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裁判員裁判:新岡山港覚醒剤密輸事件

(覚醒剤取締法違反を変更)訴因覚醒剤取締法違反、関税法違反
平成23年(わ)第644号

古い話ではあるがnoteに記録として残しておく。
写真は全て警備救難部 国際刑事課からお借りした。

事件をザックリと説明。
新岡山港に入港した貨物船の中国船員が、覚醒剤約3㎏(末端価格約2億4千万相当)を営利目的で、密輸しようとした事件である。
新岡山港を舞台にした覚醒剤密輸の摘発は初めてである。

今回、逮捕された被告は4人。

≪中国人船員密輸役≫
ユ・タオ(30)♂

マオ・ドンジェ(33)♂

≪中国人受け取り役≫
ワン・?(41)♀
ウ・ワンチン(43)♂

()は、裁判で裁かれた時の年齢。
ワンは、在日中国人であり日本名もあるが伏せておく。

今回、裁判員裁判で裁かれるのは、中国人船員密輸役のユとマオの2人である。
1つの裁判で、2人一緒に裁かれる。

カンボジア国籍の貨物船HAI XIN 6は、中国海門港(ハイメン)から岡山港に入港した。

最終的航路は香港の予定であった。

新岡山港に入港した、ユとマオは500gづつ小分けにしたビニール袋を直接、体に当て、それをガムテープで巻き付け下船。

覚醒剤2898.6g
1gを8万とし、末端価格
¥230.184.000‐

2人で巻き付けたという証拠として、使用したガムテープからは、ユとマオの指紋が検出され提出される。


下船した2人は自転車に乗り、携帯電話で通話をしながら、約1.2㌔離れた岡山市中区藤崎セブンイレブン東店の駐車場に移動する。
駐車場には、ウが覚醒剤を受け取るため車で待機していた。
2人はウの車に乗り込み、覚醒剤を渡そうとしたその時!!
15人の警察官が車を囲み、3人を現行犯逮捕したのである。

しかし、この時もう1人受け取り側に仲間がいた。
それが、唯一の女性ワンである。
ワンは、少し離れた場所から取引の様子を見ていた。
警察が3人を逮捕しているのを見て即逃走をはかる。
付き合っている人物を呼びつけ、横浜に逃走するが、神奈川県警が発見し呆気なく捕まる。
ワンの必死の逃走劇には、もう1つ理由がある。
というのもワンは、この4日前に他の裁判で、執行猶予の判決を受けたばかりだったのだ。
残念ながら、その内容は法廷では明らかにされていない。


今回、密輸事件の関係者としてワンは法廷に立たされる。

ワン
『私は覚醒剤とは知りませんでした。
執行猶予の判決を受けたばかりでそんな事しませんよ。
そんなの3歳の子でも分かりますよ!』
と、流暢な日本語で吐き捨てた。
なぜか自信満々のワンである。

そして密輸役の2人までもが、覚醒剤だとは知らなかったと否認する。
唯一、駐車場で待っていたウだけは『2人に運び料として50万支払う予定だった』と、サクッとゲロ。
1人25万の取分ではあるが、この2人には約6ヶ月分の給料に相当する。


無実を訴える2人に、検察官は通訳を通して問う。

検察官
『あなたは無実と言ってますが、体に巻き付けた物は、何だと思ったのですか?』


『お茶の袋に入っていたから、お茶だと思った』


お茶をわざわざ体に巻き付ける……
もっとマシな言い訳が無かったのだろうか
誰が聞いても、かなりキツい言い訳である


検察は、マオにも同じ質問をする。

マオ
『……氷砂糖だと思った』


なるほどぉ
報酬に25万円も貰える高品質の氷砂糖ねぇ……
て、なる訳ねぇーーだろ!!


おっと失礼


さて次は、今回なぜ現行犯逮捕できたかを少し触れておこう。
この本件から遡ること平成20年。
カンボジア船サンオナ号と、シンガポール船が接触しているところを海上保安庁が発見する。
海上保安庁は、この怪しい船に乗り込み入念に調べたところ、中国船員ソンとジャンニンの持ち物から覚醒剤5㎏を発見し押収したのである。

この事件から、背後にある密輸組織を根本的に潰す為、警察と税関の合同捜査プロジェクトが組まれることになる。
約3年間に渡り地道な捜査を続け、やっとの思いで今回の現行犯逮捕にこぎつけたのである。
まさに正義という名の執念である。

事件の糸口として、中国船員のソンとジャンニンの取調べから、ユの名前が浮上していた。
そして長い期間、ユを尾行し身辺調査していたのだ。
捜査の1つ、ユとワンの通話記録は104回あり、警察がその証拠を証言台で1つ1つ朗読する。

例えば
『1回目。○月○日○時○分、ユは熊本から横浜にいるワンに○分○秒会話をしました』
といった具合で、実に104回分の通話記録を丁寧に朗読するだ。

億単位の大捕物であり、ガッチガチに証拠を固め、被告たちを追い詰めていく。


通話記録104回分の朗読が始まる…………15分経過……


…………頼む
もう、船に乗ってくれ


グルグルと同じような内容に、堪えきれず傍聴席から撤収。
そろそろ終わったかいなと、また傍聴席に戻ってみる。

通話記録は終わっていたが、今度はユとマオが船からウの車に乗り込むまでの、警察がどのように尾行したかの説明が、スライドを交え始まっていた。
警察官15名。
ご丁重に1人づつの尾行ルートを説明する。


