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祝ノーベル賞記念特別企画 ~体性感覚を司るイオンチャネルの歴史~

2021年のノーベル生理学医学賞、David JuliusArdem Patapoutianに決まりましたね!受賞理由は ”for their discovery of receptors for temperature and touch(温度や触覚に関わる受容体の発見を讃えて)” 。2人の、「体性感覚」という誰もが感じる、しかし得体の知れないものの正体を、遺伝子レベルで明らかにした、その素晴らしい業績がようやく讃えられました。長年TRPチャネルを研究していた身として、簡単にですが、どれだけ彼らの発見が素晴らしいか、書こうと思います。

当たり前の「感覚」

私たちはこの世に生きている中で、たくさんの感覚を使います。視覚であったり、聴覚であったり、嗅覚であったり、味覚であったり。これらの4つの感覚は、すべてそれ特有の器官を持ちます。眼であったり、耳であったり、鼻であったり、舌であったり。そういった感覚とは一線を画す感覚、それが体性感覚(皮膚で感じる感覚)です。体性感覚は、ある意味生きていく上で意識せずとも当たり前に感じてしまうものですが、どうして私たちはこの感覚を感じるのでしょうか。それは、全身に張り巡らされた感覚神経線維が、皮膚表面での変化(熱い・冷たい・突かれた・撫でられた etc...)を感知し、それを脳へ伝えていくからです。

では、感覚神経線維はどうやって変化を感じるのでしょうか?それは、感覚神経線維が、それぞれの皮膚表面変化に特化した「センサー」を有しているからです。そのセンサーの正体を解き明かしたのが、まさに今回受賞した2人だったわけです。

初めて見つかった熱感覚センサーTRPV1

今回の受賞者David Juliusが熱・カプサイシンセンサーとしてTRPV1(トリップブイワン、当時の名前はバニロイド受容体1(VR1))を見つけたのは1997年(Caterina et al, Nature 1997)。当時は、まだマウスの全ゲノムすら解読されていないような時代です。そのような手探り状態の中で、Juliusラボのメンバーは、感覚神経に発現するすべての遺伝子を取り出し、それらひとつひとつから作り出されるタンパク質のカプサイシン感受性を確かめることで、TRPV1遺伝子を同定するに至りました。そして、「辛さ」と「熱さ」は感覚的に似ているのではないか?という経験的な疑問を、タンパク質という分子レベルまで落として実験をした結果、カプサイシン受容体として同定されたTRPV1は、熱センサーでもあるということが明らかになったわけです。

これだけではありません。JuliusラボではこのTRPV1の同定からわずか3年後に、TRPV1遺伝子をゲノムから取り除いたマウス(TRPV1欠損マウス)を作成し、TRPV1がカプサイシン・熱センサーとして重要であることを証明してしまいますCaterina et al., Science 2000)。現在の遺伝子操作技術として欠かせないCRISPR-Cas9などは当然無い時代ですので、遺伝子欠損マウスを実験に用いるには年単位での時間を必要とするのが当時は当たり前でした。この研究の推進力が、今回のノーベル賞の受賞につながったと言って間違いないと思います。

これらの発見は、体性感覚と遺伝子を繋ぐ最初期のものです。それまで解剖学で何となくわかっていた体性感覚を感じる本当の仕組みを、やっと遺伝子・タンパク質で明らかにすることに成功し、また我々が何となく「辛さと熱さって似てるよね」と感じていることが、実は分子レベルで説明できる、ということを示した、本当に本当に素晴らしい大発見だと私は思います。

ちなみに1997年の発見時には、今は生理学研究所にいらっしゃる富永真琴という日本人研究者も大きく貢献しています。富永先生が日本から電気生理学(パッチクランプ)の技術をJuliusラボに持っていったおかげで、1997年の論文発表に至ったようです。今回のノーベル賞の陰の立役者と言っても過言ではありませんね。

次々と見つかるTRP温度センサー

TRPV1をはじめとしたTransent Receptor Potential(TRP)チャネルと言われるイオンチャネルファミリーはその後精力的に研究され、今では全28種類のうち11種類もが、少なくとも細胞レベルでは温度センサーとして機能するということが明らかになりました。

Juliusラボでも、TRPV1だけではなく、TRPV2Caterina et al., Nature 1999)やTRPM8McKemy et al., Nature 2002、メントールの受容体としても知られる)をはじめ、次々と温度感受性TRPチャネルを同定していきました。

そんな中、Juliusの対抗馬としてTRPチャネル研究界隈で大活躍した研究者の一人こそが、もう一人の受賞者、Ardem Patapoutianその人だったのです。Patapoutianラボでは、TRPM8が冷センサーであると、Juliusラボの報告の1カ月後に発表し(Peier et al., Cell, 2002)、さらには冷痛覚センサーとしてTRPA1を同定することに成功したのです(Story et al., Cell 2003)。Juliusラボからはその翌年に追いかけるように、TRPA1がマスタードやワサビなどの辛味成分で活性化すると発表しました(Jordt et al., Nature 2004)。さらにその2カ月後、Patapoutianラボからも同様の論文が発表されます(Bandell et al., Neuron 2004)このトップジャーナルでの競争を見ても、当時のTRPチャネル研究の活発さが本当によくわかりますね。

