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君のいる景色 4

 景子はクリスマスイルミネーションで輝く表参道を小走りに急いでいた。景子の彼、雄大がブルーノートのライブチケットを用意してくれたのだ。
 憧れのディーバ、レイラ・ハサウェイのクリスマスディナーライブ。舞い上がる気持ちを抑えようとしても自然と笑みがこぼれてしまう。ブルーノートの入口には今日のアーティスト、レイラの写真が掲げられていた。
「わぁお!」
景子は人目もはばからず撮りまくると、弾む足取りでロビーに通じる階段を下りて行った。ロビーにはフロアのBGMが漏れ聞こえている。雄大は先に来てもう席についているはずだ。
 受付をすませクロークにコートを預けると、景子はフロアに通じるドアを開けた。

 ブルーの照明で彩られた、そこは異世界。今日は特にクリスマスの飾り付けが特別な空間を演出している。
 ステージ正面のマイクスタンドのすぐ下の席で雄大が手を振っている。
「ごめんね。遅くなって。よくこんな席とれたね。」
「がんばったからね。ディナーは予約してあるよ。」
 席にカクテルが運ばれてきた。レイラをイメージした、リンゴとナッツのスパークリングカクテルだ。グラスにテーブルのキャンドルが映える。
「メリークリスマス!」
二人は笑顔で乾杯した。 
「あー、もう間に合わないんじゃないかと思った。渋滞に巻き込まれると思ったからタクシー使わずに走って来たの。」
雄大は優しく微笑んで景子の話を聞いている。

 テーブルにオードブルが運ばれる頃、ステージに上がった6人のメンバーに誘われ、ブルーのドレスをまとったレイラが現れた。観客が拍手で迎える。うっとりとレイラを見つめる景子の横顔が美しいと雄大は思った。
 やがてレイラのしなやかな低音ボイスがフロアを包みこんでゆく。声量ゆたかなロングトーンは聞く者を遥か彼方まで連れて行ってくれる。一人の人間からこうも多彩な声が出るものなのか。レイラは唯一無二の歌声を存分に聞かせてくれた。
 アンコールのクリスマスソングで締めくくられたステージの終わる頃には、二人とも魂を抜かれたようになっていた。
「すごい……すごいもの見ちゃったね。」
「感動したぁ!」

 帰りの客で混雑するクロークにはさすがグラミー賞の常連レイラ・ハサウェイのライブとあって、どこかで見たことのあるシンガーやアーティストの顔もちらほら見えていた。
 景子はこの素晴らしい時を雄大と共に過ごせたことがなによりうれしかった。
「ありがとう。雄大。」
雄大はちょっとテレている。
「また、来ようね。」
「これ以上のライブなんて……今ちょっと考えられない。」
景子はまだレイラの余韻にひたっていた。

 ロビーから外に出る階段を上がると、
「家来る?」
クリスマスイルミネーションの中で雄大が誘った。今夜は始めからそのつもりだった。
「シャンパン持って来たの。一緒に飲もう。」
「それ持って走ってきたの?」
二人は顔を見合わせて笑った。
「雪?」
みぞれ混じりの雪が降りだした。二人は一つの傘に入り肩を寄せあって歩いた。

 地下鉄を乗り継いで雄大の家に着く頃には、二人とも体が冷えきってしまっていた。凍える景子に雄大は暖かいお風呂を用意してくれた。
「ありがとう。先にお風呂入るね。」
バスルームには景子のアメニティが置いてある。バスタブにいつもの入浴剤を入れゆっくりつかりながら、景子は今夜のレイラの歌声を思い出していた。

 雄大は部屋を片付けながら景子を待っていたが、景子は一向にお風呂から出てくる気配がない。
「大丈夫かな?」
そっとお風呂のドアをノックしてみる。反応がない。
「景子?」
雄大があわててお風呂のドアを開けた。
「おい!」
景子が目を覚ました。どうやらバスタブにつかったまま眠ってしまったらしい。
「ごめん……寝ちゃった。」
「危ないなあ。溺れたらどうするんだよ。」
「ごめん。ごめん。」
自分でも驚いて景子は笑ってしまった。
「寝てないんじゃないか?」
「うん。ずっと残業続きで……でも、大丈夫だから。」
お風呂から出て鏡の前に立っても、ついうとうとしてしまう。
「ちょっと、飲みすぎたかな?」
パジャマを着てリビングに行くと、雄大がシャンパンを用意してくれていた。
「だいぶ疲れてるみたいだね。少し横になったら?オレも風呂入ってくるから。」
「うん。ちょっと休むわ。」
景子は寝室に入って行った。

 雄大が風呂から上がると景子は雄大のベッドでぐっすり眠っていた。
 雄大はベッドに腰掛けてしばらくその寝顔を見つめていたが、机の引き出しから紺色の小箱を取り出した。ふたを開けて中からダイヤモンドの指輪を出すと、雄大は大きくため息をついた。

 翌朝、景子は雄大のベッドで目を覚ました。雄大は?リビングのソファーで毛布にくるまって寝ている。
「ヤバい……ヤバい!ヤバい!なんてこと!」
昨夜、雄大があんなに素晴らしいディナーライブを用意してくれたのに私ときたら寝オチ?ありえない!
 雄大を起こさないようにバスルームに行くと、鏡に写った景子の姿は髪はバサバサで顔もムクんでいる。景子は頭からシャワーを浴びた。

 ドライヤーで髪を乾かしリビングへ行くと雄大がキッチンから声をかけた。
「おはよー。朝ごはん食べる?コーヒー入れたよ。」
「ごめんね。私、寝ちゃったんだ。」
「爆睡してたから起こすのも可哀想で、そのまま寝かせといた。」
雄大がコーヒーを持ってきてくれた。
「仕事忙しいんだろ?無理すんなよ。」
「ありがとう。……それにしても私、リラックスしすぎだよね。」
「オレん家そんなに落ち着く?」
景子は笑いながらうなずいた。
「雄大と一緒にいるとホッとする。」
雄大は微笑んでいた。
「朝ごはん食べてそろそろ行かないと。」
「あら、もうこんな時間?」
景子は雄大が用意してくれたトーストを食べると服を着替えた。

 昨日のアイボリーのセットアップの上だけオフタートルのニットにしてペンダントを変えた。リップも軽いピンクにしてみた。クリスマスの翌日、まさか昨日と同じ服で出勤するわけにはいかない。出来るだけ雰囲気は変えたつもりだが、香織のチェックは入るかな?まぁ、いいか。
 雄大と連れ立って部屋を出ると玄関のカギをかけた。雄大とならこんな生活もいいかなと景子は思った。






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