短編小説 放課後、アイスクリーム



 小遣いは月五千円だから躊躇するかと思ったが、昂大は自分でもすんなりと受け入れた。今日の放課後、駅の近くにあるアイススタンドで優茉とアイスを食べて帰る。誘ったのは優茉で彼女も初めて行くのだそうだ。

 授業は頭に入らなかった。女子と帰るのは初めてではないがデートだろ、と思うと昂大の顔は紅潮し頭から煙が出てきそうだった。優茉は可愛いタイプでは無かったが割と美人で気の利く女だった。昂大の好みとは少し違うが女子である。緊張しないはずがなかった。

 放課後玄関で待ち合わせるとなんだか始まったな、という気がして昂大はまた顔が赤くなる。優茉の隣に立つと思ったより背が高く顔を横に向けて話すことになる。
 どうして優茉は昂大を誘ったのか、それが気になるが緊張してる事を知られてしまいそうで声を出す事が出来ない。
「アイス、嫌いじゃ無かった?」
 優茉が気を遣ってくる。緊張の糸がやっと切れ、昂大は小さく息をつくと笑みを返す。
「好きだよ、毎日食ってもいいくらい」
「毎日は食べてないんだ?」
「かーちゃん毎日は買ってくれないな」
 言ってから自分でアイスを買うという選択肢もあるのだと気付き、昂大はアッと言った。
「うちも」
 優茉は小さく笑いながら頷く。昂大は優茉を見る。
「お店のは買ってもらうのより、美味しい気がするからお店で食べたかったの」
 優茉も昂大を見て微笑む。可愛いと思った。
「なんで俺を誘ったんだよ」
 ポロッと言葉が溢れた。優茉は上目遣いに昂大を見遣ると首を傾げた。
「仲がいいと思ってるのかも」
 ふふ、と笑いながら優茉は昂大を追い越す。昂大の顔はまるで林檎のようだが懸命に顔を拭い優茉を追いかける。

 アイススタンドは盛況で二、三グループが並んでいる。最後尾につきながらみんな客は女だと気づく。ポップな文字をパステルカラーで模ったアイス屋はメニューも女子が書いたような字で昂大は目を細めた。レギュラー五百円となかなか強気な価格設定だ。
「何にする?私グレープシャーベットとベリーミントにしようかな」
 優茉は目を輝かせている。二つも食うのか、と昂大は思った。
「俺はチョコ」
「チョコもいいね、あのチョコチップも入ってるやつ」
 会計を終え、他の客に倣って植え込みの側のベンチに座る。優茉は我慢ができず手元にアイスが来た時から舐め始めている。昂大は小さく笑うと自分のアイスに齧り付こうとした。そこで同じクラスの高吉と目が合った。高吉の後ろには難波と岡野もいた。奴らはアイスを持っていなかった。
 高吉は昂大に近付いてよう、と言った。

 昂大は一口アイスを齧ってからよう、と高吉に返した。面倒なことになりそうな気がした。
 難波と岡野は優茉を見ていた。優茉はアイスに夢中だったが昂大が口を開いたので、高吉を見ていた。高吉はニヤニヤといやらしく笑うと昂大に近寄った。
「お前ら、付き合ってたのかよ」
 昂大はアイスをもう一口齧り、やはり面倒なやつに捕まったと思った。
「そんなんじゃねえよ」
 ちらりと優茉を見たが、優茉は犬のように垂れるアイスを舐めている。そんな様子が少し可笑しくて昂大はふ、と声を出した。
「笑わないでよー」
 優茉は垂れるアイスと格闘している。
「欲張るからだろ」
 笑う昂大と優茉の間に高吉が割り込んでくる。
「イチャイチャすんなよ」
 昂大は余計なお世話だと思ったが、イチャイチャという言葉が引っかかって思わず顔を赤く染めた。
「学校帰りに買い食いしていいのかよ」
 高吉が言った。昂大は鼻白んだ気持ちになる。
「お前らも食えば」
「俺らはアイス食うくらいなら牛丼にする」
「なるほど」
「うるせえな」
 納得した昂大の肩を高吉は小突いた。
「もしかして昂大くん牛丼の方が良かった?」
 優茉がアイスを食べるのをやめ、ショックを隠さず問うてきた。
「いや、俺牛丼もアイスも好きだよ」
 それまで黙っていた難波が声を上げた。
「そんなどっち付かずじゃなくて、わたしかあの子か選んでよ」
 岡野が笑っている。優茉もつられて笑い、またアイスを舐め始めた。ふと手が濡れた。昂大のアイスも溶け始めたようだ。慌てて口をつける。高吉はつまらなそうに仲間のもとへ戻ると行こうぜ、と言った。岡野がアイスを恨めしそうに見るのを難波が引っ張る。
 三人が去っていくのを首を傾げながら優茉は見送る。昂大は食べ終わったアイスが指についたのを舐めながら明日の事を想像した。面倒な事にならなければいいと思いながら。
「高吉くんと仲良いの?」
「まぁ普通」
 優茉はぺろぺろとまだアイスを舐めながらふうん、と呟く。
「意地悪で言ったんじゃなさそうだね」
「どうかね、わざわざ絡んできたんだぜ」
「みんなでアイス食べても、美味しかったかもね」
 ようやく食べ終えた優茉は手を払った。
「まぁ、あいつらは牛丼の方がいいらしいから」
 昂大が気にすんなと言うと優茉は頷いた。食べ終えたのに優茉は動かない。昂大は帰ろうとも言い出せずこっそり優茉のくちびるばかり見ていた。




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