短編小説 麗しのボジョレーヌーボー
ナズナはクールでいつもサクラを見ない。二人で乾杯をする時だって視線を合わせたりはしない。チン、とグラスが重なったような音がするとその方にちらりと視線をやり、そしてワインを口に含む。口の端を軽く舐めるのを見たくてサクラはグラスを持ったまま、ナズナに向かって微笑んでいる。
「なに?」
ナズナはグラスを置くとサーモンカルパッチョに手を付け始める。サクラは早く口に含んだところが見たい。口腔内に溜まった唾を飲み込みたくてワインに口をつける。ワインはいつも好みじゃないとサクラは思う。酒が好きなふりをして、ナズナの口元が動くのを見ている。薄いくちびる。ソースが付いたよ、早く舐めて。サクラは一口ワインを飲み下すとふっ、と小さく溜息を漏らした。
ナズナは呆れたような顔で、咀嚼する。うん、美味しいなんて声をもらしながら。そしてちらりとサクラの方を眺め、勿体つけるように、口の端を舐める。
ナズナが呆れるのが先か、サクラが我慢できなくなるのが先か、わからないが食卓は既に意味を失っていた。
ベッドの用意は出来ている。しかしなんの意味があるだろうかとサクラは思う。二人で囲む食卓のこの雰囲気にやられている。サクラは溜息をつく。ナズナはメインのビーフシチューに手をつける。シチューを作ったのはサクラで、ナズナは少し上気した顔をする。酔ってきたのかもしれなかった。サクラはナズナのグラスにワインを注ぐ。沢山飲んで、食べて欲しい。全て満足できるように。
ナズナは愛について語るのが好きで、しかしそれは不器用だった。
「私はホワイトシチューが好き」
「知ってる」
ナズナが口に運ぶブラウンのシチューをじっと見る。サクラは唇を噛みながらはたしてワインに合うかどうかを考える。また舐めた。シチューについてが全てどうでもよくなる。
「このワイン、また買うね」
「そう?」
サクラはナズナの唇に触れたくなる。でもまだだ。自分のグラスにも少しワインを足す。
拗ねたようにワインを舐めるサクラに、ナズナはくすりと笑いかける。
「全然食べてないじゃない、ほらあーん」
ナズナは頬を染めながら、スプーンをサクラに差し出す。サクラは少し下からスプーンを口に含み、ビーフシチューを咀嚼した。満足気なナズナにサクラは敵わないと思う。
食卓からは小さな音で食事をとる音が続く。今度はナズナがグラスを傾け、サクラがワインを注ぐよう催促を始めた。
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