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【#29】Dr.タカバタケと『彼女』の惑星移民【創作大賞2024参加作品】

【本編連載】#29

視点:ノボー・タカバタケ 30歳
『西暦3230年8月(新星1年10月 青日) エリンセにて』

 スズキのアクアパッツァが出たころには、みんなのおなかもずいぶん膨らんで、会話は地球での思い出話が中心になっていた。

「ところでマスター、この中で一番酒癖が悪いの誰だと思う?」とヤマバがマスターに聞いた。

「そうねー、やっぱりアンジョーちゃんかしら」

「にゃにおーっっ!」

「ほらほらもう酔ってるじゃない。酔って、ノボーさんをいじめるのよ。そしたら、シーさんが来て止めに入るの。でもね、シーさんもお酒に酔うでしょ。で、あの人はアンジョーちゃんにべたべたとまとわりつくのよ。
ノボーさんはノボーさんで壊れた音声再生機みたいになって、理論の話ばかりするの」

「そうだ! そのとおりだ。俺がたぶん一番ましだ!」

「あら、ヤマバ。あなたはあれよ。眠くなって言葉が減るの。そしてアンジョーちゃんの名前をまちがえるのよ。マリー? マリーン? 自動運転AIの名前だっけ?」

「あれ、マスター知らないの? マリーちゃんの話。この人、マリーちゃんとの約束を守るために生きてきた人だから。ね、約束果たせてよかったね」

「お前が、それ、その顔で言うかー?」

 ヤマバは泣きそうになっていた。ヤマバには泣き上戸なところがある。それに随分と酔っていた。たぶんみんなで集まれたのが、よっぽど嬉しかったんだろう。それはボクも同じだった。

「ちょっとー泣かないでよー。私が悪者みたいじゃない」

「そうだ、お前が悪い、いい加減気が付け!」

「なによ、分かったわよ。言い方に気を付けますー。マリーンみたいに優しく話せばいいんですよねー」

「うーん。まあ、そうじゃないけど……それでいいや」

 ヤマバとアンジョーが言い合いをしている。すごく楽しそうだ。
 僕はエリンセに来てから明らかにアルコールの量が増えた。錠剤のほうが多い。たぶん、味より酔いを求めているんだろう。そのくせ、頭の芯が冷えたままで、酔いはするけど、地球にいたころのように、楽しくなることはない。
 たぶん、シーがいないからだ。シーに早く会いたい。
 実は地球に戻ったら、大きな楽しみが1つある。ここで覚えた旧イタリア国料理を食べながら、極上のワインを飲むこと。地球に帰ったら、ビン詰め極上の年代物ワインの数々が大量に僕を待っているはずだ。
 シーと一緒に月を見ながら、輝きを増していく太陽を見ながら……。そんな風に過ごせたら、僕はきっと頭の芯まで、心の隅々まで、心地良い酔いに身を任せられることだろう。

「そろそろ、お開きにしましょ!」
 マスターの声にみんなは最後の乾杯をした。


 僕は僕の自動運転装置に、ヤマバとアンジョーはマリーンに乗り込み、それぞれの帰路についた。

 青日の夜には、赤い月が浮かぶ。自動運転の中から見上げる月は、地球の月とは全然違っていた。
 マスターの言う通り。エリンセには未来がある。人々が望んだ新しい希望の未来がここであることに間違いはない。でも、それでも僕は『彼女』がいないことがさみしい。
 そして『彼女』に惑星移民を導かせ、それが終われば、まるでいけにえのように地球に置き去りにした。そんな政府に対して、やはり思うことはある。特にこうして飲んだあとには、そういう想いが湧いてくる。

 必要なもの以外は何も置いていない自室に着くと、僕は自動で灯った明かりを消し、ボローに声をかけた。
「ボロー、ヤマバにつないでほしい」

「はいよ」

 ボローを通じてヤマバに回線がつながる。
「よう、どうした? さっきまで一緒にいたのに何か忘れてたか?」

「今1人? アンジョーはいない?」

「ああ、先に送り届けたから、今はマリーンだけさ」

「さっきの話だけど、ほら大統領に会いたいって言ったその理由」

「……ああ」

「僕は地球に帰りたいんだ。どうしても3230年中に」

「そうか……。で? 帰ってどうする」

「帰るだけだよ。そこで思い出とともに生きていく」

「思い出ならこっちでどれだけでも思い出せるだろう?」

「ヤマバ、ダメなんだ。僕は毎朝、絶望の中、目を覚ます。生きている感じがしない。生きながら屍であるような気持ちだ。僕の中にある想いは地球に帰る事だけなんだ」

「俺やアンジョーを捨ててでもそうするのか?」

「捨てるなんて表現よしてよ。捨てない。ただ地球に戻る。地球でみんなとの思い出の中に生きていく。ヤマバとアンジョーには感謝しているけど、これだけはどうしてもだめなんだ」

「わかった。じゃあ1つだけ、アンジョーや他の誰にも絶対に言わない」
 ヤマバはそう言ってから内緒話をするように、かすれた小さな声で言った。
「シーを起こすことは? 『彼女』を再起動することはできないのか?」

 ヤマバのその言葉に僕は黙ってしまった。

「ノボー。ちゃんと教えてくれないのなら、大統領に会わせることはできない」

 2人の間には沈黙があった。でもそれは親密な沈黙だった。

 やっぱりヤマバにはかなわない。本当は、僕は誰かにこのことを聞いてほしかった。
「ヤマバ、僕は今まで嘘をついていた。ごめん。言えなくて。大丈夫、起こせるよ。いや、実はもう起きているんだ。起きて僕を待っているんだ。3230年中に帰る約束をしているんだ」

「…OK。それを聞けて安心したよ。1人で死にに行くんなら絶対に行かせない。でもシーと共に生きるために行くんなら俺は応援するよ。俺はシーにも借りがあるからな」

「ヤマバ……」

「大丈夫だ、明日早速アプローチしておく。ただし、くれぐれもシーが起きていることを口外するなよ。反逆罪で英雄が一気に反逆者になる恐れもある」

「大丈夫。僕には話す相手なんかいないよ」

「そうじゃなくて……大統領と交渉するとき、それを知られてはいけないという意味だ。万が一にも大統領が許しても、それ以外の政府の人間は拒絶反応を示すだろう」

「ああ、そういうことか。うん、気を付けるよ。大丈夫そこまでバカじゃない」

「いや、お前は大バカだ。……そして、俺もな」

「ありがとう、おやすみ」

「ああ、ノボー。おやすみ」

#30 👇

6月21日17:00投稿

ワープ理論『時空短縮法』を発見し人類を救った天才科学者
【使徒】として地球の意志を聞いたスーパーAI
私邸育ちの謎多き14歳の少女
世界企業リコウ社から来た、現場引き抜きの研究員
研究アカデミー世界最高峰と言われるAC.TOKYO筆頭教授
政府とも太いパイプを持つ
コシーロ研究室助教授。コシーロとは婚姻関係
βチルドレンで、ヤマバと共に過ごす。6歳で永眠。

【語句解説】

(別途記事にしていますが、初回登場語句は本文に注釈してあります)


【1章まとめ読み記事】


【4つのマガジン】


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