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備忘録 退場

終電がなくなったのを確認してから、彼に連絡をする。
「やっぱり、急遽、今日実家に帰ることにした。」
そのあと着信があったけど、ごめん出なかった。

実家の最寄駅に着くころには日付が変わる。
10時就寝の両親はすでに寝ている時間だ。
しょうがない、電話してドアガードを外しておいてもらわないと。

乗り換えの間に、家電にかける。
父が出た。
「もしもし、わたしだけど」
「どうしたの、こんな時間に」
その声を聞いたとたん、涙があふれた。
しゃくりあげてしまい、うまくしゃべれない。
電車が来る前に伝えきらなきゃいけないのに、涙が止まらない。
ああ、変な人だって思われちゃう。
やっとの思いで声を絞り出す。
「ちょっと、いろいろあって今から帰るから、玄関のロックのところあけておいて」

「あした、早いんでしょ。気をつけてね。」

多くは聞かれず電話が切れた。
優しさに感謝だった。
ごめん、父母、ありがとう。

大荷物は一人分のスペースでは足りず、どうしても隣の席にはみ出してしまう。空いているから大丈夫かなあと思っていると、次の駅で乗ってきたマダムと目が合う。
邪魔にならないように荷物を自分に寄せようとしていると、
微笑みながら首を横に振り、2個空けて座られた。
大丈夫よ、と言っているのですか?
なんか、すべてお見通しされたような気分です。

帰るとリビングに布団と寝巻が用意されていた。

「話は明日聞くから、今日はもう寝なさい。」
足音で起こしてしまったのか、横の居間で寝ていた母に声をかけられる。

実家から会社までおおよそ1時間半かかる。なかなか朝早い。
しかも、定期がないからお金かかるし。

なお、実家に帰った次の日、朝起きると両耳がクリアになっていた。
なんと。あからさますぎる自分の身体構造に思わず笑ってしまった。

そんなこんなで(だいぶショートカット)ついにわたしは!
1か月ほどの別居を経て離婚を決意した。
本当は年内に決着をつけてさっぱりしたかったけど、
なんせ年末は繁忙期だったため、年始一発目の開庁日、1月4日に届けを出した。
我ながらいい年明けだ。よし、いい年にするぞ。

彼に離婚の意思を伝えたとき、
やり直したい、もう悲しませることはしないから、いつでも携帯チェックしていいから。
そう言われた。

ほう、と思った。
もちろん、傷ついたけどわたしにも悪いところがあった。
さみしい思いをさせてしまったね、ごめんね。
わたしたちもっと話し合えばよかったね。
ただ、携帯チェックはまた難聴になりそうだからもうやめておく。

さて、彼の信用をもう一回、積み重ねる作業時間と、
わたしが新しい人生をおくる時間の価値を比べてしまった。
どうしたって後者が勝った。
だってきっと絶対、いつかフラッシュバックするのだ。
ちょっとでも帰りが遅ければ、知らない女と会っているんじゃないか。
まだアプリ入れてるかも。
またあのお店行ってるかも。
それはずーっとわたしにまとわりついてきて離れないだろう。
不都合があれば責めてしまうだろう。あの時あなたはわたしを裏切ったんだから、と。
もう、フェアではいられないのよ、わたしたち。
夫婦はフェアであるべきでしょう。
それに、わたしがいなくたってスルスル嘘を吐けるあなたならどこでも生きていけるから大丈夫よ。

1月3日が誕生日の義理の父に、最後に連名で花束を贈っておいた。
手書きのお手紙を添えて。
今までありがとうございました、もっと親孝行したかったです、とか言っちゃって。ふふ

いまでも、急に真っ暗な渦に飲み込まれそうになることがある。
急に不安が押し寄せる。
これは一生抱えていくのかと思う。
けっこう、癪である。だってわたしはいま幸せなのに。

ただ、役所の事務手続きは一通り済ませたから、いい経験だった。

短い夫婦生活だったけど、どうもありがとう。
幸せになりますので、きみもどうかどこかで生きていてください。

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