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【小説】想い溢れる、そのときに

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小説「想い溢れる、そのときに」全14話
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#喪の作業

【小説】想い溢れる、そのときに(5)

【小説】想い溢れる、そのときに(5)

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あらすじと第一話

5

 ちょうど会社のゲートを通った瞬間に、終電発車時刻になった。
 腕時計だと正確ではないし、もしかしたらあと二分くらいはあるのかもしれないと、少しの希望を胸にスマホの画面を見てみたけれど、こちらも発車時刻の四十秒後を指し示していた。
 二日後のプレゼン資料を今日この時間まで作る必要がどこにあったのか、自分でもわからない。でも、手も頭も止まらなかった。そ

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【小説】想い溢れる、そのときに(6)

【小説】想い溢れる、そのときに(6)

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あらすじと第一話

6

 あの日から、私は十日間仕事を休んでいる。いい加減戻らないと、本当に私は再起不能になると思うのだけど、思うだけで体は全く言うことを聞いてくれなかった。休みたい旨を伝えた日、高宮部長はとても安堵した表情を浮かべていた。

「やっと休んでくれる気になってくれて本当によかったよ。申し訳ないけど、娘さんの葬儀の二日後から出社って、その、…普通じゃなかったよ?

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【小説】想い溢れる、そのときに(10)

【小説】想い溢れる、そのときに(10)

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第一話とあらすじ

10

 薄いグレーのカーテン越しに朝の光が差し込んで、柔らかく部屋の中を包み込んでいく。
 東京と違って、この辺りは5月でもまだまだ肌寒いから、私は眩しさに眉間を寄せながら毛布を顔半分のところまで掛け直す。
 遮光カーテンにしてくれれば、あと2時間は眠れるはずだ。これから更に日の出の時刻は早まるのだし、すっかり夜型になってしまった私に朝日の目覚ましは強烈

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【小説】想い溢れる、そのときに(11)

【小説】想い溢れる、そのときに(11)

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第一話とあらすじ

11

 母が休みの日は、なるべく一緒に昼食を取るようにしている。と言っても、私はいつも通り明け方に寝るので、昼ごろに尿意と空腹で起きるだけで特に生活リズムに変わりはない。
 台所から忙しなく聞こえてくる料理の音をしばらく聞きながら、私は次第に増えていく左腕の傷を一本ずつ指でなぞった。東京にいた頃のものは大分薄れてきてはいるけれど、じっくり触ると盛り上がっ

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【小説】想い溢れる、そのときに(12)

【小説】想い溢れる、そのときに(12)

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第一話とあらすじ

12

 ほぼ毎日のように、丸子(まん丸の子供だからと、気づいたら母が名付けていた)は花をベランダに置いて行った。ちょうど私が煙草を吸う昼過ぎにやってくるものだから、その花を私が拾って花瓶に生けるのがルーティンとなっていった。
 丸子の持ってくる不思議な形の花を調べると、「オダマキ」という名前であることを知った。紫色のものが日本では主流のようだけど、西洋オ

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【小説】想い溢れる、そのときに(13)

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第一話とあらすじ

推奨BGM

13

 今夜はいつも以上に肌寒くて、太陽の温もりを捨てた風がくたびれたジャージの隙間を駆け抜けていった。コンビニの前を通り過ぎて、そのまま山の方へと進んでいく。観光用に作られた広めの道路には、車はおろか野生動物の気配すら無かった。私と風にざわめく木々の葉だけが、世界を動かしていた。

『あんたがまなちゃんとこ行こうとしたら、連れ戻せんくなっ

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