電気から見る生理学 〜7. パッチクランプアンプの中身〜
さて今回は、「パッチクランプ」において電流を測る機械「パッチクランプアンプ」の中身について紹介したいと思います!
※1 正直今の時代なら、こんなことがわからなくても、電気生理の実験はできるし、データも解釈できます。ですので、これがわからなくても落ち込まないでください。
※2 ここで出てくる回路は、理解しやすいように、単純化してあります(例えば出力インピーダンスとか無視している)。本当の回路とは少し違うことを、どうぞご理解ください。
1. 簡単な物理(電気)のおさらい
今回の記事は、生物ではありません!完全に物理です!笑
というわけで、簡単な物理(電気)のおさらいを行いたいと思います。
電気といえば、「電流」「電圧」ですね。これらの関係は、
電圧 = 電流 × 抵抗
で表されます(オームの法則)。おそらく高校物理を覚えている方なら、当たり前かとは思いますが、この式は逆に言うと、「抵抗が無ければ電圧は変化しない」ということも意味しています。
あと、もう一つ大事なこととして、電流は、回路が二又に分かれた先に抵抗がある場合、抵抗の小さい方に流れやすい、という性質を持っています。
では、実際の回路のことを話していきます。
2. オペアンプとは
まず、パッチクランプアンプの「アンプ」ってなんやねん、というお話です。アンプと言えば、おそらくスピーカーのアンプ、という言葉の方がなじみのある方も多いのではないでしょうか?実は、パッチクランプアンプもスピーカーのアンプも、大元は同じ「オペアンプ」と呼ばれる増幅器を用いて作られています。
オペアンプとは、上のような構造をしています。構造を簡単に説明すると、左側の2つの入力端子(+ と -、中で入力インピーダンス(≒ 抵抗)Zinを介してつながっている)と、右側三角形の頂点から出る出力端子から構成されます。
オペアンプの性質は、この2つの入力端子にかかる電圧を10万倍以上(この倍率をゲインといいます)にして出力端子に出力する、というものです。
例えば、入力端子 に1 pA というとても弱い電流が流れてきたとします。入力インピーダンスZinが 1 MΩ だったとすると、増幅される前の入力端子間の電圧は、オームの法則より、1 µV です。ここで、ゲインAが1,000,000だとしましょう。そうすると、出力電圧は 1 V になります。1 V もあれば、小学校で教育目的に使っているような電圧計でも、十分に観察することができますね。このように、細胞から得られるような微細な電流を、機械で十分計測可能なレンジにまで引き上げることができるのが、オペアンプのすごいところです。
【補足】オペアンプは電圧を増幅するものですが、どんな電圧でも増幅できるわけではありません(それができたら永久機関ができます)。実際には、オペアンプは外部電源につながっており、その電源の電圧以上には出力できないような仕組みになっています。
3. 回路を組む(反転増幅回路)
さて、回路を組んでいきます。先ほどと同じくこのオペアンプのゲインはA(十分に大きい値)とします。ここで、入力端子の - 側を、出力端子につないでみましょう(下図)。入力端子と出力端子の間に抵抗(抵抗値Rf)を設置して、そこに流れる電流をifと定義します。また、入力インピーダンスZinが、Rfよりもずっと大きな値であると仮定します(実際の機械でも、Zinはかなり大きな抵抗値を示します)。すると、以下のような計算をすることができます。
で、今からとってもややこしいことを言います。それは、
「赤字で V+ - V- = 0 とみなしたけど、実際には 0 ではない」
です 笑。何が言いたいかというと、「近似の値と実際の値はしっかり区別しておいて欲しい」ということです。上の例の場合、この赤字の式の通り、V+ - V- 、すなわち【入力電圧差の実際の値が 0】 だとすると、初めに示した通り、このオペアンプの出力電圧も 0 になってしまい(入力電圧差のA倍が出力電圧のため)、すべてが立ち行かなくなります。【入力電圧差を0とみなせる】のは、ゲインAがかなり大きな数字のため、出力電圧が入力電圧とは比べ物にならないくらい大きくなるからであって(つまり計算上は0としてよい)、実際に入力電圧差が 0 である、という意味ではないということにご注意ください。
4. パッチクランプアンプの正体
