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誇りと冷静と躊躇と油断#2 奇妙なソウルの日曜日

 2000年から2001年にかけての1年半。この1年半、間違いなくぼくは一生分道を聞かれた。「駅はどこですか」「市場はどこですか」「このバスは◯◯へ行きますか」。こんな風にほぼ毎日のように韓国人に道を聞かれた。半分くらいは何とか答えることが出来て、半分くらいは「ごめんなさい、ぼく、外国人なのでよくワカリマセン」と頭を下げた。
 
 聞いてくるのはだいたい7:3の割合で女性、40代オーバーのおばちゃんたちである。彼女たちはぼくが日本人であることを知ると「なに!あなた日本人なの!韓国語上手じゃないの」と驚き、外国からやって来た、やせっぽちの男に母性本能をくすぐられたか「アイゴ―」と呻き「頑張りなさい」「食べなさい」チョコパイなどお菓子をくれた。

 やがて女性が乗換駅で去り、ぼくは手を振って見送り、一息ついて車内でもぐもぐと持て余したお菓子を食べていると、より地下鉄の車内に溶け込んで見えるようで、さらに別の女性が道を聞いてきて、ぼくは四苦八苦しながら答え、女性がアイゴーと呻きまたお菓子を貰う。おかげでソウル滞在中は甘いものに困らなかった。このままソウルでホストとして生きて行こうか。一瞬そう血迷うほどに。

「愛の不時着」でも韓国に入国したリ・ジョンヒョクの部下は、少し誇らしげに言う。「街で道を聞かれた」と。つまり、すっかり俺もソウルに浸透した、俺もソウルっ子だと言いたいわけだ。

 だが、それは違う。スマホの地図アプリが充実しても、2020年のソウルでも韓国人たちは道を聞いているに違いない。ひどかったのは栄州を訪れた時のこと。汽車を降りスーツケースに臀部を乗せ「地球の歩き方」を開き「これからどこに行こうか」と旅の始まりに浸るぼくに「市場はどこですか」と聞いてきた女性がいた。さすがにズッコケた。たぶん、彼らは道を聞くことに何ら躊躇しない。相手を選ばない。もっと言うなら何も考えていない。

 ある日ソウルの片隅の小汚い食堂で、ぼくは男性ふたりからスンデ(腸詰め)をごちそうになっていた。日曜日の夕方のことだ。目の前の男性は顔を覗き込み聞く。「美味しいかい」と。癖のあるが悪くない。「美味しいですよ」と答えるともうひとりの男性は店の女主人に言う。「おばさん!この学生さん日本人だよ。すげえよ!韓国語めっちゃうまいよ。おたくのスンデ美味しいってさ」。

 テレビを見ていた店の女主人が「あら?ホント?確かに韓国語上手いじゃないのさ」とやって来る。そして厨房に引っ込むと「日本の学生さん。どんどん食べなさいよ」とキムチを小皿に盛ってきた。

「飲むかい」。男性は焼酎を勧めてきた。「いえ、ぼくは酒はダメなんです」。断ると「そうかい」。男性は手酌で焼酎を飲んだ。不思議そうな顔をして、ぼくとテレビと目の前のスンデを視線がうろうろしていた。

 その30分ほど前、ぼくはふたりの男性に道を聞かれたのだ。たどたどしく答えたぼくに「お!在日僑胞か?」とひとりが興味津々に聞いてきた。つまり、在日コリアンと彼らは見たわけだ。「日本人です」と答えると、ふたりの男性は顔を合わせた。

「日本人?」「日本人だって?」。ふたりは目を丸くしていた。「何で日本人がなんで韓国語こんなに話せるんだ?」「観光か!」と矢継ぎ早に聞く。「いえ、留学していまして…」と答えると「留学だって!」と心底驚いた表情を見せたのだ。

 そしてひとりが言ったのだ。

「あのさぁ…。なんで韓国語なんて学ぶんだよ。中国語か英語を学ばなきゃ」。ひとりのことばに、うんうんともうひとりが頷く。「そうは言われても…」とぼくが答えに窮すると、ぼくを傷つけたと思ったのか若い方が「兄貴、オレ、おなかがすきました。日本の学生さんもいっしょにどうですか」ととりなし、近くの食堂に入ったのだった。

 何でぼくはスンデを食べているんだろう。奇妙な日曜日。ちょっと散歩に出たつもりが、スンデを食べるとは。今日は夕飯いらないな。そんなことを考えるぼくに「さあ、食べな食べな」。男ふたりと、食堂の女主人が勧める。もぐもぐと頬張ると、3人は優しい目でぼくを見たあと「日本人かぁ…。それにしても驚いたなぁ」と再び顔を見合わせため息を吐いたのだった。

 それがぼくのソウルでの日常だった。

■ 北のHow to その49
 韓国では本当に道をよく聞かれました。でも北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国では聞かれたことはありません。明らかに外国人とわかるので。みなさんも聞かれることはまずないでしょう。その点安心して?いいと思います。
 ただし接待員に言われたのは「あなたは日本人には見えない」ということ。中国人に見えるそうです。その基準がぼくにはよくわかりません。

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