見出し画像

第5章〜病舎看護係編 第7犯〜文化祭のメインは俺

皆さんこんにちは!
今回は3回目参加の文化祭ネタです。
最後の文化祭に相応しい内容だと思いますので、最後まで宜しくお願い致します!

なんやかんや言っても、頼まれ事には弱いという自分が見えた。
ブーブー文句を言いつつも、体育祭で1500m走という大役も受けちゃったし、今回はブラスバンド部の部長だ。 

と言うことで、今回は、才能云々じゃなくて、頑張ることの重要性を書いて行きたいと思う。


さて、川越は「少年刑務所」なので、20〜26歳までの囚人しかいない。
この年齢を超えた場合、一般の刑務所に移送となる。

俺の場合3回目の文化祭の時点で26歳を超えていた。
そう、本来であれば情け容赦なく移送の対象となっている。

ただ、俺はその時、ブラスバンド部の部長をやっていた。

そう、度重なるパワハラ(と言っても2回目だが)によって、繰り上げ部長の座を手に入れたのである。 
だから俺は、オヤジから文化祭について打ち合わせを持ちかけられた時に「タツネンなんですよ」と言った。

ちなみに「タツネン」とは、決められた年齢に達したから移送になる。の意味だ。

要は移送対象となってるから、文化祭には参加できない。と伝えたわけだ。
そしたらオヤジから
「お前以外にはやらせん。なんとかしてやっからやれ。」
という3回目のパワハラを受けたのである。


刑務所は何かあってもなくても「イエス」「はい」「喜んで」以外の単語の使用は禁じられているため、嫌だけど快く拝命した。

ちなみに部長の仕事は文化祭の時の
・挨拶とクラブ紹介
・曲間に各曲の紹介
・最後の挨拶
である。
そう、演奏だけではなくマイクパフォーマンスがセットになっている。

これにはいささか困った。
なんせ1000人を超える悪人と、100人を超える刑務官の、全視線を浴びながらのマイクだ。

しかも全員笑顔になる事も、声を出す事も禁じられてる。
完全に公開処刑みたいな感じだ。せめてイジって頂きたいと心底思う。

去年までと違い、自分が部長としての発表となると責任がグッと増す。
当然練習にも身が入る。懸命に練習するだけではなく、目標というものも設定した。
俺が部員の皆さんに課したお題は「楽譜の暗記」だ。
要は演奏の時に指揮者を見るということ。これによってしっかりとしたアイコンタクトが可能になって、流れの中に音を入れるタイミングが完璧になる。
周りを伺う余裕も出てくるし、何よりも楽譜を覚えてるもんだからミスが減る

結果的に上手くなるし、客席から見た時にちゃんとしてる人たちに見える。

だからオヤジに文化祭で使う曲の楽譜だけ舎房に持って帰れるようにお願いしてみたら、アッサリ許可が出た。これによって部員のレベルが一段階上がった

レベルアップ

そんなこんなであれこれ頑張っていたら、あっという間に文化祭当日がやってきた。

部員のほぼ全員が一年以上の経験者ばかりだったので、運も味方して過去最高の完成度になったと実感していた。
みんなの顔面が輝いて見えた。更生した悪人って感じだ。

ちなみに文化祭では部員全員がブラスバンド部の伝統衣装を身に纏う
そんな姿を見ると、何やらみんな誇らしげだった。
いい感じの顔になったところで、いざ出陣だ。


講堂の脇にあるブラスバンド部の部室からステージ裏に移動する。
うちらの発表の前に、ダンスクラブが発表していた。
舞台袖からみんなで見ていたけど結構上手かったっす。

着々と自分らの出番が近付いてくる。お調子者の悪人でさえ口数が減っていく。
それもそのはずで、舞台袖から見える客席は圧巻だ。満員御礼だ。
二階席までありやがる。立見もわんさかいる。おまけに全員ハゲで無表情だ。

