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すべての物書きは翻訳家に学べ

この本を多くの人に読んでもらうためなら、タイトル詐欺との批判も罵倒もすべて甘んじて受け入れよう。

岸本佐知子『ねにもつタイプ』。

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何度も読み返してしまう、座右の一冊。
なんてことはない随筆に見えるかもしれない。
なにげない日常の切り取り方。
それを綴る軽妙洒脱な筆致。
その圧倒的センスに平伏するほかない。

今回は、その中でも特におすすめしたい話を2つばかり、さらりとご紹介。
1本の話で、たったの文庫本3ページ。
カップラーメンにお湯を注いで待つ間にでもお楽しみください。
たぶん、そのまま読みふけって麺が伸びるけど。

「気が付かない星人」に乾杯(「星人」)

「気が付かない星人」は、”言外のニュアンス”に対して鈍感である。
---中略---
”さりげない心遣い”とか”気働き””あうんの呼吸””相手を立てる”などという芸当は夢のまた夢である。

一言一句すべて「わかるーーー!!!」と叫んでしまう我こそは、「気が付かない星人」である。何かと気のつく人に対する憧憬は嫉妬にも近いほど。でもそういった星の下に生まれたのなら仕方ないかな、と自分を赦せる気になってくる。そんなあたたかい文章。

定型文の裏側(「むしゃくしゃして」)

なぜ報じられる放火の動機は判を押したように「むしゃくしゃして」なのであろうか。

言われてみれば、と膝を打つ。人間は十人十色、もっとオリジナリティあふれる供述があってもいいのに。判を押したような動機の裏に隠れた刑事と犯人のやり取り(妄想)に腹を抱えて笑う。
後半の「訳のわからないことを供述しており」をめぐる語りもまた秀逸。
私も「訳のわからない供述集」があれば読んでみたい。人間の業が煮詰まっていそうじゃないか。

持論:翻訳家は名文家

翻訳家のみなさまは、原文を日本語に訳するとき、直訳するわけではない。
原文を読み解き、適切な日本語を選んで文章として成立するよう翻訳する。
読解力、語彙力、文章力、いずれも常人を超越するレベルなのだ。
そんな方が、日本語でオリジナルの文章を書いたら、ただただ感服の至り。
だから皆の衆、「いい文章を書きたい」と思うのなら、一流の翻訳家の文章を読んで学べ。

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