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JR新大阪駅が俺のステーションバー

毎月の小遣いが2万1千円しかもらえないという吉本浩二先生による漫画『定額制夫の「こづかい万歳」』では、ある意味では、不景気が続く現代日本の絶望が描かれており、ある意味では、そのような不景気でもなんやかやで野垂れ死ぬことなく、人生を楽しめるものだ、という現代日本の希望が描かれています。

作者の吉本先生は、老若男女に知られているような大ヒット作こそないものの、手塚治虫先生の伝記的な作品である『ブラック・ジャック創作秘話』が話題になったり、バイクで日本を一周したときのことを描いた『日本をゆっくり走ってみたよ』は過去にドラマ化されていたりと、決して、全く鳴かず飛ばずの作家というわけではありません。

それでも、1ヶ月を約2万円で凌がないといけないとは……。漫画家という職業への夢を、まずバッキバキに砕いてくれる。漫画家を志し、それを叶えた者がみんな、鳥山明先生や高橋留美子先生になれるわけではない。

それは一般企業でも同じことで、前澤社長や孫社長のように天下を穫れる人はひとにぎり。多くの国民は、地味に質素に、自分の能力と気力でやれることをこなすだけの毎日を過ごしているはずです。私もまた然り。

なので、作中で紹介される、数少ない金額でも楽しく暮らしていくためのライフハックには共感できるものもあるし、なんなら、ローソンでポンタポイントが10倍や20倍の商品を狙って買う、などというのは、自分も以前はよくやっていました。

今は仕組みが変わっているのかもしれませんが、昔はある程度のポンタポイントが貯まると特定の商品の無料券がもらえたり、リラックマのエコバッグがもらえたりしたのです。

しかしなんといっても、この漫画に登場するライフハックの極めつけは、SNSで賛否両論を巻き起こした「ステーションバー」でしょうね。

月に2万円の小遣いでは、居酒屋やバーの呑み歩きはなかなかに厳しい。そのために、酒はコンビニやスーパーで購入して宅呑み……、というのが基本ですが、やはり、外で呑みたい気分の時もある。

そんな時は、定期券の区間内にある適当な駅で下車して、近くの店で酒と軽いつまみを買い、駅構内の隅っこで立ちながらそれを煽り、電車を乗降する人たちを眺めて、その人たちそれぞれのドラマを勝手に想像して楽しむのだ……、と……、いう……。

彼は「生の映画を観ているようなモンだよ」と感慨に耽ってうっすら涙ぐんでいますが、機から見れば、挙動不審のおっさんでしかない。隅っこに立つのではなく、せめて椅子に座ろうよ……。椅子は無料なんだからさ……。

Googleで「小遣い万歳」を検索すると、サジェスチョンのそこそこ上のほうに「気持ち悪い」「みじめ」などいう不穏なワードが出てきて、このステーションバーについてのいくつかのブログ記事が現れます。

中には、かなりボロクソな感想が書かれているものも……。ちょっと、そこまで言わなくても……、と、思わず涙ぐんでしまいそう。ぐすん。

と、いうのもですね、ええ、そうですよ。

最近はあまりやりませんが、自分もかつてはよくやっていたのです。……ステーションバー……。

さすがに電車内で呑んだり、自販機と自販機の隙間に挟まって立ち呑みなどはしたことがありませんが、待合の座席があるところでは、けっこうやりました。

個人的におすすめのステーションバーは、JR新大阪駅ですね。

めちゃくちゃ人の往き来が多い新幹線停車駅なので、意外に思われるかもしれませんが、むしろ、あれだけ人が多く、なおかつ、海外からのお客様もたくさんいらっしゃるダイバーシティな新大阪駅で、ひとり地味に缶ビールを喰らっている奴がいたところで、ぜんぜん目立たないし、誰も気にしない。

午後9時を超えると特急の本数も減り、広大な待合室にはかなりの数の空きができるので、座れないということはほぼありませんし、改札内のセブンイレブンは11時まで営業しているので、いつでもおかわりを調達できる。電子レンジがセルフなのも地味に良い。冬場などは、程よい温度に調節して温めたパンをつまみに一杯やれる。

まあ、セブンの店員さんには、あ、こいつ、待合室で呑んどる酒クズだな……と認識されてしまうことは確定していますが、向こうもそのような酒クズには毎日のようにエンカウントしているだろうし、なんとも思っとらんでしょう。たぶん。

おすすめの席は書店側。店内に飾られているプラレールを見ながら呑むのが楽しい。

電気屋などで展示されているプラレールでよく見る、円形に組まれた線路を何段にも積み上げているやつ。新大阪駅の書店にもそれがあるのですが、あんな路線を実際に造ることはできるのだろうか。

ただでさえ線路の高架化には莫大な予算がかかるそうだし、実現させようとしたら、かなり大規模な工事を要するでしょう。

しかし、近鉄の鶴橋駅のように、線路が上下に組み込まれている前例もあるので、技術的にはおそらく不可能ではないはず……。

などという、とてつもなく不毛なことを考えながら、スマホでプラレールのサイトを見て、鉄橋って1100円もするのか……意外と高いんだな、とか、最近は京阪電車や阪急電車もあるのか、などと感心したりもする。

この、おそろしく無駄な時間が実に楽しい。トーマスのエンディングのキャラクター紹介ごっこに欠かせないニュー転車台、いまでも現役の製品なんだな……。

というか、酒こそ呑んでいないものの、今まさに駅のベンチでこんなことを書いている自分も、なかなかに変な人ですね。……ここ、定期券の範囲内の駅だし、ひさしぶりにやろうかな、ステーションバー……。

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