ホテルの高層階で視たハリウッド版『北斗の拳』
かなり前の話ですが、とある大手の家電メーカーの研修センターに宿泊したことがあります。
自分はそのメーカーの社員だったわけではありませんが、その頃に勤めていた会社の提携先だった関係で、みっちり2週間の研修を受けることになったのです。
そのメーカーの商品の特徴やセールスポイントについて、朝から夕方まで座学で習う日々。
毎日のように小テストがあり、正解率が9割になるまでは、居残りで受けることになります。なので、就業時間は夕方までと言いつつ、実際には夜の8時とか9時まで、ビル内の一室で、そのメーカーのとても偉いおじさんにしごかれていました。
それはまだ良いのですが、この研修の何が本当に辛かったかというと、外出いっさい禁止なのです。テストに合格した終業後の外出も禁止。
研修センターには門番もいるので、抜け出そうとすれば即刻バレます。なぜ知っているのかというと、抜け出そうとして即刻バレた人たちが翌日に曝されていたからです。その人たちは研修が延長されていたようです。
なので買い物ができるのは、センター内に点在している自販機のジュースとタバコのみ。完全にカンヅメ状態。
といっても大企業のホテルだけあって、部屋の環境は最高でした。
周りに何もないところで、山も見えるので、窓からの見晴らしはそれなりにいいし、ベッドはフカフカ、トイレはピカピカ、テレビは巨大な最新型。さすが目の付けどころが(当時のスローガン)。
個室ならもっと良かったのですが、すべての社員がツインルームでの寝泊まりでした。これも、脱走させないための規則だったのかもしれません。
嘘か本当かは今でもわかりませんが、ベランダから逃げ出そうとした人が過去にいたとかいう噂があったので……。ベランダって……ホテルは上層階にあるんだが……。忍者みたいに綱渡りで抜け出したのかな?
それはともかく、ツインルームということで、自分の部屋にも相方がいました。
ロン毛で、ちょっと悪そうで、愛想がなくて、……ていうか、めっちゃ舌打ちしてくるし。初対面で舌打ちしてきたし。何このヤンキー。こええよ。
彼は名前をRくんと言いましたが、某大手メーカーのハイパーお偉い方の前でも舌打ちをかませる本物です。ただのイキりではありません。
いちおうお互いに最低限の、名前と部署だけの、本当に最低限の自己紹介をしたところ、彼は福岡から来たらしいことがわかりました。
自分が生まれて初めて出会った福岡の人です。偏見なのはわかっていますが、初めての福岡人が舌打ちヤンキーだったので、やっぱり修羅の国なんだな……と正直その時は思いました。
それ以降、特に口を聞かずに数日を過ごしました。同じ部屋で寝泊まりしつつも、お互いに全く無干渉。冷めきった夫婦のごとし。
しかし、ある夜、Rくんが珍しく自分に話しかけてきました。
「テレビ点けてええ?」
うん、と答え、心の中では、よくぞ言ってくれた、と思っていました。
何しろ外出禁止で勉強ばかりの日々で、娯楽が何もない。かといって、ヤンキーこわいから勝手にテレビを点けられない。ヤンキーの方から言ってくれて助かった。
当時の最新型テレビの美麗な画質で、大画面に鷲尾いさ子さんが映し出されました。鷲尾いさ子さんは、なんか中東の砂漠みたいな場所にいるようです。
その砂漠では男たちが数人いて、どうやら殴り合い?が繰り広げられているようですが、しばらく視ていても、どういうストーリーなのかさっぱりわからない。
なのに、なぜか登場人物に謎の既視感がある……。特に、やたらマッチョな人が目立っている。吹き替えの声は毛利のおっちゃんと同じだ……。誰なんだこのマッチョ。
ただでさえメーカーのテスト勉強で疲れている脳を混乱させてくるこのテレビ番組はなんなんだ。するとRくんは、夜の11時にもかかわらず、大爆笑しながら叫んだ。
「これ、『北斗の拳』ばい!」
そうか、あのマッチョ、どこかで見覚えがあると思ったら……。『北斗の拳』の主人公、ケンシロウである。じゃあ、さっきの鷲尾いさ子さんはなんだったんだ?という疑問はすぐ後に解決される。
「ユリアばい!」
鷲尾いさ子さんはユリアだったのだ。他のキャストがみんな西洋人の中、ひとりだけ東洋人なので、はっきりいって、めっちゃ浮いている。
後でわかったことですが、これは1995年にハリウッドで公開された、実写版の『北斗の拳』でした。伝説のク○映画として、カルト的な人気を誇ります。
原作をうっすらとしか知らない自分ですら、ツッコミどころ満載でワクワクしてきたので、原作を知っていればなお楽しめること請け合い。
アマゾンプライムだと400円でレンタルできるらしいから、気持ちと懐にとてつもなく余裕がある人は見てほしい。ちなみに自分はレンタルしていません。
この少し後に『ドラゴンボールEVOLUTION』が公開され、色んな意味で話題を呼びましたが、あっちは一応それなりに金をかけていそうなのに対して、こっちはどうにも安っぽい。
で、そんなとてもひどいハリウッドの『北斗の拳』をふたりでツッコミながら視ていると、Rくんが「ワシのタバコ吸う?」と言ってきました。自分は「ありがとう」と言って、それを口に含みました。
深夜に流れた○ソ映画から生まれる友情もあるのだな、と、ホテルの高層階の一室で感慨に耽りつつも、Rくんの吸っていたタバコは12ミリだったので、めちゃくちゃ噎せました。
サウナはたのしい。