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地下鉄から地上へ 見つけた空に遠い森のことを思い出す
地下鉄で移動し地下からエレベーターで地上へとあがっていく。扉が開いた瞬間に目の中に飛び込んできた色にハッとした。空の色。
陽が落ちる直前のビルとビルの間に切り抜かれたように浮いて出てきている青さが、私の目を覚ますようにそこにあった。
その空に、今日の一日がリセットされていくみたいな感じがする。
その青さはそこに突然あったけれども、刻々とそれは色を変えて行く。どこかに消えるように行ってしまう。
あぁ、もう少しだけ。
あと、あと、ほんの少しだけ、待ってほしい。
何度か深呼吸をする。
マスクを外して、それから急いでシャッターを押した。すぐに夜がやってくる。透明感のある紺色の空にもう変わっている。
さらに移り変わってやがて不透明な紺色の空に。
夜が来る直前の時間と朝が来る直前の時間が、私は好きだ。
一瞬の紫の色のような時間が、その境目になる時間が一番落ち着く。
昔から私は変わっていない。今日までの間に色々なことが変わってしまったように思えるからこそ感じるのだと思うけど、変わっていないものもある。
夕暮れには妖怪が出るっていうから、それは逢魔が時っていうのだと子供のころに知った、特別な時間。怖いっていうより会いたいの方が強かった。だからいつも近所の橋のたもとにある草むらに一人で行っては、じっと耳を澄ましていた。彼らの足音が聞こえないかなって。
多くの人が活動しない時間が好きだった。新しい空気が生み出される頃の時間にひっそりと呼吸をしてじっと外を眺めているのが好きだった。私が吐き出すものが空中に放たれ、それがやがて窓から見えるあの森に吸い込まれていくのかなって思った。人が活動する朝という時間が来る前に森が吐き出すものは、私という人間にとっては新鮮な空気が生まれてるっていうことなんだなと、そう思いながら森から届いたばかりの新しい空気の中で深呼吸をする。この瞬間の呼吸には味がある。匂いもあるのだ。
日常の活動時間の呼吸には味がするなんてことを思うことは無かったけれども、この特に朝が来る直前の空気はひと言で言うなら美味しい。
それらを感じることのできる「呼吸」する時間は、それ自体がなぜか自分がここに存在することの安心感の一つでもあった。
私にとって「呼吸」はとても重要だった。いつか呼吸が止まって死んでしまうってお医者さんに言われていたからだ。実際は両親がそのようなことを話していたのを聞いてそう思ったということなのだけれど。長くないっていうのは、吸えなくなるとか吐けなくなるってことなのだろうと、喘息の発作で度々呼吸ができなくなって脳に酸素がいかなくなる状態を経験していた私にはそう思えていた。重い小児喘息で小学校は卒業できないと言われていた。その後いろいろはたくさんあって余命宣告ってやつには何度か出会ってはいるけれど、私は今日も生きている。
まだしばらくここで「呼吸」し続けるらしい。
空を見て、遠くにあった森を思い出していた。
今、生きてるよなぁって、呼吸していた。
あの頃とは違う立ち方で、この人生に立っているし、さらに新しい立ち方をしようとしている自分を今、見ている。
さあ、歩き出そう。まずはおうちへ。
夜がやってくる直前の、そんな昨日のひとコマ。
写真と文 sanae mizuno
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