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PSGOZのボカロTips 第2回

前回(第1回)はVOCALOIDのノート(音符)の仕組みと、基本の打ち込み方、子音を伸縮するパラメーター VEL(ベロシティ)の解説をした。今回は実際の歌手の表現技法をVOCALOIDで再現する上でのヒントと、特にビブラートについて書く。

当Tipsについては基本的にCrypton Future Media社の初音ミクV4XとPiaprostudio(Mac版)を用いて説明している。
※オーバーシュートの項目でVOCALOID5のパラメーターに関する誤記があり、2020.6.8に追記

■ ボカロエディットって結局何するの?

「ボカロ調教」「ボカロ調声」「Tuning(調音)」など様々な呼称が存在するVOCALOIDの編集作業だが、端的に言うなれば、声を発してから止めるまでの間に歌手らしいピッチ・音色の変化を付加することである。

この第2回では主にピッチ操作がキッカケとなる表現技法を紹介する。
そこでまずはボカロの発音を便宜上ADSRに対応させる形で4区に分け、そこに実際の歌手のピッチ操作による表現技法とその適用区間を対応させた図を作成してみた(下図)。

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VOCALOID 2 ~ 4 ではユーザーが手入力しなければならないが、VOCALOID5 は Attack & Release Effects という機能の中に実際の歌手から採取したというピッチの複数パターンがプリセットされている。尚、当記事の技法名はできるだけ実際の歌手の間で普及しているものを扱うようにしており、VOCALOID5のプリセット名にあわせたものでは無いので注意。

 ・しゃくり(Note Bend)

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目標ピッチに対して、それよりも低い音からアプローチする技法。
ダイアトニックスケール上で目標となる音の1つ下の音から階段状にピッチを上げることもあれば、音階に囚われずにスライドさせることもある。

 ・ボーカルフライ(Vocal Fry)

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ボーカルフライ(和名:エッジボイス)はノイズ的な音が混じる声で、アメリカでは21世紀初頭から女性の間で急速に普及したと聞く。ボーカルフライの再現にはVOCALOID 2 ~ 4 時代は極端に低域からしゃくり、合成音の破綻を利用してボーカルフライらしさを表現する技法があった。図ではPBSを最大にし、PITでC2以下の音域から目標の音高にベンドしている。
尚、VOCALOID5にはボーカルフライを合成する新機能がある。
Sample1 Sample2 Sample3

 ・オーバーシュート(Overshoot)

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滑らかな音高変化、及びその直後に目標音高を超える瞬時的な変動成分
出典:歌声情報処理の最近の研究 - 産業技術総合研究所 

これをすると子音のニュアンスが変わる。個人的には子音のアタック感を増したい時に使っている。図ではPOR(ポルタメント・タイミング)を連結されたノートに適用するという特殊な使用法で、ピッチ遷移の時間を短縮している。VOCALOID5では消えたパラメーターのひとつ←というのは勘違いで、存在していた(リファレンスガイドV5.5.0 46ページ)事を後になって教えて頂いた(追記:2020.6.8)。

 ・ブレイク(Voice Break / Clack)

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スクリーンショット 2020-10-18 22.19.59

発声時の現代的なニュアンス。ヒーカップと対になる表現とも考えられる。VOCALOID上ではピッチの急激な下降という形でデフォルメしているのをよく見かけるが、ピッチの動きだけではなく声色変化の観点からもサンプルを観察したい。上図1番目が短いノートを置いた場合で、2番目はピッチを矩形波状に描いたもの。英語版wikiなどによると、ボーカルレジスター(声区)間の移行領域又は移行するときのボーカルテクニックを指し、商業音楽界ではVoice Break、クラシック音楽界(ベルカント唱法)ではPassaggioと呼ばれ、意図しないVoice BreakをVoice Clackと呼ぶことがあるらしい。下記リンクのサンプルをDAWでタイムストレッチを掛けて観察すると良いだろう。
Sample1 Sample2

 ・ビブラート(Vibrato)

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ビブラートについては後述する。

 ・ノンビブラート(Straight Tone)

