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読書感想文

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ネタバレありです。
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「或る「小倉日記」伝」(松本清張)

 田上耕作という人物が森鴎外の小倉在住時期を調べるエピソードです。「小倉日記」の失われていた部分を補完したかったようです。取材をしていて、身体に麻痺があったせいでまともに取り合ってくれないこともありました。苦しみながら多くを調べ上げた耕作ですが、第二次世界大戦が始まってしまいました。戦時中に取材を続けるわけにもいかず、未完のまま死んでしまいます。
 鴎外の足跡を辿り続けた耕作は「小倉日記」の原本の

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「背伸び」(松本清張)

 若竹という者が東福寺で修行した後、安芸国にある国分寺の安国寺を再興して安国寺恵瓊と名乗ります。優れた弁舌の力で毛利輝元に取り入り、外交を任されるようになります。外交は主に家老が行うものなので異例のことです。将軍家との折衝、織田家との講和など、大きな仕事を任せられて出世しながら恵慶は増長していきます。勝ち馬に乗り続けていましたが関ヶ原の戦いでは失敗してしまいました。
 介錯されるのを思わず避けてし

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「廃物」(松本清張)

 大久保忠教が死ぬ間際に自分の人生を振り返るという作品です。忠教は遠江侵攻から大阪の陣までずっと徳川家に仕えていた人物です。一生のうちに徳川家の立場があまりに大きく変わってしまいました。忠教は家中で上手く立ち回れなかったこともあって出世できないままでした。忠義があっても主君が何を必要としているのか、汲み取る力を欠いていた側面もあると思います。典型的な三河者としての気質がわかりやすいです。

「破談変異」(松本清張)

 豊島刑部は島田の息子と井上正就の末の娘との縁談を進めていました。親同士で話がまとまり、あとは正式に発表するだけというところまでこぎつけました。
 しかし、春日局が別の縁談を取り持って話を潰してしまいます。春日局側から豊島刑部へ話を通しておいてくれればよかったのですが、サポートが全く無いまま正就が謝りに行き、恨まれてしまいました。
 豊島刑部は脇差しで正就に襲い掛かり、豊島家はお家取り潰しになりま

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「三人の居留守役」(松本清張)

 ある日両国の甲子屋藤兵衛という料理屋に身なりの良い三人の武士が訪れました。どこかの藩の居留守役同士の寄り合いのために来たようです。当時、居留守役の交際費は藩から出ているし、藩の方も惜しむことはしなかったようです。
 しかし、実際は武士ではなく商人が武士のふりをして騙していました。イタズラのつもりで髪飾りや衣装を盗んだりと、度が過ぎたことをしました。芸者の一人が岡っ引きに相談したことで焦ったために

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「噂始末」(松本清張)

 江戸時代、徳川家の上洛の際に通り道になった藩は宿泊の手配が仕事になります。将軍一行はとても人数が多いので、小さな藩では藩士の家に宿泊させたりすることもあります。掛川藩の藩士、島倉利介も一人の武士を引き受けました。接待は問題なく終わりましたが、直後から黒い噂を流されて将軍が帰りの際には利介だけ役目を外されてしまいました。その後噂を流した本人を斬ることになります。武士にとって面目は重んじられるもので

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「夜の足音」(松本清張)

 粂吉という岡っ引きから竜助という若者へ大店の娘への夜伽の依頼が持ち込まれました。娘は実家へ出戻りしているらしいのですが、とても怪しい話です。竜助は欲にかられて依頼を受けることにします。竜助の行動は終始感情的で現状へ不満を持っているように感じられます。舞台が江戸時代ということもあって現代と価値観に大きなズレがあります。身近に戦いがあると攻撃的な結末に近づくのでしょうか。

「賊将」(池波正太郎)

 桐野利秋はもともとの名を中村半次郎といい、明治維新の時に名を上げて陸軍少将になりました。西郷隆盛に重用されていたこともあり、桐野利秋という名も西郷隆盛につけてもらっています。二十五にもなって河童退治に行ったりと変わった所がありますが、貧乏な家を一人で支え、鍛錬も続けるところに周囲の人から評価されています。純真で頑固、御恩と奉公を大事にする昔の侍のような人物です。取り立ててもらった西郷隆盛とともに

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「将軍」(池波正太郎)

 陸軍大将乃木希典のもとに息子である乃木保典少尉戦死の知らせが届いたところから始まります。とても冷静に知らせを受けている様子で冷血な印象があります。将として表に出さないようにしているにしても徹底されています。実際にはとても繊細で、全ての兵の死に心を痛め悲しんでいます。
 乃木希典は西南戦争時に軍旗を奪われてしまうという失態から自決しようとしたことがありました。当時周囲から止められたものの、常に死に

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「応仁の乱」(池波正太郎)

 庭師の善阿弥と足利義政の出会いの話から始まり、義政の息子である義尚が征夷大将軍になるまでを書かれています。
 善阿弥や雪舟など芸術に携わる人に美徳を見出して羨ましさを持つ場面には、腐敗した政治を疎んでいる様子が出ています。善阿弥は河原者出身ですし、雪舟は武家とはいえ下級武士の家で三男と、幕府の役目には関わることのない家系です。権力を持つ守護大名同士で闘争を続けて幕府の力が弱くなる応仁の乱ですが、

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「動かぬ女」(岡本かの子)

 主人公が鉄道の席で出会った一行に印象的な令嬢がいました。鉄道に乗っている間ずっと令嬢は動くことはなかったようです。疲れや悩みのせいでは無い様子で、何も行動しないので考えていることも全くわかりません。同じ一行の男の子たちは騒いでいたり、蜜柑に興味を持ったりと子供っぽさを出しているので温度差があります。空気に耐えかねて不自然に発言する主人公の行動がリアルで面白いです。

「鯉魚」(岡本かの子)

 応仁の乱があった頃の京都で、臨川寺の修行僧昭公は家来に裏切られて館と金目の物を失ってしまった早百合姫を匿います。途中までは昭公が寺から出ていくのかと思いましたが、そういった展開にはなりません。
 二人が出会ってから一月ほど後に昭公と早百合姫が会っていることが他の僧にバレて法戦になります。法戦の問答が成立していないのにだんだん正しいような空気になっていくのが面白いです。昭公は落髪を許されます。早百

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「愚かな男の話」(岡本かの子)

 百喩経から抜粋された間抜けな話をまとめたものです。少し冷静になれば思いとどまるだろう、ばかばかしい話が続きます。本人は真面目に考えて頑張っているはずですが、話を読むとそんなことするはずがないだろうと思うほどです。大真面目にばかばかしいことをしているという点では探せば現代での同じような話が見つかるかもしれません。

「愛」(岡本かの子)

 のろけ話を聞かされている気分になる文章です。恋心を書いている印象です。会おうとするだけでプレッシャーを感じていたり、会ってからも不思議な苦しみを感じるほどに相手のことが気になっています。そして世間の評価と自分の気持ちにずれがあることに疑問を持っているという、感情のリアルな部分がしっくりきます。