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過去の味覚たちとともに

漫画『美味しんぼ』の「五十年目の味覚」というエピソードで、金婚式を迎えるまでの50年間ずっと、ビールとソーセージを嗜むのを我慢していたというお爺さんが登場します。

50年ぶりのビールとソーセージはさぞ美味かろうと胸をワクワクさせながら口に運んだものの、どうにも昔と違う味がする……というところから物語がはじまるのですが、自分はこれを読んだ時、50年前の味をそこまで覚えているものなのだろうか……?という疑問が生じました。

実際に作中でもお爺さんは、昔のことだからきっと舌が忘れてしまっていて、本来はこんな味なのだろうと項垂れていました。漫画としてはこの先にまた展開があるのですが、現実的には50年も飲まなかったビール、50年も食べなかったソーセージの味を覚えているものだろうか。

しかし、かくいう自分は、10年ほど前に愛飲していた「百年麦芽」という発泡酒の味を、今でも確かに覚えています。

いちおう発泡酒という扱いでしたが、これ本当は麦もホップもちゃんとした製法で造ったビールなんじゃね?と勘ぐってしまう美味さ。

販売元のサッポロビールが当時に公表していたプレスリリースによると、チェコで100年以上に亘って受け継がれてきた希少な手作り麦芽を使用していたとのこと。サッポロビールの社員さんたちが実際にチェコの農家に赴き、現地で栽培から加工まで共に携わってこそ生まれた味なのだそう。

そうか、チェコの味だったのか、あれ……。チェコには行ったこともないが、あの時に感じた味わいはチェコの味わいなのか……。

と思いきや、チェコの農家と契約していたのは2012年に販売されていたバージョンで、その後の2014年にはイギリスの製麦所で作られた麦芽を使用していたのだそうです。

待て。自分の記憶にある「百年麦芽」の味は、チェコバージョンなのか、イギリスバージョンなのか、一体どっちなんだ……?

2012年も2014年も酒はたくさん呑んでいた。発泡酒もガンガン呑んでいた。どちらの年にも百年麦芽は呑んでいたはずだ。  

一般的な男性の適切な飲酒量は、ビールなら500ml缶を1本なのだそうで、3本を超えた当たりから多量飲酒になるそうてす。

振り返ってみると、2012年はまあ多量飲酒ぎみかなあくらいの量でしたが、2014年は6缶パックをひと晩で開けるのは当たり前、休日は余裕で朝から呑む、という状態でした。

手が震えたりはしないものの、冷蔵庫に次の酒が入っていないと落ち着かない、アルコール依存症の数歩ほど手前まで行っていたので、呑んだ回数が多いのは確実に2014年モデルの百年麦芽。

ただ、その頃はもはや酒を自分を奮い立たせるためのツールとして使っており、味がどうこうとかあまり気にしておらず、とにかく酔えればなんでもいいという考えを持っていました。  

生まれて初めてアブサンを試したり、これに手を出したらたぶんヤバイんだろうなあと思いつつもワンカップ焼酎を買って一気呑みとか、いちばんメチャクチャやっていた時期なんだよなあ……。

なんかもうロックになりたいとか思っていたのですね。氷を入れるという意味でのロックではなく、いわゆるライフスタイルとしてのロック。

鋲付きの皮ジャンも持っていないし、27歳で死ぬ覚悟もできていないし、シャワーが熱くてキレる勇気も、カレーが辛くて帰る度胸もないくせに何がロックだと今なら思いますが、まあすべては酒のせい。

美味しいとか不味いとかではなく、ただアルコールならなんでも体内に含みたかったのですな。その少し前にタバコをやめた反動もあったのかもしれない。

そう考えると、摂取した量は2014年モデルの百年麦芽のほうが圧倒的なものの、ちゃんと酒として美味しく味わっていたのは2012年モデルの百年麦芽のほうであり、今の自分の舌が覚えているのはむしろこちらの可能性が高い。

……という分析はある程度できるのだけど、実際にはタイムマシンを利用して2012年と2014年に行き、再び各モデルを呑み比べて、自分の脳内と相談してみないとわからない。

あるいは、自分が覚えている味が実は思い出補正がガンガンにかかったもので、実はそんなに大したものでもなかった……、ということはあまり考えたくないが、あり得ない話ではない。

もし思い出補正によるものなら、自分もそれだけ年齢を重ねたということに……。いや僕は14歳なんだ。何も考えたくない。

こんな時は『美味しんぼ』の「五十年目の味覚」の副部長のように、酒を呑んでパーッとやりましょう。同作が推奨するヱビスビールで。

そういえばかつてシルクヱビスというのがあって、あれもなかなかの美味だったのを覚えているのですが、……回想はつづく。

サウナはたのしい。