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ビブラートを抑制する背景には「個の抑制と全体の和の重視」があるのだという。ビブラートを掛けずに直線的にピッチを伸ばす場合でも、VOCALOIDは歌声ライブラリに収録・設定された微細変動(発声区間全体に観測される不規則で細かい変動成分)が伸縮部(ループ箇所)に付加されている。

 ・ヒーカップ(Hiccup / Yodel)

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ヒーカップ唱法(Hiccup しゃっくり)は、ジャパニーズロック歌手(ビジュアル系バンド)・アイドル・声優などが多用する(日本の一部商業音楽界で有名な?)唱法である。インターネットではその起源を1950年代アメリカ Buddy Holly にまで遡れる。ひょっとしたらカントリーやロカビリーのミュージシャン達によってローカライズされた「短いヨーデル」、もしくはそこから派生したVoice Break/Crackなのかもしれない。
というわけでヒーカップ唱法は大きく分けて
・ピッチとして認識できる「ヨーデル」的なもの
・ピッチとして認識できないVoice Crack的なもの
が存在しているように思われる。これはVOCALOIDで再現する場合、どうしても"ピッチが現れる範囲"でなんとかするしかなく、前者は比較的容易いが、後者はなかなかに難しい。
尚、Vocal Hiccup で検索するとマイケル・ジャクソンがヒットするが、彼のサウンドは語尾を上げるものではなく、単体のパーカッシブなものだ。
Sample1 Sample2 Sample3 Sample4 Sample5
Michael Jackson's Vocal Hiccup → Sample

 ・フォール(Falloff)

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語尾でピッチが下降しながらデクレッシェンドしていく。
Sample1 Sample2

■ ボカロのビブラートについて

ボカロでビブラートかける方法各種を整理すると、A: ノートにプリセットのVibratoを適用する B: パラメーターPIT(ピッチ)の振幅を描くの2種類が考えられる。

DYN(ダイナミクス)の振幅をPITに併せて描く人もいるが、あまりオススメとはいえない。オススメではないが実際やってみるとDYNの振幅でも(一緒に鳴っている音などの条件にもよって)疑似ビブラート的な効果は出せなくもない。ひとつの手法として否定はしないが、調節は難しいだろう。
しかし何故ビブラートでDYNを動かそうと考えている人がいるのかというと、おそらく歌手のビブラートをDAWで見た場合、音量が波打っていたケースを見てそうしようと思ったのだろう。ビブラートはそんなに単純なものなのだろうか。全体のパワーだけを見て判断しても良いのだろうか。そもそもDYNというパラメーターは、Volumeと違って有声音と無声音を異なるバランスで増減させるものらしいのだ。出てきた音(結果)が全てとはいえ、遠回りになりはしないか。

VOCALOIDのVibratoとPITは、どちらも単純なピッチベンドではなく、有声音と無声音のうち、有声音だけが揺れているように鳴らすことができる。
→簡単に言うと、プリセットやPITでビブラートかけると高域がシュワシュワしない。わりと優秀。

それでは各方法について解説しよう。

 A:プリセットのビブラートを調べてみた

●特徴1:プリセットのノート適用型のビブラートは下図のとおりBPMにシンクしない為、全部実時間で動きを把握する必要がある。

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●特徴2:ボカロのビブラートはミクDarkとミクOriginalで比較したが差が無い。どうやらVOCALOIDエディター由来の為、F0(基本周波数)の動き自体は歌声ライブラリによって違いは出ないようだ。但し、声質が異なっていることで振幅量の感じ方に差が生じる可能性はある。

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●パラメーターVibrato-Depth(振幅)の動き

下図は初音ミクV3 Original。目分量だが値50で半音(100cents)、100で全音(200cents)の振幅になるのでは無いだろうか。

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●パラメーターVibrato-Rate(周期)の動き

単位はヘルツ(Hz、1秒間に何回振幅するか)でみていこう。これも目分量だが......

