「俺たちはずっと他人だった」と言う兄に会いにきた
弟はゲイだった。小さな町では家族まで迫害された。そんな家族から逃げた彼が、12年ぶりに帰ってくる。
しかも、有名な劇作家になって戻ってくる。兄や家族とって複雑だった。
弟がもたらす時間を、家族みんなが恐れていた。
「たかが世界の終わり(It's only the End of the World)2016」カナダ&フランス合作。カンヌ映画祭2016グランプリ受賞
弟、ルイは、とても大切な一言を家族に伝えるために、玄関の重いドアを開いた。
(ヴァンサン・カッセル演じる)兄は、家族での存在感を、弟に見せつけたいと思っていた。しかし、妹や義母は、そんなことに関わりたくなかった。有名な劇作家にいろいろ喋る。
無視された長男は「いつも俺の言うことを聞かない。お前らは最低だ」とキレた。
一方、義母はルイを部屋に引き入れて「これからは、あなたが、家を仕切りなさい。有名になったんだから当然よ」義母は存在感を示した。
タバコが切れたことを口実に、兄は、ルイを街に車で連れ出した。12年離れていた歳月は、共通の話題も削いでいた。ルイは、空港に着いた時のことを話し始めた「しばらくコーヒーを飲みながら、会うのを待ちわびていながら考えていた」。
この言葉が、兄の怒りに火をつけた
「なにが、待ちわびていただ。12年前の俺たちこそ、待ちわびていた存在だ。
お前は劇作家として、言葉巧みに家族から逃げた言い訳をしようとしているが、
今の俺たちにはどうでもいいことだ。
口数が少ない人間は、聞き上手だと思うな。巻き込まれたくないだけだ。
お前が、どうして戻ってきたのか想像もつかない。俺にはどうでもいいことだ」。
兄の言葉に、話そうと思っていたことが、バックミラーの景色のように一瞬で消滅した。そして、見返そうとしても意味のないことだと思った。
12年経っても、弟を許さない兄がいた。そして、弟が許さない兄がいた。
冒頭の映像に流れていた歌が、ルイの心象を描いていたことを知る:
深くえぐられた傷あと
血管もない
脳には廊下もない
横たわるひつぎもない
家は救いの港ではない
家は希望の港ではない
ルイは、「自分の死が近い」ことを家族に告げるためにやってきた道を、
無言で帰っていく。
⭐️⭐️⭐️⭐️
・この映画は、ゲイの子供がいたため、町の人々から理不尽な迫害を受けた
家族の後遺症を描いている点ではユニークだった。
12年前にゲイの弟は家を離れ、一家は引っ越し、過去は消し去ったはずだった。
弟が戻ってきて、家族がようやく一緒になると、心の傷跡が膿む。
そして、傷つけあう。でも、家族は、誰も悪くない。
持って行き場のない心傷だけが、あらわになった。
皮肉なことに、大切な命の問題が、家族の喧騒にかき消されてしまった。
アメリカ映画の典型の白黒つけるモデルではなく、
観衆の理性と感性にゆだねる欧州モデルの評価に、賛否が分かれた。
カンヌ映画祭でのグランプリ受賞に、会場は、拍手とブーイングになった。
一鑑賞者としては、欧州モデルに一票入れたい。
※ご高覧いただきありがとうございます。
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