俺はすでに腹を括っている。
セリフも膨大な数を繰り返して完璧に覚えてきた。
間違えるはずがない。

そして出番がやって来た。
俺は前任者の部長がやっていたのを思い出し、ステージに上がる階段前に立ち、部員一人一人に声をかけながらハイタッチをしてステージに送り出していった
うん、みんなの気合いも十分だ。間違いなく最高の演奏になると感覚的に分かっていた。あとは俺がセリフを噛まなければ完璧だ。

俺は最後にステージに登り、キザったらしく客席に一礼した。
本来であれば慌ただしく着席し、間髪入れずに指揮者が演奏開始の合図を送るところだが、俺は昨年までの経験上、一息入れた方がいいと判断して勝手に一礼した。

要は「間」を取ったのだ。
その後なに食わぬ顔で着席し、俺待ちだった指揮者に目線を合わせる。
タクトが振られると同時に、俺の最後の文化祭が始まった。

一曲目の入りは完璧だった。
間を取ったことでタイミングが取りやすくなったのだ。
次第に楽器が合流し、一部がソロになり、クライマックスを迎える。
会場から拍手が巻き起こる。うん、いい感じである。

指揮者の合図で部員が起立し、一礼し、着席する。
マイクを持った俺が悠然と起立し妙に自信に満ちた声でクラブ紹介をしていく。
今も手元に原稿は残っているのだが、読み返してみても実感が湧かない。
ぶっちゃけあんまり記憶にない。
思い出せるのは、最前列に座っていた病舎仲間や掃夫仲間が応援の眼差しと笑顔を向けてきたことくらいだ。
うん、きっとあの目線は「ミスれ!」と言う目線ではなかったはずだ。

1曲目に演奏した曲の紹介と、次に演奏する曲の紹介を終え、着席と同時に2曲目が開始される。
こちらも完璧な入りだった。間違いなく川越少年刑務所ブラスバンド部の歴史上最高の演奏になっているはずだ。得体の知れぬ確信と共に2曲目が終わる。

マイクを持った俺は、指揮者を務めている外部講師の先生の紹介をしていく。
この先生には本当にお世話になった。音楽の素人集団に、大変分かりやすく指導してくれて、人に聴かせられるレベルにまで押し上げてもらった。
そして3曲目の紹介をし、曲が始まり、予定よりも上手に演奏する。

みんな課題と真剣に向き合ってくれたおかげで、誰一人として指揮者から目を離さなかった
指揮者の顔を見れば演奏の出来なんて一目瞭然だった。
段々欲が出て来たみたいで、強弱のサインがあからさまになったのを覚えている。
次第に練習でもやらなかったようなレベルの高い要求をしてくるようになった。
要求するレベルと、指揮者の顔面の幸福度がぶち上がっていく。実はこの人ドSなんじゃねーの?って疑ってしまう。
しかし俺らはその要求にギリギリで応えられたと思う。いや、絶対ミスってたけど、トータルで見たら過去イチで良かったと思う。

そして最後の曲がやって来た。
「WINDING ROAD」コブクロと絢香の曲だ。

ちなみにこのドS指揮者先生が、文化祭で発表する曲を選定し、ウチらの楽器構成に合わせて、各パート毎の楽譜を作ってくれる。天才か?

そんなこんなでドSっぷり本領発揮のこの曲が選ばれた。
ラストの各パートの高音部分がホント大変なんす。
全力で3曲演奏してからの「WINDING ROAD」。終盤にやってくるサビで各人の唇がバグって音が出せなくなる。そんな曲だ。

みんなバグっていく唇とのバトルに勝利し、なんとか最後まで持ち堪えてくれた
無事に難曲に勝利して起立し、堂々と一礼をしてステージから去っていく。
客席からは割れんばかりの拍手が聴こえる。正直他のクラブへの拍手より大きかったと思う。頑張った俺たちに対する最高のご褒美だった。
感傷に浸る間もなく、すみやかに裏から出て部室に行く。
途中、追いかけてきたオヤジとハグして言葉を交わし、最後に部室に入ると悪人達もハグしまくっていた。
「お前よく最後持ち堪えたな!」とか褒め合っていた。微笑ましい風景だった。

