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北の国の忘れ得ぬ人々 #7  シャイな運転技師さん

 北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国の運転手さんがすごいという話を前回書いた。朝から晩まで、ずっといっしょにいてくれるがあまり距離を縮められない運転手さん。無口で記念写真にも余り収まってくれない。

 思い出した。もうひとつすごいのは運転中ほぼ、地図を見ていないのだ。だいたい外国人を連れて行くところは決まっているから頭で覚えているのだろうがこれもすごい。もちろんカーナビなどない。

 特に平壌市内を走らせてすごいと思えるのは、必ず道路事情のいいところを選び走ること。ここでいう道路事情とは道の質だけでなく、車窓も含めての話である。平壌には当然外国人には見せたくない場所、施設もあるはず。決してそこを走ることはない。窓の外を目をいくら凝らして見ていても、見せたくない施設、例えば軍関係の施設や市場のようなものを見ることはなかった。

 平壌はもちろん、北朝鮮ではいい道と悪い道の差も大きい。一度大雨の影響で通る予定の道が冠水していて、大回りを余儀なくされたことがあるが、回り道に入った途端車が跳ね、頭を天井に酷くぶつけて全員で悶絶した。目から星が出るとはまさにこのことで、いってぇ!という声が止まらない。案内員も必死にフォローする。「運転手さんは悪くないです!責めないでください」「わかってる!わかってるけどこの頭の痛さは半端ない。痛い。今は心行くまで痛いと言わせてくれ!」と返した。そして地方から平壌に帰る途中で原因不明の体調不良に襲われたこともあった。

 夕食にほとんど箸をつけずホテルのトイレで吐きながら理由に震えた。思い当たった理由は車酔い。小学生以来だった。それくらい地方の道と平壌市内の道路事情には差があるのだ。特に橋梁部の接合部の段差が酷い。ここでは車も最徐行する。

 2015年の運転手さん。ともかく無口でシルバーのスーツは明らかにサイズが合っていなくて、スーツに着られている印象だった。知合いから借りて来たのかも知れない。開城でぼくらがのんきに昼食を食べている間にパンクをあっという間に直したのだが、訪朝団の面々はパンクにも気づかず誰も顧みない。平壌国際空港で初対面の時にたばこを渡したのだが、それだけじゃ全然足りない。

 在日コリアンに「師匠」とぼくが呼ぶ方がいる。訪朝前には毎回師匠に連絡をし、何を見て何をすべきか焼肉を食べながら数時間、ぼくはレクチャーを受ける。ある時師匠がくれたアドバイスは「訪朝団についてくれる運転手さんはすごいんだぞ。ともかく運転手さんを喜ばせろ。感謝しろ」。そのために特別なお土産を用意した。

 ホテルに着くと、ぼくは運転手さんを呼び寄せた。滞在中は運転手さんもぼくたちと同じホテルに泊まるのだ。エレベーターホールのところで5分だけ待っててね、と。運転手さんはわかりましたというが、少し困った顔をしていた。「何だかやっかいなことになっちゃたなぁ」と顔に書かれていた。5分後運転手さんに渡したのは車の芳香剤。ちょっと説明に苦労したが、使い方は理解してくれたようで少し笑顔を浮かべてくれた。すると案内員に次の日の朝呼び止められた。

「昨日、運転手さんに何か渡しましたね」。怒られるか?と思い「問題ありましたか」ときくと案内員はにやりと笑い「ありがとうございます。運転手さん、めちゃくちゃ喜んでましたよ」と伝えてくれた。その癖運転手さんは何も言わないし車の中に芳香剤は見つからない。説明が良くなかったかな?と思ったら、ダッシュボードに隠してあった。

それに気づいたぼくが「あ、これ昨日の芳香剤じゃないですか!」というと「ありがとうございます」とようやく小さな声で運転手さんは答えてくれた。「隠さなくたっていいじゃないですか」というと、また少し困った顔をした。隠したくなるくらい嬉しかったようだ。立場もあるのだろうが、シャイで無口な人だった。

■ 北のHow to その40
 運転手さんを喜ばせろ!というなら前回のコラムに従い免許の種類を聞きましょう。「一級免許です」と返ってきたら「すっげえ!ぼくも免許持っているけど車直せませんよ」と素直に驚き、尊敬の念を伝えましょう。それだけでも、運転手さんの自尊心は爆上がり、以降の安全な旅に繋がるのです。

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