技術職・エンジニアに必要な能力

1人の人間がエンジニアとして経験できる範囲・深さには限度があります。今、エンジニアたちはどのような問題を抱え、どのような能力を求められているのでしょうか。


エンジニアとは

エンジニアとは、技術者(engineer)のことです。国語辞典では「科学上の専門的な技術をもち、それを役立たせることを職業とする人」とあります。

似た言葉として「技能者」もありますが、技能者とは、機械の組立や加工など、ものづくりの実作業を担当する者です。専門知識を応用して成果を出すことは求められない反面、高度な手先の技術を要求されるため、伝統的な職人に近いイメージです。ただし技術者は試作といった作業の必要性から、実質的に技能者であることを求められることもあり、優れた技術者は同時に優れた技能者でもあります。


エンジニアの現状と問題

【現状1.複雑な現象が多い】
エンジニアが直面する問題は、教科書や論文に書かれてあることそのものではありません。複数の条件が満たされて初めて生じるものであったり、いまだ未解明の不思議な現象です。

例えば流体力学の場合、流体振動のような「複雑で動的な現象」が問題となります。また一見、静的現象に見えてもそれを動的にとらえないと真には理解できない現象もあります(流体の損失発生メカニズム)。


【現状2.大学とのギャップ】
大学で学ぶ学問は、時間的な制約もあり静的な現象が主で、動的な現象はその他の学問と組み合わせて記述されます。したがって、どれか1つでも理解できていない場合には、目の前で起こった現象を分析し、その奥底のメカニズムを看破し、真の解決手段を導き出すことはできません。


【現状3.本質を捉える機会の欠如】
これまでの経験の中から思い当たるアナロジーでもあれば、たとえ初めて直面する現象であっても理解しやすくなります。しかし最近は、実際にモノに触れたり、自然現象に興味をもったり、ときには分解して中を見たり測定・分析してみたりする機会が減っています。さらに、深い理由までは知らずとも入試が終わるまで記憶してさえいればそれでこと足りる状況になっているため、知識や経験は浅く直感も働きにくくなっています。

たとえ十分な専門知識があっても、それが共通する物理学的本質のレベルまで掘り下げたものでなかったり、あるいは数学の知識が不十分なために現象を数値的なモデルに置き換えることができなかったりすれば、依然として不思議な現象に遭遇した状態から脱することができず、本当の解決に到達できません。


【現状4.必要な知識が膨大】
実際に製品を設計、製造するエンジニアは、単なる知識だけでは不十分であり、物理学的本質に根ざした「理解」も持ち合わせていないといけません。勿論、材料学、材料力学、計測工学、自動制御、燃焼工学、生産工学など、あらゆる知識も必要です。

ただしエンジニアの仕事は、大学入試ではないため、全てを覚えている必要はありません。必要なときにその知識をすぐ探し出せ、完全な理解が即座に蘇えり、限られた時間内で解決策が見出せるならばそれで十分です。

また何もこういった作業を全部一人で成し遂げる必要もありません。回避すべきは、チーム全体としての知識のインデックスが少なく、問題に遭遇するたびに足が止まってしまう場合です。



エンジニアに必要な能力1

前項で述べたように、エンジニアは問題に遭遇するものです。その瞬間は何が起こったか分からず、現象を理解したり問題を解決したりするための知識などは持ち合わせていない、と感じるのが普通です。

やや時間がたち、どうもこのような分野と関連していそうだとか、以前に聞いたことのある現象と似ていそうだ、などと探求すべき分野が早い段階で絞り込まれたらそれで十分です。もし時間がたっても何の心当たりも無い場合は、人に訊くか、関連図書を調べるなど、できることをできるだけ早く対処しなければいけません。また、後に必ず必要となるため、現象の把握と記録をとっておこうなど、できることを冷静に指示しておかないといけません。ここで、自分あるいはチームとして自らの手で解決してみせるといった情熱と責任感を持つことが、エンジニアに求められる最も重要な資質であるように思われます。

知識のインデックスが乏しいために真の原因究明が難しそうだとみれば、よりよく知っていそうな人に訊き、調べてみようとする姿勢が大切です。必ずしもチームのリーダが最も広い知識と深い経験をもったエンジニアでなければならない、ということはありません。ものづくりの開発過程も、未知の問題との遭遇と解決の繰り返しであると考えれば、そこに働くエンジニアにも同じ資質が求められことになります。


まとめるとエンジニアに求められる素質は
「現実的で可能性のある、まっとうな仮説を漏れなくたてることができ」
「そこから演繹的に導かれる事象を定量的に予測し」
「それを実測と比較することにより実証あるいは否定できる能力」です。

そのためには
「知識のインデックスを豊富にもつことでいくつかの可能性のある仮説に絞り込み」
「共通する物理学的基礎にまで掘り下げた理解をレビューすることによって、短時間のうちに、現象を支配する主たるパラメータを絞り込み」
「論理的かつ正確な推論に基づいて現象をモデル化し、定量的な現象説明を行い」
「最新の計測・分析技術に関する知識と情報から何をどのように、いつ計測しその仮説を実証あるいは否定することができるかなどの計画をたてる」
ことが必要です


エンジニアに必要な能力2

以上を、少人数でできれば効率がよくなるため、エンジニア個々人にはなるべく広い知識と、少しのレビューで深い理解ができる能力と、数学、物理学に基づく正確な計算能力が求められます。これら必要な資質をもったエンジニアが有機的に作業を進めなければなりませんが、その基礎となっているのがコミュニケーション能力です。