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 ・Vibrato-Rate 値 - Hz 変換表(Normal)

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注意:この表は目分量で作った。プリセットはNormalの場合。ボカロのVibrato-Rate値(64 ~ 127 間)は、値を1増やす毎に0.075Hzずつ動くのではなかろうか。1 ~ 64 間は未調査。プリセットでNormal以外を選ぶと、数字の対応がそもそも変わるようなので注意。

 ・動画で見るVOCALOID Vibrato

ビブラート・レイト値( 64 ~ 127 )の動きを観察できる。
注目なのは、およそ380msあたりまでのデプス量の増減。尚、見やすくするためにノートオン付近に極短いノートを設置して、バーの中心からピッチが動くように調節してある。

●ポイント1:ノートオンから約37.5msくらいまでのピッチは直前の近接したノートがあった場合に影響を受ける

●ポイント2:ノートオンから約380msくらいまでに徐々にVib-Depthの設定値100%に近づいていく

つまり Vibrato の開始地点付近は全く震えないということで、Vibrato の適用範囲を 100% に設定してもノートオン付近ではDepth値を上げたりPITで補正したりしないと狙った振幅が得られないということ。

ボカロ標準のビブラートの弱点は発音開始の時点から掛けられないこと。いきなり頭からビブラートが掛かっているような事(それをビブラートと呼べるかは兎も角)はポップスの歌唱ではよく起こっていることなのだが、残念ながら対応できない。

PIT手書きは、VOCALOIDのプリセット・ビブラート機能では描けない振幅を描くところにアドバンテージがあるのだ。

 ・ビブラート・テンプレート リスト(完全版)

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プリセットのビブラートについて調べてみた表がコチラ↑どうも種類ごとに基本となる波形が異なっているらしい。
プリセットのビブラートの基本波形の表↓

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試しにビブラート4種類のプリセットを同じ振幅、周期に設定しようとすると、下図のようになる。ビブラートの種類を変更するとパラメーター値の変化量も変更されてしまうようだ。

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波形の形が完全に同じではなさそうだったので1周期毎に比較してみた。たまに振幅幅が微妙にガタついてて、それのパターンがどうも違うっぽいのは分かるのだが、聴感上に差が出るかといわれると微妙なところだ。

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 B: パラメーターPITの振幅を手書きする

PIT 手描きはプリセットのビブラート機能では描けない振幅を描ける。発声開始直後からの最大振幅で描けるし、位相も手描きなら自由自在だ。
だがしかしダルい(重要)

●振幅:パラメーターのPITでビブラートを手描きするなら、PBS(ピッチベンドセンシティビティ)=1で上下幅いっぱいにPITを動かすと200centだ。
まずは振幅が 200cent 以内に収まるビブラートを試してみよう。
●周期:フリーハンドでビブラートを描こうとすると、目安がないのが一番困ると思うので、一応BPMが120であることに注意しつつ下図を参考にしてみてほしい。

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↑BPM:120のとき 8分音符 は4Hz

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↑BPM:120のとき 付点16分音符は約5.3Hz

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↑BPM:120のとき 32分音符の三連符×4 は約6Hz

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↑BPM毎の周期 クオンタイズ値を調節してグリッドラインを目安にビブラートの波形を描いてみよう。

かつてボカロ界隈では"神調教師"達がせっせと滑らかで美しいピッチカーブを何日も掛けて描いていた時代があった。時は流れ PiaproStudio 2.0.1 のアップデートにより直線ツール曲線ツールが追加され、PITやDYN等パラメーターの描画がかなり楽になったものだ。

VOCALOID 3, 4、ボカキュー等の Job Plugin が使えるエディターを使うなら、きょんさん作の「サインビブラートエディタ」が超便利だ。

VOCALOIDが頑張って描いた美しい曲線どおりの動きをする保証はまったくないのだが......
これは想像だが、生歌のF0(基本周波数)やパワーをPITやDYNに単純に転写すればボカロは人間らしくなるという思い込みがボカロユーザー達の間に広まったのは産総研のVocaListener(ぼかりす)の影響なのかもしれない。声が変わればピッチもタイミングも調節し直さなければならないのだが。

PITやDYNといったパラメーターのオートメーションは、フリーハンドによる「汚い、人間のもつゆらぎを付加」することに秀でているので、発話やラップのような音階に囚われない表現に仕上げで使うことをオススメする。

■ コラム:PSGOZのビブラート設定・思想

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