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魔法使いのババア 超短編

 僕は物置で魔法使いのババアを飼っている。

 一昨日、河原でけんた君と野球の練習をしている時に僕の打ったボールが大きく外れて草むらに突っ込んでしまった。僕がボールを拾いに行くと、ボールの横にババアが倒れているのを見つけた。
 慌てた僕たちはとりあえずババアを僕の家の物置に隠す事にした。

 けんた君はババアを運び終えると逃げるようにして家に帰って行った。
 僕はしばらくババアの様子を眺めていたが変化が無いので部屋に戻って妹とテレビゲームをした。

 僕は夜中にこっそり物置の様子を覗きに行ってみると、ババアは体を起こして後頭部の辺りをさすっていた。

「大丈夫?」僕は恐る恐るババアに声をかけてみた。

「ん?ここはどこだい?」ババアが喋った。

「ここは僕の家だよ。河原で倒れていたからけんた君とここまで運んで来たんだ。」僕はボールをぶつけた事は内緒にした。

「狭い家だね。まるで物置みたいだ。」

「だって物置だもん。元気になったなら出て行ってよ。」

「元気なもんかい。頭が痛くって立てやしないよ。それよりなんか食うものは無いのかい?」

「仕方無いなあ。ちょっと待ってて。」僕は罪の意識もあったので台所に何かあるかと取りに行った。

「はぁ、不味いね。あんた名前は?」ババアはカップ麺を一気に平らげた。
「僕はトシオ。」
「トシオか。歳はいくつだい?」
「10歳。ババアは?」
「私は歳なんていちいち数えちゃないよ。」

 人はいつか歳を数えなくなるものなのか、と僕は思った。

「トシオ。私はしばらく、ここに居ても良いかい?」
「え、それは困るよ。帰る家無いの?」

「帰る家か。あるにはある。でも、しばらくここに居させてもらうよ。」
「なんでだよ。それに父さんたちにばれちゃ困るし。」

「それはそうだね。でも大丈夫だ。ここだけの話、私は魔法使いなんだ。だからどうとでもなる。」
「え?何それ?そんな風には見えないけど。」どうとでもなるなら出来れば何処かに行って欲しいと僕は思った。

「ガキ相手に嘘なんか吐きやしないよ。まぁ心配しなさんな、とりあえず私は寝るよ。」そう言ってババアは寝た。

 魔法使いか。でも、このままババアを飼いならすと、ひょっとしたら僕も魔法が使えるかもしれないと思った。

 ババアを飼い始めてから今日で3日目だ。ババアは口を開けば文句ばかりを言ってくる。
「腹が減った。」「飯がまずい。」「床が固くて眠れない。」

 もう僕はババアを捨ててしまいたかった。
 でも、僕はボールをぶつけた気まずさと下心で出来るだけババアの言う事を聞いてやっていた。

「あのさぁ、魔法使いなんだったらご飯くらい自分で何とか出来ないの?」僕はババアが本当に魔法を使えるのか試してみた。

「簡単に言うんじゃないよ。魔法ってのはすごく体力を使うんだ。まず、食わないと魔法が使えない。魔法を使えばまた腹が減る。だから食い物を出す魔法使いなんて居やしないよ。」

「うーん。でもなあ。」

「あー腹が減った。死にそうだ。ババアがここで飢えて死ぬよ?トシオ良いのかい?」
「もう。怖いこと言うなよ。分かったよ。」

 台所からこれ以上持ち出すと流石にばれそうなので僕は貯めていたお小遣いで菓子パンを買ってやった。

「ねえ、ババアは空とか飛ばないの?」

「なんだいトシオ、あんた空が飛びたいのかい?」
「うん。まあね。」

「馬鹿だねぇ。そりゃ別に飛べるけど、あんなものろくなもんじゃないよ。まず人目について仕方が無いだろ、恥かしいったらありゃしない。それに、どこか遠くに行きたいなら電車でも飛行機でも使えば良い。あと腹も減るしね。」

「ババアはそればっかじゃないか、でも僕は空が飛んでみたいんだ。」
「あーそうかい。じゃあ飛べば良いじゃないか。」

「え、飛べるの?」僕は地面を蹴って浮き上がろうとしたけど直ぐに地面に戻って来た。
「そんなとこで跳ねても空まで行けるわけ無いだろう。もっと高い所から飛ばないとだね。」
「高い所から飛んだら落ちて死んじゃうじゃないか。」
「そんな事は知ったこっちゃないよ。飛べる時は飛べるもんだ。誰でも最初から簡単に魔法が使えると思ったら大間違いだよ。魔法使いってのはそういうもんだ。」

 僕はがっかりして部屋に戻って妹のままごとに付き合った。

 次の日もババアは相変わらず物置でゴロゴロしていた。

「あのさあ、明日運動会があるんだ。僕足が遅くてさ、一回でいいから一等賞を取りたいんだ。」このくらいならとババアに言ってみた。

「なんだそりゃ?かけっこなんて負けたって良いじゃないか。そんな事に魔法を使うなんて馬鹿馬鹿しい。」

「なんだよ、そうやって誤魔化してばっかで、って言うか、いい加減出て行ってよ。お小遣いも もう無くなっちゃうんだ。」

「えっ、トシオ、あんた自分のお小遣いでこのババアに食わしてくれてたのかい?」
「そうだよ。でも、もういいよ。じゃあね。」

「それは済まない事をしたね。恩に着るよ。」
「どうでもいい。ただのインチキババアに騙された僕が馬鹿だったんだ。」

「トシオ」

 僕はババアが何か言おうとしてるのを無視して部屋に戻った。


 翌朝物置を覗いてみるとババアはもう居なかった。


 お昼過ぎに100メートル走が始まり少しずつ僕の出番が近づいてくる。

 空砲の音が鳴り僕たちはスタートした。

 何かが違う。
 身体が僕より先に進み、まるで宙に浮いているかの様にどんどん僕を前に運んだ。
 そこには、いつも後ろから眺めるみんなの背中が無かった。

 コーナーを曲がるところで僕はマキオ君に抜かされた。

 マキオ君はクラス代表のリレー選手にも選ばれていて、僕なんかが勝てる相手じゃ無かった。

 でも、今なら勝てる気がする。僕はおへその辺りにグッと力を込めた。

 だんだんゴールテープが近づいてきた。
 僕は今までで一番必死に走っている気がする。

 それでもマキオ君との距離は少しずつ広がって行く。

 ダメだ。勝てない。

 そう思った瞬間。マキオ君がゴールテープの前で転んだ。

 僕は勢いそのままでゴールテープを初めて切ることが出来た。


 僕は家に帰り真っ先に物置に向かった。でも、ババアは居なかった。


 何日かして河原で老婆の死体が見つかった。

「餓死らしいわよ。」「身寄りも居ないんですって。」「高齢なのに可哀想ね。」


 違う。


 全然違う。みんな何も分かっていない。


 ババアは僕に魔法を使ったせいで一気にお腹が空いたんだ。


 僕はババアにまだ謝って無かったのに。

「ごめんなさい。」僕は河原で草むらに向かってボールを放り投げた。

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