触覚センサーPiezoチャネルの発見

そんなTRPチャネル研究での競争が一息ついたような頃、Patapoutianラボは新たな感覚のセンサー分子を同定することに成功します。それこそが、2014年にNature 3報に報告された、機械刺激(撫でられたり突かれたりの物理的な刺激)感受性イオンチャネルPiezo2の同定でした(Maksimovic et al., Nature 2014; Woo et al., Nature 2014; Ranade et al., Nature 2014)。これらの研究でPatapoutianらは、1800年代後半に、解剖学的には既に明らかにされていたメルケル細胞が、本当に触刺激センサーとして機能していることを示し、さらに、メルケル細胞が使うセンサーを同定するに至ったわけです。実に100年以上も謎に包まれていた、本質的な生命の問いを見事解明したこれらの発見は、これまで「痛い」刺激に関する研究が主流だった体性感覚研究に新たな流れを生み出した、本当に画期的なものだと私は思います。

チャネルを「見る」

遺伝子改変動物により、各イオンチャネルの体性感覚における役割は解明されていきました。しかしそうなってくると、「どうやって」熱や機械刺激がイオンチャネルを開くのか、という問いが次第に湧いてきます。Juliusにとっても、Patapoutianにとっても、それは例外ではありませんでした。しかしこの課題をどう解くのでしょうか?素人的な考えとしては、チャネルがどんな様子なのか目で見ることができれば、何か手掛かりが得られるような気がします。しかしタンパク質ひとつなんて、顕微鏡ですら見えないくらい小さいものです。そんなこと、できるでしょうか?

実は、できるのです。Juliusらは、当時まだ新しかったクライオ電子顕微鏡を用いた構造解析技術を用いて、自分の発見したTRPV1の構造解析を世界に先駆けて発表します(Cao et al., Nature 2013; Liao et al., Nature 2013)。そうして、実際にTRPV1がどうやって開くのか、その形の変化を明らかにしてしまうのです。

それだけではありません。TRPV1は当時、細胞膜の脂質と相互作用があるとJuliusらによって示されていました(Cao et al., Neruon 2013)。そこで脂質膜と一緒に構造解析できないか、そういったアイデアのもとで研究を行い、見事、脂質膜に埋まったTRPV1の構造までも解いてしまうのでした(Gao et al., Nature 2016)。本当に、アイデアを積み上げて良い研究を築き上げるDavid Juliusの聡明さには驚かされるばかりです。

Patapoutianもまた、自分の見出したPiezoチャネルの構造を世界に発信します(Saotome et al., Nature 2018)。Piezoチャネルにはペダルのような構造があって、それが押されてチャネルが開く という仕組みを、視覚を通して提唱しました。この構造を初めてを見た時、まるでからくり仕掛けのようなメカニズムを作り上げた生命の神秘に感動せざるを得ませんでした(※構造自体には、まだ諸説あるみたいです)。

しかしそれでもわからない

では、今回受賞した2人の壮大な研究によって、我々は体性感覚をすべて理解できたのでしょうか?実は、そんなことは無いのです。

まず、序盤に出てきた冷痛覚センサーTRPA1、このチャネルが本当に冷痛覚センサーなのかどうかは未だに論争が絶えません。他の動物種(鳥類・爬虫類・両生類・昆虫など)のTRPA1は、高温で活性化すると既に示されています。さらにマウスのTRPA1と異なり、ヒトのTRPA1は冷刺激で活性化しないのです。ですので、氷水に手を入れた時に感じる「冷たく痛い」という感覚は、いまだに解けていないというのが現状です。

また、TRPV1が熱によって活性化する仕組みも、未だに分かりません。構造を解くことによって、どのような変化が起こればチャネルが開くのかはわかってきましたが、その変化が本当に熱で起きるのか、ということを証明するのは、また別の難しさがあります。クライオ電子顕微鏡で構造解析するときには、液体窒素などの超低温条件下で行わなければならないためです。細胞膜とタンパク質膜貫通領域との相互作用が肝だとする説も提唱されていますが(Chowdhury et al., 2014 Cell)、それですべてを説明できるかどうかは未だにわかっていません。

また、触刺激に関しても、まだまだ解き明かせていないことが山ほどあります。これまでメルケル細胞の他に、マイスナー小体、パチニ小体など複数の仕組みが、触覚に関与するとして解剖学的に示されています。ちょうど今年、マイスナー小体の正体も一部示されましたが(Schwaller et al., Nature Neuroscience 2021)、そのセンサー分子の同定にはまだ至っていないのが現状です。

さらには、サーマルグリル錯覚(熱い板と冷たい板が交互に並べられた場所に手を付くと、痛みを生ずる現象のこと、この記事の絵を参照してください)をはじめとした、体性感覚がもたらす錯覚なども全然解けていません。このあたりは、脊髄神経回路の解明が待たれるところです。

終わりに

改めて、Julius先生、Patapoutian先生、今回のご受賞 本当におめでとうございました。私の大学院生時代の研究のモチベーションを上げるような論文を常に発表してくださり、本当にその節はお世話になりました。特に、Julius先生とは、実はお会いして話したこともあるのですが、本当に気さくな方で、未だに若い心を忘れず、口笛を吹きながら廊下を歩き、時々冗談も言う、そんな人でした。あぁいう人になりたいと心から思ったものです。こんな素晴らしい発見ばかり揃っているにも関わらず、完璧と言えるような鎮痛薬はいまだに存在していませんが、これからも体性感覚研究が発展して、いつか痛み・しびれ・かゆみ等の苦しみから人間が完全に開放されるような世の中になればいいなと思います。

長くなりましたが、これで終わりにしたいと思います!最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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