来るなら

あなたは歌うだろう
生者とすべての死者が我々の歌を望むから
歌うのは人を信じ
敗北を克服するから
歌うのは叫びや号泣や口論では足りないから
だから誰も許さない
歌が灰になることを”

エルネストの暗誦は、喝采を受けた。ビアは、彼を誇らしく思った。

「太陽や夜のように一緒にいることが自然だったのに、夫はいなくなった。歳をとることは、冗談や沈黙の不在まで、分かり合える人を失うことで寂しい」と、彼女の手紙にあった。

エルネストは、ベネディティの詩のような言葉を返した。
「老いと共に、皮膚は年々硬くなり
死はより一層甘美になる。
夜になると安堵し、
心は次第におだやかになって
初めて独りだと感じた。
死の決定的な勝利が、
孤独なのかもしれない」


彼女の2通目では「結婚は、俗物的な形式で、本能を規制するものだと思っていた。二人とも結婚して、子供を持った。あの情熱と反抗心を、どこに置いてきたの?」と、彼女は言い、予想しなかったことを吐露した。

「恋する素晴らしさを思い出した」

ビアは、エルネストに言った「これは、あなたへのラブレターよ」。

エルネストは答えた
「愛していると言えたことがなかった。
感じていても言い方がわからなかった。
抱擁もうまくできなかった。
そんな僕の人生から、あなたはいなくなった」

二人の交信は、連歌のようにつながった。
潜水した男の肺が、空気を吸い込むように、65年間の空白を一気に取り戻していった。


65年目の愛が、彼のドアをノックしたとき、不幸なことが隣家で起こった。

アパートの隣人で、チェスを楽しんだ親友の妻が、心臓発作で亡くなった。
最近、難聴がひどくなったので、テレビを大音響で聴いていた。妻の愚痴が聞こえなくなってよかったと話していたが「倒れたとき、俺を必死に呼んでいたと思う」と言って、うなだれた。床に涙がこぼれていた。

エルネストは、後でワインでも飲もうと思って、手で飲む仕草をしたが、
彼は、頭を横に振って
「娘の家に移り住もうと思う」
「俺がいるのに、引っ越すのか?」
「なに言ってんだ。耳の悪いのと、目の悪いのが助け合えるのか?」
「それにしても、なんの言葉もなく、去るのか?」
「別れの言葉は、女々しくていけないと言っていたのは、お前だよ」
俺も歳とって、女々しくなったんだよ
二人の男は抱き合った。

「同じ希望を生きて、同じ喪失感を抱く、同じ記憶を持った人のそばに行きたい」と、ビアに告げて、エルネストは、思い出の方向へ向かった。

キューピッドにさよならを言う


                                                                                                       <ムービージュークボックス28>





















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