黄色の花2

【創作と仕事】堀合昇平「提案前夜」を読みたい(柴田葵)

つくりながら生きていくための同人『Qai(クヮイ)
同人4人が一つのテーマで毎月noteを更新しています。

7月のテーマは「創作と仕事」です。

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職業詠という言葉があるように「仕事」を題材とする短歌は多い。ただ、一口に「仕事」と言っても、例えば農家と医師とSEがそれぞれの仕事を歌にしたとき、果たしてそれらを「職業詠」と括ることにどれほどの意味があるのか、と疑問にも思う。

堀合昇平の第一歌集「提案前夜」(書肆侃侃房・新鋭短歌シリーズ)は、まさに「職業詠」の歌集である。作者プロフィールには「コンピューターメーカーにて営業職に従事」と書いてあり、歌集に収録されている短歌もどうやらそういった仕事をする人のものである。

語気あらくして進捗を問う声は近づいてくる時計回りに
もういない人の名前の記された内線表に触れる陽光

ストレスフルなオフィスに詰める日々がこれでもかと歌になっている。歌集を読み進めるうちに、まるでそのオフィスの一角に席を設けられてしまったような感覚になる。視点はひとりの男性に据えられ、彼と共に通勤し、叱責され、汗をかき、家に戻れば家族の姿も見える。
それらは震えるほどリアリティの感じられる体験だけれど、作者の現実体験とイコールかどうかは知らない。わからない。少なくとも私は「イコールだ」と確信して読むことはしない。

しかし、この歌集にふと過ぎる「怖さ」はなんだろう。

俺は別に英語が得意なわけではなくしかし「アグリーです」と答えた
「ナイス提案!」「ナイス提案!」うす闇に叫ぶわたしを妻が搖さぶる

これらの短歌はものすごく怖い。
カタカナの入る現代短歌はもはや珍しくないけれど、前述の二首の異様さは凄まじい。歌のなかでカタカナがガチガチの異物となって、その異物に支配されかけている人間を表している。まるでゾンビ映画のようだ。二首目を読んでから、歌集のタイトルが「提案前夜」であることを思い出してほしい。もう絶望しかない。

本当に「アグリーです」と言ったのか、本当に「ナイス提案!」と叫んだのか、作者の現実体験か否かどうでもよく、そういったことをぶっ飛ばして肝が冷える、本物の「怖さ」を生みだしている。読者はそこにある「怖さ」を現実に体験する。この歌集には、リアリティがあるだけではなく、リアルに怖さが「ある」のだ。

リアリティではなくリアルが「ある」とき、職業詠は職業詠を超えるような気がする、し、(職業詠に限らず)私がやりたいのはそれだ、と強く感じるのだ。

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