対話はジャズのセッションと似ている

「対話」ができる相手がいる、というのは幸せなことだなぁ、と最近つくづく実感しています。
私にはありがたいことに、何人か「対話」ができる相手が存在します。

対話のできる相手=友人、であることも勿論ありますが、そうではない場合もあって。
初めて会った人とでも、「対話」が成立する場合も、少なからずあるのです。

ちなみに、「対話」ができるとはどういうことか、というと、私の中ではこんな定義です。

対話(たいわ)
ただの近況報告や感情、概念意識の共有に留まらず、お互いの経験を自分事として捉え、相手との会話を通して自分を探究する思索を深める行為

オクフミ広辞苑より

あえて小難しく書いてみましたが、簡単に言えば「あっ、そういうことね!」という気づきがわんさかある会話が対話、ではないかと思うワケです。

たとえば個人コンサルやコーチング、私のインタビューもそうですが、これらはこの「対話」を意図的にやっている行為と言えるかもしれません。

安くはない対価が発生しますが、相手はその道のプロフェッショナルであるため、自分一人では到達できない、的を得た掘り下げが短時間でできる、というところがメリットの一つ。

一方で、自然発生的に、その場の空気感でフリースタイルで行われる「対話」も、結構楽しい。

いわばジャズのセッションのような、アドリブの応酬のような感覚。

相手との感性があえば、お互いが話す一言一言が、それぞれの深い気づきに変換され、自分を深める材料をバンバンもらえるのです。

昨日も、友人とドライブをしながら、そんな心地よい感覚に身を委ねる時間があり。

感性が合う人とは、どんな題材の会話でも成立する、というのがまた面白いところ。

「感性が近い」ということは、お互いにその事情や事実はよく知らなくても、おそらく本質的な部分の理解がショートカットでできるような気がしています。

だから、詳細を説明する必要はなく、いきなり本質的な話ができる。
短時間で濃い話ができる。
話していると時間を忘れる。
こういう記事のネタがどんどん生まれる(笑)

そして、「対話」ができる人に出会う確率は、ライターの仕事を始めてから格段に上がったような気がしています。

その相手が、インタビューのお客様であることも、少なくありません。

いつかまた別の記事で書きたいと思いますが、「未来インタビュー」の不思議なところは、お客様との関係がインタビュー後もなんらかの形で続くケースが非常に多いのです。
これも「対話」の効果かな、と思う部分もあり。

さまざまな気づきを運んでくれる「対話」。
みなさんは、誰と、どんな対話を楽しんでいますか?

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