それでは、実際に「パッチクランプアンプ」と称される電気回路を見ていきましょう。下に示した回路は、細胞膜を流れる電流を測るときに使用する回路になります。オームの法則より、電圧を人間が固定してやれば、電流の変化 = 抵抗値(= 細胞膜でのイオンチャネルの開き具合)の変化として評価することができますので、この回路でも電圧を固定できるようにしてあります(黄色丸の部分が電圧発生装置)。このように、電圧を固定して電流を測る方法を、ボルテージクランプといいます(ボルテージ = 電圧、クランプ = 保定、です)。「抵抗が無ければ電圧は変化しない」ということに注意して、以下の説明を読んでいただければ、右のオペアンプの出力を調べることで、細胞膜に流れる電流を測ることができることがわかるかと思います(※ 一番右端の電流計は、V'outを測れればいいので、おそらく電圧計でも問題ないです)。
【補足】オレンジのコメント通り、実は設定した電圧がそのまま細胞にかかるわけではなく、測定回路内の抵抗によって少し取られてしまいます(この抵抗をアクセス抵抗(series resistance, Rs)といいます)。そのため、実際の測定では、このアクセス抵抗を事前に測って、補正するということを行います(また別記事で紹介します)。
では次に、細胞膜にかかる電圧を測るにはどうしたらいいのでしょうか?このときは、先ほどの逆で、電流を固定します(なので、電圧を測る方法をカレントクランプといいます(カレント = 電流、です))。実際、上の回路では、細胞にかける電圧を保持することはできるのですが、細胞に流れる電流を保持するには不向きです(細胞に流れる電流を取り出す回路と、細胞に電圧をかける回路が独立しているので)。そのため、電圧を測る際には、もうひとつオペアンプをつないで、そこに流す電流を変えることで、目的の電流になるように調整し、その際に得られたオペアンプの出力電圧を、細胞膜の電圧と読み替えて、記録しています(下図)。
・・・正直めちゃくちゃややこしいです。とりあえず何が言いたいかというと、パッチクランプアンプは細胞の電圧を直接測っているわけではない、ということです。そのため、パッチクランプアンプは電圧を測ることが苦手とも言えます(オペアンプの応答の早さに依存したような電圧測定をしてしまっているので)。現在使われているパッチクランプアンプは色々と改良されているので、パッチクランプアンプでの電圧測定も、かなり良い精度で行えますが、初期の電気生理学では、パッチクランプアンプとは別の回路で電圧を測定していました。
5. 電圧を測るための回路設計(Voltage follower)
オペアンプを以下のように繋ぎ変えてみましょう(このつなぎ方をボルテージフォロワーといいます)。
実際ここに流れている電流について、以下の2通りの流れ方に注目して、その電圧変化を式に表してみたいと思います。電圧計にかかる電圧は、オームの法則より電流 i × 抵抗 r で計算できます。まず、細胞から電圧計まで、入力端子を介して流れる電流に着目すると、以下のようになります。(補足:左右端の地面みたいな記号に線が繋がっているのは、グラウンド(電圧が 0 V)という意味です)。
次に、ゲインAのオペアンプの出力端子からの電流に着目すると、以下のように計算できます。
この2つから得られた式を組み合わせて計算すると、以下のように結論できます。
つまり、上のパッチクランプアンプとは異なり、膜電位を直接測ることができるのです。逆にこの回路では、オペアンプの出力と、細胞からの電流が合流するので、細胞の膜電流を測ることはできません。ですので、ボルテージフォロワーは、膜電位測定に特化した回路と言えます。昔からずっと使われてきており、現在でもこの回路を使った測定機器は存在しています。
6. まとめ
以上、今回はパッチクランプの測定機器の中身について紹介しました!超絶難しいですね!私もこの記事を書くにあたって久しぶりに勉強し直して、やっぱり難しいなぁと痛感しました 笑。初めに書いた通り、これがわからないと電気生理学がわからない、というわけではないので、そこは安心してください。それよりも、生物と物理はこれくらい近い距離にある、と知っていただけましたら嬉しく思います。
それでは今回はこのあたりで。
読んでいただいてありがとうございました!
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