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ゆりの暴露 第3話 「初めての客」


 朝目覚めてから、ゆりの心は浮き立っている。

 もっと講習を積んでからのデビューだと思っていたのに、面接に行った日の2日後には初出勤だ。

 マッサージに自信がない。それでも、お客さまは満足してくれるのだろうか。

 ゆりは不安で仕方なかった。


 ゆりの出勤は午後一時からで、ちょうどその時刻から120分コースで、フリーの予約がある。

 部屋は面接と講習をした所と同じである事、少し早く来てもらって備品などの場所を確認する事、そして分からない事があれば連絡をするようにと店長からLINEをもらっていた。


 自宅から施術ルームのあるマンションまで三十分ほどで着くのにも関わらず、家にいても落ち着かなかったので、二時間前に家を出てしまった。

 移動する電車の中にいるサラリーマンたちを見ながら、もしかしたら、この中に今日の客がいるかもしれないと妙なことを考えてしまった。



 マンションに到着してから客が来るまで、息が詰まるような感覚が続いた。

 ゆりは取り敢えず言われた通りに部屋の備品を一通り確認して気を紛らわすことにした。



 だが頭の中では講師の彼氏が言っていた「抜きをしなきゃいけない」という言葉がずっと気に掛かる。

 客はそんなことを求めてくるのだろうか。

 120分で25,000円くらい掛かるのだから、そういうことを求めるのがもしかしたら暗黙のルールであるのかもしれない。



 ゆりの気がどんどん滅入る。





 やがて、予約の午後一時になった。


 時間丁度に、インターホンが鳴った。


 画面に映るのは、目つきが厳しい四十代後半から五十代前半、スーツを着た、きっちりとした印象の紳士風のおじさん。

 髪型はオールバックで、俳優の遠藤憲一に似ている。

 多分自分の父親と同じくらいの年齢だ。


 「どうぞ」

 ゆりは出来る限りの柔らかい声を出して、エントランスを解錠した。


 初めての客。

 どんな人だろう。

 きちんとしてお迎えしなければ。



 それから、二分くらいして、再びインターホンが鳴る。

 ゆりはずっと玄関の扉の前で待機していたので、すぐに扉を開けた。

 客は驚いたように、


「早いな」


 と、笑って答える。


「すみません。中にどうぞ」


 ゆりは軽く頭を下げて中に招き入れた。


 客の体からは爽やかなシトラス系の香りがほのかに漂う。

 嫌な感じはしなかった。




 心臓がバクバク鼓動するのをどうしようも出来ないまま、マットが敷いてある部屋に通した。



「君、新人でしょう?」



 客は唐突にきいてきた。


「はい、どうしてわかったんですか?」


 ゆりは戸惑いながらきいた。


「だって、見たことない名前だったから」


「あ、なるほど。こちらのお店にはよく来られているんですか」


「月に一度くらいかな。でも、メンズエステは週に一、二回。多いときには、もっと行っているかも。大体、場所は銀座、新橋かな」


 客は聞かれたこと以上のことを返してきた。

 ゆりは多少ぎこちない受け答えになりながらも、お会計まで話を持って行き、客はちょうど25,000円を払った。


 代金をもらってからは一度部屋を出て、その間に客には裸になってもらい、腰にバスタオルを巻いてもらう。


 準備が出来た頃合いを見計らって、ゆりは部屋に戻り、浴室に案内した。

 客にシャワーを浴びてもらっている間、ゆりは衣装をスケスケのベビードールに着替え、部屋で待つ。


 ものの数分で客はすぐに戻ってきた。



「まずはうつ伏せからお願いします」

 ゆりは講師に教わった通りに、始めた。


 客は饒舌で、ゆりに「こういう店で働くのは初めて?」とか、「なんでメンズエステを始めたの?」とか、「彼氏はいるの?」などを聞いてきた。

 ゆりは一つひとつの質問に、正直に答える。

 あまり会話に集中していると、ついマッサージの手が止まってしまう。

 いけないと思い、慌てて手を動かすたびに、客は「初々しくていいね」と笑みを浮かべた。


「気持ちいいですか」


「うん、まあまあ」


 客はそう答えるが、本当のところはあまり気持ちよさそうな雰囲気ではない。


「では、四つん這いになってください」


続く……

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