……で、出直します


やっと確信部分に近付いてきた頃、傍聴を再開する。

中国から出港する日に、ワンの仲間から紙袋に入った覚醒剤を渡され、ユが受け取る。

証拠として、実際に押収した約3キロの覚醒剤が披露された。
透明のジブロックに、1つにまとめられ中身が見える。
少し黄色で粉状の中に、所々に結晶が混ざっていた。


なるほど、不純物満載の質の悪い氷砂糖として、見えるちゃ~見える。


被告人:ユ タオ
中国山東省のマンションに住み、妻シュウ リン(31)と暮らす。
子供は2人(12歳の子供と生後100日の乳児)。
前科は、中国でも日本でも無い。
調理師見習いで23年8月1日から船に乗る。
1ヶ月の給料3200人民元。
預金40000~50000人民元。
※この当時、レートを調べた時は1人民元は12円程度。
検察側は、預金額からも長期に渡り、密輸を繰返していたことを指摘した。

ユの証言のまとめ。

覚醒剤だとは知らなかった。
お茶の包みだったので、中身はお茶だと思っていた。
船の物を外に持ち出すことは禁じられていたし、昔にお茶を同じように体に巻き付けて出たことがあるから、大丈夫だと思った。
そもそも、持ち出す為の正式な手続きを知らない。
大金も貰えるので深く考えず、頼まれた物を何度か運んだだけ。
自分は、本当に覚醒剤だとは知らなかった。
最初の取調べに協力的で無かったのは、家族をマフィアに殺されると思い嘘を付いてしまった。

被告人:マオ ドンジェ
中国河南省で父親(71)と2人暮らし。
前科は、中国でも日本でも無い。
回文学院に2年間行き、23年4月21日にコックとして船に乗る。
1ヶ月の給料3800人民元。
預金なし。


マオ証言のまとめ。

自分は荷物の事も、報酬のことも知らなかった。
ユが覚醒剤を自分の部屋(マオの1人部屋)の通風口に隠していたのも知らなかった。
ユが隠したという日は、餃子の包みを夜遅くまでしていたので、自分の留守の間に隠したと思う。
ユとは、たいして仲良くないが、ユが岡山で買い物に付き合って欲しいと言うので、店に行く予定で船を降りるつもりだった。
船を降りる少し前、用事を終わらせ自分の部屋に戻ると、ユが荷物を体に巻き付けていた。
上手く巻けないから手伝えと言われ手伝った。
荷物が多すぎて、1人では無理だとユが言い、訳が分からないまま自分の体にも巻きつけられた。
余りにも唐突すぎて、それが何か聞けなかった。
警察に捕まった時に、氷砂糖だと思っていた物が、覚醒剤だと聞かされ驚いた。

検察側は、お茶の包みに梱包されていたのに、なぜ氷砂糖だと思ったのか?
中身を見なければ、結晶事態わからないはずだと突っ込まれていた。


長い長い裁判を終え、いよいよ判決。

ユ タオに対し懲役10年、罰金500万円。
このうち勾留期間270日を算入する。
罰金が払えない場合は、労役場に入ってもらい1日金1万円として返済する。

それを通訳から聞いたとたん、ユは前のめりになって動かない。


マオ ドンジェに対し懲役9年、罰金500万円。
このうち勾留期間270日を算入する。
罰金が払えない場合は、労役場に入ってもらい1日金1万円として返済する。

マオは判決を理解すると、うつむき大泣きしだした。

2人の覚醒剤だとは知らなかったと言う主張は、全て却下された。

ちなみに、勾留期間の算入とは、刑期に服したことと同じ扱いにするというもの。
懲役日数から、その日にち分を引いてもらえる。
そして労役場とは、罰金が払えない受刑者が、刑務所内で勾留されながら働く所である。
通常、日当は1日5千円であるが、今回の1日1万は、かなりの破格値である。


余談事ではあるが、自分にはどうしても気にかかる疑問があった。
中国から覚醒剤を密輸してるという事は、強制送還後に中国の法律でも裁かれるのでは?という疑問である。
てな訳で、検察官に尋ねた。

検察官の回答
『さすがに中国の法律は知らないが、ここで無実を勝ち取らなきゃ、中国で裁かれた時に勝ち目は無いだろうね』
との事。
中国の薬物犯罪は日本と違い、非常に厳しい。
仮に2人が裁かれることになれば、間違いなく死刑である。

検察官からは自分の欲しい回答は得られず、ネットでもかなり調べたが分かず。
さすがに断念するしかなかった。
今現在でも、分からないままでいる。


いま思えばこの裁判は、かなり力がいるものだった。
通訳を挟み、やたらと時間をくう裁判でもあったし
聞きなれない中国の名前に加え、甲乙まで用いて( 甲:金を払う人、乙:金を貰う人)話が進むもんだから、脳の情報処理が追い付かず、訳が分からなくなること数回。
超ド級の御丁寧な説明で、ほぼ同じ話をグルグルと巡り、堪えきれず撤収したこと数回。
そんなこんなで、判決だけは押さえた自分を誉めていた。

法廷を出たり入ったりしていたのは何も自分だけでは無い。
合同捜査をした関係者も多く傍聴しており、数人は同じ用に出たり入ったりを繰返していた。
もれなく、報道陣もだ。
通路で顔を合わす度に、お互い苦笑いしたものだ。


このグダグダの長文に、お付き合いして下さった方、すんごく感謝いたします。

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