これは自分の考えを他人にうまく伝達できる能力であり、また他人の説明を正確に理解する能力でもあります。日本語での説明も意味不明になってしまうことがありますが、そういう時には英語でも説明できるわけがありません。そうなってしまうのは、考えに論理的な飛躍があり、推論に無理があるとき場合であるため、コミュニケーションの中からそれを発見し、立て直す必要があります。



エンジニアに必要な能力3

人はどうしても自分と馴染みの深い分野で物事を捉え、こじつけてしまいます。異分野の考え方を覗いてみようという気にはなかなかなりません。

このような時に面倒がらず、飛び込んでみると、新しい発見的な理解が得られます。それは、必要性を感じて異分野を覗いてみようという気持ちになった時の、脳の吸収力がいつもとは違っているからです。エンジニアは専門分野を自ら限定することなく、異分野のことにも興味を持ち、ときどき覗いてみるべきです。異分野への興味は、共通する物理的本質への扉となっています。先入観が全くない状態で、異分野の解説に触れ、理解に到達することで、より物理学的本質に近い理解が得られます。



エンジニアに必要な能力4

必ずしも前に述べたような明快な理解と実証が、問題に遭遇するたびに得られるとは限りません。限られた時間内では、良い説明がつかない場合もあります。そのようなときにもベストな対策を見出し決断するには、その問題となった現象そのもの、あるいはこれまでの類似現象、あるいは問題を起こしていない類似の実績を分析し、その結果を総合して見る力が必要になります。

それは次のような流れです。
①問題となる現象の定性的な理解をしたうえで、支配している諸因子を抽出する
②抽出した因子から現象を一般化するに合理的と考えられる無次元量をいくつか作る
③実際の現象がこれら無次元量の変化によって変わる様子をグラフで表現し、傾向が明確に現れ、現象の説明ができるグラフに基っいて、ある程度定量的な判断を付加する

この手法による判断を、より信頼性の高いものにするには、現象の正しい理解と、傾向や限界ラインが見えてくる程度以上のデータが必要です。ここで最も注意が必要なことは、現象を誤解したまま実績データを並べた際、綺麗な傾向がでてきた場合です。その場合、最もらしい解説をつけて解決手段(対策)を実施したあげくに、期待した効果が得られないことになります。ここでも、エンジニアに要求されるのは、分析して総合して見ることによって正しく現象を理解する能力です。


エンジニアに必要な能力5

全てのエンジニアには、自分の主張を明確に伝える表現力と、他人の主張を適切に汲み取る理解力が必要です。この能力はエンジニアの価値・貢献度を大きく左右します。

ある現象に関して、漠然とした危険を感じたとしても、その原因をわかりやすく表現することができなかった場合、それは説明した人と聞いた人の時間の浪費に終わります。また周りのエンジニアも、それを真剣に取り上げ、よく考えて理解してみようとしなければ、結果的にそれを見過ごしたことになります。

これを防ぐためには、最初は直感でも閃きでも、その後に続ける説明は、常に論理的かつなるべく定量的になるように心がけ、説明を聞く側もそのような説明になるように要求していく必要があります。特に表現力は、どの企業も注力している「技術伝承」の際にモノを言います。一枚の紙に短時間で読めて、わかりやすい技術伝承がすんなりと成されていればよいですが、何ページも費やしてクドクド説明があっても疑問ばかり増えてしまいます。前者で得たプラスに比べ、多大な時間を浪費して技術伝承すらできなかった後者で失うマイナスは非常に大きなものです。


大学の専攻分野について

仕事の内容が大学の専攻分野と異なっているからといって悲観する必要はありません。大学で積み重ねてきた学習時間や専門知識は、企業の中で仕事をする「時間」や遭遇する問題の「多様性」に比べれば、非常に短く、扱える範囲も狭いものです。たまたま選んだ学科を例にとって、工学全般の知識のあり方を学び、その知識を得る喜びを経験し、その後に必要となるであろう知識や能力はその都度自分で選択し、自分で身に付けることができるようにすることが、真の工学系大学における教育のありかたですまたそれはOJT(OntheJobTraining)に基盤をおく企業内エンジニア教育の基本姿勢でもあります。


大学で経験すべきこと

常に時間軸の上で走る企業の中にあってはいくら疑問を持て、深く考えろと言っても、思うように行きません。しかし、もしも大学にいる間に一度でも、片鱗でもいいと思いますが、本物の知識の形成過程を経験していれば、黙っていても疑問を持ち、深く考えるようになります。それは、その方が、完全な理解が得られるし、ちょっと時間はかかっても結局は早道であることを知っているからです。本物の知識の形成過程を、一つの研究テーマなどで経験し、普段の授業からは一般的な幅広い分野にわたる知識のインデックスを得ることができれば、それで大学における教育は十分です。

それは、そのような教育を受けたエンジニア達は、たとえ大学に流体機械の講座がなくとも、あるいは選択はしなくても、企業に入ってから必要を感じた時点で、必ず必要な本物の知識、応用の利く知識を身につけることができるからです。



参考文献

新倉和夫、機械総合メーカーにおけるエンジニアがもつべき流体機械の知識・技術、ターボ機械、第31巻、第1号、2003


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