勝利

俺とオヤジが部室に入り、着替える前に俺の代表挨拶とオヤジからのお褒めの言葉があった。
で、元の囚人服に着替えていると「主任」「統括」と呼ばれる偉い刑務官がやって来た。主任は結構話してたけど、流石に統括は話したことがない。巡回中に見かけるくらいだ。相当怖いという評判だけは伺っていたが。

そんなお偉方2名が一体何をしに来たのかと思ったら、いい演奏だったから褒めに来たって話だった。
こいつらの評価いかんで仮釈放に影響してしまうであろう奴らの評価だ。靴の裏を舐め回してでも手に入れたい評価だ。
そんな高評価がクラブ活動を通してやって来た。(実際に評価がどうなったか知らんけど)
俺らはいい演奏と、初めて感じた仲間とのパーフェクトな一体感に酔いしれていた。正直満足感があったから評価とかそういう下心はあんまりなかったと思う。

そんなお偉方2名からの訓示をありがたく頂戴し、最後にみんなで喜び合い、舎房に帰る行進の群れに加わった。

舎房に戻ると後輩悪人3名がめっちゃ笑顔で迎えてくれた。
「サイコーでしたよ!」「正直ナメてたっすw」「感動しました!」
ハイタッチしたり、ケツを叩かれながらそんな言葉をもらった。
俺は自分でしゃべった記憶が無くなってたから、後輩悪人にどんなだったか聞いた。
「サイコーでしたよ!」「正直ナメてたっすw」「感動しました!」
そんな言葉をもらいながら、頭をひっ叩いたりケツを叩いたりしていた。

スクリーンショット 2022-03-03 13.57.45

振り返って改めて思うのだが、想定よりもいい感じで俺の晴れ舞台は終わった。
・偶然にもやる気に満ちた刑期の長い部員に囲まれ
・偶然にも繰り上がり部長となっただけのラッキー男が
・偶然にもオヤジの耳にタツネン情報が入って延長してくれて
・偶然にも最高のメンバーで文化祭を迎え
・偶然にも土壇場での高レベル演奏が功を奏した

というだけのラッキー話。

そんな感じで俺の文化祭は終了した。
この経験は俺にいい爪痕を残した。
未経験のことでも、入念な準備とシミュレーションで意外とできるものだし、頑張った際に得られる満足感といったら脳汁ドバドバだ。
ついでに思ってもみない人物からの嬉しい評価まで付いてくる。棚ボタってこういうことを言うんだろう。

当然のように俺自身も自分の成長を実感した。
明確な目標を立てる大切さや、仲間の力が合わさると予想を覆す結果が産まれるということなど、学ぶ事の多い文化祭だった。

こういった経験も刑務所にいなかったらできない経験だった。
いや、正確に言うと高校生の時に経験していたんだけど、残念なことに忘れ去ってしまっていたようだ。だから思い出させてくれたいい経験だ。

こんな感じでいい経験も、反対に悪い経験もたくさん積みながら反省の日々を積み重ねていく。
こうして毎日が出所後の自分の糧になっていく。所内でも学ぶことは多い。学ぼうとするかしないかを選択させてくれるだけでも有難い環境である。

こうして学ぶことが苦にならなくなったので、出所後にも進んでデスクに向かえるようになった。
結局は活かし方が一番の問題なのだと実感している。

川越での俺の刑務所生活の中でも、ブラスバンドは一番俺を成長させてくれた時間の一つだと思う。
これがなかったらもっと普通に時間を過ごすだけになっていた可能性がデカイ。
誘ってくれた6工場の悪人パイセンには本当に感謝している。
もう悪いことせずに生活しているであろうことを祈っている。


長文となりましたが、最後までお読み頂きありがとうございました!

暇潰しに的なノリで入ってみたブラスバンド部でしたが、数多の感動に恵まれました。
結果的に僕の仮釈放に一切響いていない!と言い切れますが、自己成長を促してくれた時間でしたので、部員の悪人共や先生方には本当に感謝しております。

まだまだ刑務所の思い出はたくさんありますので、ウザくならない程度に厳選して書き記していきたいと思います。

今後とも宜しくお願い致します!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?